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日中台関係を再考せよ
〜虚構の「一つの中国」原則からの脱却を〜

楊井 人文

 私は本日、いわゆる「台湾問題」をからめて、日中関係の根本的な見直しについて、皆さんに問題提起したいと思っております。
 今年2002年は、日中国交樹立30周年の年であります。いまなぜ日中関係の見直しを提起するのか。端的に申しまして、それは、中国の共産党独裁体制が相も変わらず健在しており、「台湾問題」の矛盾が日中関係の無視できない障壁になりつつあるからであります。

 では「台湾問題」とは何であるか。「台湾問題」は日中間で処理が極めて困難なアジェンダであります。このままでは、解決はもはや不可能に近い。日本、中国、台湾の三者それぞれにとっての「台湾問題」とは何であるかをみていきたいと思います。
 日本にとって「台湾問題」とは何か。それは要するに、台湾中華民国の国際社会への復帰要求を無視して、「日中友好の信義」を優先させなければならない問題であります。台湾に中華民国と呼ばれる一個の政治実体があることは誰の目からみてももはや明らかであります。しかし「台湾は中華人民共和国の領土の一部」という認識、いわば「一つの中国」原則を守ることが現行の日中関係の基本となっております。一方で、近年の台湾海峡における軍事的緊張は日本の安全保障にとって重大となっております。そればかりでない、台湾の国際復帰への並大抵でない努力も、尋常な精神の持ち主なら無視できないものになっております。それでも先ほどの日中関係の原則に基づき、北京が中国の中央政府で、台北がそれに従属する地方政府である、という立場を、日本政府はかなり苦し紛れに維持している。それが現在に至っております。にもかかわらず、中国政府は、日本政府が「一つの中国」原則を遵守しているかどうか常に疑惑の目で見ているのであって、必ずしも満足されているわけではない、ということがあります。
 中国の指導者にとっても「台湾問題」は極めて困難なアジェンダであります。中国はなぜ「台湾問題」にこだわるのか。その背景には、中国指導部がここ10年来、「愛国主義」路線、いわば「中華民族の偉大な復興」を国是とし、対日警戒心の世論形成に努める一方、19世紀の清朝時代に失われた領土を回復する「失地回復」を国家目標に掲げている事実があります。70年代末からの改革開放により中国経済における社会主義的特色が失われつつあるなかで、中国共産党は独裁的な指導体制を正当化する新たな理念として、この「愛国主義」路線を強化しつつあるわけです。「失地回復」の目標のうち、香港・マカオはともに植民地だったので宗主国との交渉により、回収——かの地では「収回」と呼びます——を実現しました。しかし台湾はうまくいかない。当たり前であります。誰の目から見てもわかるように、台湾には「中華民国」として、憲法を頂点とする法律体系、独自の貨幣、軍隊を有し、一個の主権独立国家が確立されているのであります。
 考えてもみてください、相手は天安門事件を引き起こしたのと同じ政治体制であり、香港が北京の実質的なコントロール下にあるのを目の当たりにした台湾の人々および指導者が、中華人民共和国の一部になりたいと自ら申し出、統一交渉に臨席することがありえるでしょうか。そもそも台湾は国民党政権以来一貫して「一国二制度」による中国統一を拒否してきました。かつて台湾独立運動を展開していた民進党が政権を握れば、尚更のことであります。中国は「台湾回収」の国家目標のためには武力行使を辞さない構えを見せており、双方ともこれ以上政治的に譲歩することができない段階に来ております。台湾では昨今、TMD(戦略的ミサイル防衛)への参加意思を示唆するなど、「国防」が国家政策の重要な関心事となっております。つまり、台湾中華民国にとって「台湾問題」とは死活問題なのであります。

