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映画「ブラックホーク・ダウン」を見る
〜愛国映画か反戦映画か〜

中島 健

 3月30日、リドリー・スコット監督、ジョシュ・ハートネット主演の映画『ブラックホーク・ダウン』が公開される。
 この映画は、1993年10月、ソマリア紛争に際して「平和執行部隊」として派遣された米軍が、武装解除に応じず国際機関の人道支援を妨害するアイディード将軍派を打倒すべく首都モガジシオで戦い、泥沼に引き込まれて米兵18人と民衆多数が死亡した「米軍ヘリ撃墜事件」(実在)を描いたもので、2時間を超える上映時間の大半が戦闘シーンとなっている。タイトルになっている「ブラックホーク」とは、米軍が使用しているUH-60大型輸送ヘリの愛称で、準同型機が陸上自衛隊(UH-60JA)と海上自衛隊(CH-60J)でも運用されている。
 映画は、モガジシオ近辺の空港に駐屯する米軍部隊の日常から描いており、部隊の日常行動の足となっているUH-60ヘリの様子や、国際援助物資がアイディード将軍派の武装民兵によって強奪されつつも、交戦規則によりそれに手出し出来ない米軍ヘリの苦悩などが描かれている。物語が動き出すのは部隊がモガジシオ市内の敵対地域に踏み込むところからで、ヘリの出動は空港付近の親民兵派住民によって監視され、目標の将軍派幹部を逮捕した後も、建物の上や路地裏から散発的な銃撃を受ける。遂には、作戦中の「ブラックホーク」が屋上から発射された旧ソ連製対戦車ロケット「RPG-7」で撃墜され、地上ルートで潜入したハンビー(高機動車。所謂「ジープ」)や軍用トラックも攻撃を受け、米軍部隊は散り散りになって後退。結局、中立を揺るがす危険を侵して国連平和維持軍のパキスタン軍部隊も出動し、米軍側は多くの将兵を死なせて撤退した。映像化されたソマリア首都の市街戦は極めてリアルで、上映時間の大半が血なまぐさい戦闘シーンであり、怒り狂って(一説によると、ソマリア民兵は覚醒作用のある野草を嗜好品として食べているという)野獣のように米兵に襲いかかろうとする民兵や市民をまるで野獣かエイリアンを撃ち殺すように銃弾を浴びせる。
 ところで、この映画については、アメリカで公開後「米軍を正義、民兵を悪と描き、内容が公正ではない」といった批判が一部で噴出している。報道によれば、この映画は同時テロ攻撃事件以降高揚したアメリカ国民の愛国心に乗って大ヒットとなり、ソマリアでの「アル・カイーダ」撲滅作戦を企画しているとされるブッシュ政権の姿勢とも合致しているが、映画は専ら米兵側の視点で貫かれており、もう一方の当事者であるソマリア人の視点は欠如している。そしてそのことが、「ソマリア人は残酷で、まるで悪魔のよう。この映画は『ソマリアでのアメリカの新しい戦争』を正当化する可能性がある」「ソマリア人はみな凶暴で、敵意に満ちて描かれている。人間の感情を持った顔は画面にない」といった批判を浴びる原因になっている、という。
 しかし、果たしてこの映画は、「アメリカの正義」だけを体現し戦争を正当化する「愛国映画」なのであろうか。
 実は、私は先月、渡米旅行の途中でこの映画を実際に見る機会を得たのだが、観覧後の感想は、「戦争は悲惨だ」の一言に尽きる。確かに、映画の中でソマリアの民兵は残酷であり、武器を持った市民や少年兵が容赦なく負傷した米兵に襲いかかるシーン等を繰り返し見ていると、ソマリア人の野蛮さと鬼畜ぶりに怒りがこみ上げて来る。もしこの映画にこうしたシーンしか無かったとすれば、これほど人種差別の衝動に駆られる映像も他に無かろう。だが、この映画では、そんなソマリア民兵はこれまた米兵によって容赦なく射殺されており、墜落したヘリに向かって襲ってくる群衆に対しても、米兵は銃を向ける。中には、追い詰められた米兵を追っていたソマリア人の父親と少年兵が同士撃ちをしてしまい、父親が息子を殺してしまうシーンもある。襲われる米兵も惨めなら、襲い逆撃を受けるソマリア兵も凄惨であり、どこをどう見ても「アメリカに対する愛国心」を喚起されるような印象は無い。強いて米軍側の印象を挙げるとすれば、状況評価を誤り、敵対勢力の中心地に防御力の弱い輸送ヘリとソフトスキン車両を投入して現場兵士に苦戦を強いる司令部の無能な指揮ぶりである(映画の中で苦戦した米軍部隊には装甲車両は無く、ジープも無防備だった。その後、実際に米陸軍ではハンビーの装甲防御力の不足が指摘され、改良がなされている)。スコット監督は「米国の介入に対するソマリア側の意見も描いている」と弁明するが、そのような数分間のセリフよりも、映画が表現したリアルな映像のほうが余程説得力があり、結果としてこの映画の公正さを反映していよう。その意味で、このあまりにもリアルな映画は、アメリカを称賛する「愛国映画」というよりも、むしろ戦争の惨劇を正面から扱った、かなり反戦色の強い「反米映画」とすら言えるのではないだろうか。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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