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 国語日記 

『狂牛病』

 2001年の食卓は、この奇病の影響に立ちすくんだ。遠くイギリスやフランスの出来事だと思っていた狂牛病が我が国で初めて見つかった昨年、当初の厚生労働省や農林水産省当局の対応の混乱も手伝って、日本人にとっての永遠の高級食材「和牛」はたちまち「危険食材」の地位に転落。前頭検査が始まったその後も牛肉に対する消費者の不安感は解消されておらず、牛肉価格や牛肉関連企業の株価は低迷している。正に、「狂牛病」が「恐牛病」になった感がある。
 もっとも、この問題について、一部報道では食肉生産者の声として「行政側の対応のまずさ」を指摘する声が多いが、それだけが消費者の牛肉離れをもたらしたと考えるのは早計であろう。確かに、我が国初の狂牛病感染牛が発見された当初の行政の対応は混乱していたが、その後は前頭検査を素早く導入したり、感染の恐れのある牛肉を締め出したりと、すべき仕事はしている。混乱の責任をとらせるかたちで事務方トップの農林水産事務次官も更迭された。政府の新しい仕事を司法、立法、行政のどこが担当するかを巡っては学問上の争いがあり、これを「行政の仕事と定める(行政控除説)と行政の肥大化を招く」として「国権の最高機関」たる国会の仕事と推定すべしとの学説があるが、そうした学説を支持する学者が狂牛病問題について国会の責任を追及したという話は寡聞にして聞かない。
 私が思うに、消費者の牛肉離れが依然として続いているのは、むしろ食品流通業者の責任ではあるまいか。確かに、かつて農林水産省が出した肉骨粉使用禁止令は単なる行政指導であり、法的拘束力は無かった。ただ、肉骨粉使用禁止は我が国畜産業界に多大な経済的影響を与えるだけに、肉骨粉と我が国における狂牛病発生との間にそうした経済的損失を度外視するだけの明白な関連性があったかはわからないし、過剰な行政の介入は却って批判も浴びる。むしろ問題とすべきは、行政指導という形で行政から一定の警告を受けておきながら、結局自社の利益獲得を第一にして安全な飼料への転換を怠った畜産農家の態度であろう。こんなことを書く人は少ないので批判もあるかもしれないが、もし畜産業者が本当に食品の安全を最大の関心事としていたのなら、その時点で行政指導に従って肉骨粉の使用中止に踏み切ればよかったのである。第一、食品の安全は「法的拘束力の有無」等といった行政法上の問題とは無関係のはずで、「行政指導だから従わなかった」というのは法的には正当かもしれないが安全な食肉供給という観点からは正当化されない。だが結局、ほとんどの食肉業者は、通達が法的に「行政指導」であったことをいいことに、利益を優先して安全配慮を怠った。そして、如何にそれを行政に責任転嫁しようとも、結局はそうした態度が消費者の不信を招いたのではないだろうか。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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