 私がここで日中関係見直しを主張する意味は、「一つの中国」原則が有名無実化しており、この建前を維持するのは百害あって一利なしという点からであります。すなわち「一つの中国」政策に対するコンフィデンス・信頼性・有効性は、日米両国で、もはや失われている、という現実に直視すべきであります。全く当たり前のことですが、30年前と今とでは、大きく情勢が変化したからであります。
「一つの中国」政策を主導してきた当のアメリカですら、これをはっきり「あいまい政策」と認めて、これが本当に台湾海峡の安定に寄与しているか疑問視する声が非常に高まっています。アメリカでは今後5〜10年間に中台間で軍事衝突が発生する危険性が真剣に議論されております。また、アメリカには「台湾関係法」という重要な国内法をもっており、台湾防衛を目的としたものでありますが、これは実は1982年8月17日中国政府との間で交わしたコミュニケの内容にあい反しております。しかし今日のアメリカは「台湾関係法」が「8・17コミュニケ」に優越すると大統領府も議会も認識しているという事実があります。実際、96年の台湾海峡危機のときには第七艦隊を派遣し、2000年には「台湾安全強化法」を成立させ、昨年は中国が最も敵視する台湾前総統の李登輝氏に5年間有効の無制限訪米ビザを発給しております。アメリカのそもそもの関心は中国の開放された巨大市場と台湾海峡紛争の抑止にあり、対ソ戦略に基づく米中国交樹立当時の遺物に過ぎない「一つの中国」政策はいまや転換されようとしていることに、我々は注目すべきであります。
 日本も96年の台湾海峡危機の際に、「台湾問題は、中台双方による自主的、平和的な話し合いによって解決されるべきであり、これが妨げられるようなことがあってはならない」とする「台湾決議」を、当時橋本首相でしたが、おこなった。さらに昨年2001年、森首相が総統退任後の李登輝に対し、中国政府の強硬な反対にもかかわらず訪日ビザ発給を決断した。これらは事実上、日本政府が台湾に自立した政治的主体を認めることであり、中国が常々いう「台湾問題は中国の内政問題」とする立場を超えるものでありました。そういう、「台湾問題」に関する軌道修正というのが行われつつあった。中国の「愛国主義」政策は教条主義的でまことに厄介だ、という認識が少しずつ広がり、政府も重い腰を徐々にあげようとしておりました。
 にもかかわらず昨年12月下旬、ご存知の方もおられるでしょうが、田中真紀子外相の発言が「香港がルールにのっとって返還され軟着陸している実情を踏まえ、台湾の問題もそうなるとよいと思う。」と発言したのであります。私は、田中外相というは昨今の日本外交の機能不全を象徴する存在であり、彼女の個人的言動じたいは目くじらをたてる程のことでもないと見ております。しかしながら小泉首相や福田官房長官も、田中外相を擁護するためとはいえ、田中発言に追従する発言をおこなったことは、やはりゆゆしき事態であります。「内閣支持率維持」という短期的な動機のために「日中関係の再検討」という長期的な方向性が後退するとすれば、これほど愚かなことはありません。田中発言は表面的には30年前に作った日中関係の堅持を意味しており、その旧態依然の思考も問題ですが、より本質的な問題は、中国の「愛国主義」への加担という一点に尽きるということであります。従来の日中関係の特色は、歴史問題・領土問題・台湾問題という、いずれも中国側の「愛国主義」政策にとって敏感なアジェンダに対し、日本側が気を遣って刺激しないよう努めてきた、という関係にあったのであります。

 私は声を大にして申し上げたい。日中関係の基本的矛盾である「一つの中国」原則を撤回し、台湾中華民国との国交と両立するような日中関係の構築を本格的に検討すべきである。日本と台湾は、民間レベルではすでに深い交流関係があり、国交がないにもかかわらず互いに親近感をもっており、台湾との国交樹立は日本の将来にとって必ずや重要な政治資源となります。
 なるほど、日本と台湾の国交樹立は、それ自体、中国の面子を汚し、国際関係を悪くさせるかもしれない。しかし、私は日中関係が一時的に悪化するにせよ、決定的なダメージを受けるとは考えないものであります。すでに日中間、米中間、中台間に存在する経済相互依存関係は、中国指導者も無視できないところまで来ております。私の意図は中国に対する敵意では決してないのであります。私の最終的な展望は、これを契機として、中国の愛国主義政策の転換、共産党独裁体制の変容を促すことにある、ということを重ねて強調したいと思います。

