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国旗国歌問題:天皇陛下の御発言に思う
陛下の御発言を政治的に利用しているのは誰か

菊地 光
 報道によると、天皇陛下は10月28日、赤坂御用地で開かれた秋の園遊会で、将棋の米長邦雄・元名人(東京都教育委員会委員)と懇談された際、「日本中の学校で国旗掲揚・国歌斉唱が行われるようにするのが私の仕事」と挨拶した米長元名人に対し、「(教育現場において、国旗・国歌は)強制になるというようなことでないほうが望ましい」と発言された。陛下の御発言について、宮内庁の羽毛田信吾次長は園遊会後、御発言の趣旨を確認したとしたうえで「陛下の趣旨は、自発的に掲げる、あるいは歌うということが好ましいと言われたのだと思います」と説明。さらに「国旗・国歌法制定時の『強制しようとするものではない』との首相答弁に沿っており、政策や政治に踏み込んだものではない」と述べた。また、小泉首相は29日、陛下の御発言について「ごく自然に受け止められたらいいんじゃないですか。私もそう思いますね。あまり政治的に取り上げない方がいいんじゃないですか」と発言した他、民主党の岡田克他代表も同日、陛下の御発言について「陛下も人間ですし、当然いろんなお考えをお持ちですから、何も言えないというのはおかしいと思う。一般論として申し上げるが、自由に自分の考えが伝えられるような方向に持っていくべきじゃないか」と語ったという。米長元名人が委員を務める東京都教育委員会は、最近、卒業式・入学式で国歌「君が代」斉唱時に起立しなかった教職員約250人を処分する等、国旗・国歌の定着を進めている。
 テレビで報道された映像を確認したところ、天皇陛下と米長元名人の実際のやりとりは以下のとおりであった(発言は聞き取れる範囲で起こしたもの)。
米長元名人:「日本中の学校にですね、国旗を挙げて、国歌を斉唱させるというのが、私の仕事でございます。」
陛下:「ああ、そうですか。」
米長元名人:「今、がんばっております。」
陛下:「やはり、あの、あれですね、その、強制になるというようなことでないほうがね、望ましいと・・・」
米長元名人:「ああ、もう、勿論そうで・・・本当に、素晴らしいお言葉を頂きまして、ありがとうございました。」

 陛下の御発言は、国旗・国歌法(国旗及び国歌に関する法律、平成11年法律第127号)審議時の小渕総理(当時)の答弁と変わるところが無く、政府の見解をそのまま述べられただけであって、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」とする日本国憲法第4条第1項の規定と何等抵触するものでもない。
 御発言について、朝日新聞は29日、記事を掲載した他、「国旗・国歌——園遊会での発言に思う」と題する社説を掲載(30日)。この中で、「憲法の趣旨に反することはない」とする政府の見解について「いずれも妥当な判断だと思う。」とした上で、「今回の場合、波紋の原因はむしろ、米長さんが国旗・国歌のことを持ち出したところにあるのではないか。・・・国旗・国歌のように鋭い対立をはらんでいる問題は、天皇の主催行事である園遊会の場にふさわしくない。・・・米長さんの発言に対して天皇陛下があいまいな応答をすれば、そのこと自体が政治的に利用されかねない。陛下が政府見解を述べたことは、結果としてそれを防いだとも言えよう。米長さんの発言は「教育委員のお仕事、ご苦労さまです」という陛下の言葉に答えて飛び出した。国旗・国歌問題を意図的に持ち出したかどうかはわからない。もし意図的でなかったとしても、軽率だったと言わざるを得ない。」として米長元名人を批判している。
 しかし、この朝日新聞の社説の出した結論には、極めて強い疑問を持たざるを得ない。改めて確認するまでも無いことだが、国旗「日の丸」・国歌「君が代」が児童生徒の内心にまで立ち入って強制しようとする趣旨のものではないとしても、それはただちに「教職員にも強制しない」ということにはならない。地方公務員である公立学校の教職員は、法的拘束力を持つ学習指導要領に従って、卒業式や入学式では「日の丸」を国旗として掲揚し、「君が代」を国歌として斉唱することが法的義務として求められており、これに反すれば当然教育委員会から処分を受けることとなる(なお、違法な職務命令を受けた場合であっても、通説によれば、その違法性を理由に命令の執行を争ったり拒否したりすることはできない)。公務員が一部の奉仕者ではなく全体の奉仕者であり、民主的に制定された地方公務員法という法律によって規律されている以上、これは当然のことである。米長元名人が委員を務める東京都教育委員会が行った一連の処分も、法に則った適正なものであって、法律や総理答弁の範疇に入りこそすれ、園遊会における儀礼を逸脱するものではない。法に基づき職権を行使したことに言及するのが軽率だというのは、全く理解できない主張である。
 むしろ、今回の一件では、朝日新聞・テレビ朝日こそが、今回の陛下の御発言を政治利用したのではないか。即ち、御発言を大々的に報道することで、保守系が多い国旗・国歌推進論者に「天皇陛下ですら国旗・国歌の強制を批判しておられる」と示し、推進論者の切り崩しを狙ったのではないか。園遊会の場を政治的に利用するなと主張しつつ、報道機関としての力を使ってこの問題を政治的に利用しようとしたとすれば、これほど不誠実な態度もあるまい。「国旗・国歌問題を意図的に持ち出したかどうかはわからない。もし意図的でなかったとしても、軽率だったと言わざるを得ない」とは、正に朝日新聞社にこそ向けられるべき言葉であろう。

 菊地 光(きくち・ひかる) 本会会長


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