 鄧小平以後、中国は混乱するだろうとか、社会主義独自路線が失われると共産党独裁体制も綻びが出てくるだろう、という予測がかつてありました。最近も中国のWTO加盟に伴い、中国の政治体制に著しい変化が生じるだろうという予測言説が一部巷を賑わせているようであります。しかし、北朝鮮の独裁体制はじきに崩壊するだろうというかつての予測が見事外れたのと同様に、これまた日和見的な観測にすぎないのであります。第一、日本を含む国際社会は彼らの政権をずっと承認し、支援したのでありますから、彼らは心強くなることはあっても弱体化するわけがないのであります。
 思い起こせば台湾中華民国の政治体制が国民党独裁体制を放棄せざるを得なくなったのは、アメリカとの国交が断絶され、国連から議席を追われ、政権の正当性とりわけ外部・国際社会によって与えられる正当性が危機に瀕し、指導部に危機感を与えたことによるのであります。
 一方の中国共産党は、経済の高度成長を持続し、対外関係も順調で、中国の政権担当能力に大きな自信を得ていると思われます。それゆえ天安門事件以後も中国は、反体制的な言動を取り締まる政策を断固として継続し、それゆえ多くの中国人は政治的な言動に呼吸困難を感じているのに違いないのであります。これ以上、中国独裁体制の面子ばかり気にする理由はないのであります。今こそ日本は、国際社会の協力を得つつ、多方面から中国の「和平演変」を促す取り組みをすることを考えてもよい時期なのではないでしょうか。

 私が本日申し上げたかったことは、非常に簡単なことであります。もう一度申し上げますと、我々は「一つの中国」原則のフィクションを維持する立場をいい加減に見直す必要がある、ということを主張いたしました。それは同時に「一つの中国」原則を主張する背景にある中国の「愛国主義」政策を疑え、という建議にほかならないのであります。
 これは決して中国との対決につながるわけではなく、むしろ長期的に考えて日本がアジアの新時代を切り開く端緒となるものと私は確信しております。逆に言えば、中国の一党独裁体制と愛国主義政策のワンセットを相対化しない限り、日本はアメリカと中国の両大国の間で「政治小国」として影響力を限りなく低下させるばかりで、その傾向は永久に変わらないでありましょう。人道支援、環境問題、中東問題への関与や国連常任理事国入り、それはそれでけっこうでありましょう。しかしもっと歴史的に深い関係があり、政治的に切っても切り離せない関係にあるアジア諸国と真剣かつ現実的に向き合うこともできないままでは、他の遠い国々を支援してヒューマニズムばかりアピールしたところで、日本に対する評価は何ら定着しないと思います。なぜなら、自分の家庭や身の回りのこともろくに処理できない人間が、他の世界で大きな仕事を成し遂げようとしても、必ずしも立派とは言われないことと同じことだからであります。
 真に日中関係の将来を考えるのなら、そしてアジアにおける日本の地位を考えるのなら、30年続いてきた日中関係を修正するなり改訂するなりの勇気をもつべきであります。しかし私は、台湾人がかわいそうだから、台湾人のために何かしようということだけを言いたいのではありません。日中関係の原則的枠組みを今後もタブー視するということは、「思考停止」以外の何物でもないということを申し上げたいのであります。日中関係の原則を30年以上たっても野放しにするということは、当然ながら台湾人のことも考えていないが、本当の意味で中国人のことも考えていない、日本人のあり方も考えていないということなのであります。そうであれば、我々は日本人と名乗るのをやめて、例えば「日系アメリカ人」とでも名乗った方が、よほど気が楽であるし、事実に即していると思うのであります。
 ご静聴ありがとうございました。 

楊井 人文(やない・ひとふみ) 大学生


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