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イラク・サマーワは本当に「戦闘地域」か
法律論と政治論の混同を排す

菊地 光

 報道によると、民主党の岡田克也代表は11月6日、イラクに「非戦闘地域」はなくなっていること、ロケット弾などが自衛隊宿営地に撃ち込まれるなど安全性が失われていること、現地に日本の無償資金協力で建設された給水プラントで活動が行われていること等から、12月14日までとなっている自衛隊の活動期間の延長に反対する姿勢を示したという。「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」(平成15年法律第137号)第2条第3項は、自衛隊の活動は「我が国領域及び現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。以下同じ。)が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる・・・地域において実施するものとする。」と定めている。
 しかし、イラク復興支援法の条文を読む限り、サマーワはおろかイラク全土が非戦闘地域であるということは、むしろ明らかではないだろうか。確かにサマーワの自衛隊宿営地には、これまで何度か迫撃砲やロケット砲が打ち込まれたことがある。だが、これらはいずれも散発的な犯罪行為に過ぎず、法律的に観て、とても「国際的な武力紛争の一環として」行っていると評することはできない。何故ならば、ここにいう「国際的な武力紛争」とは国際法でいう国家又は準国家主体による武力紛争であって、ゲリラ等の「国」ではない主体による攻撃は、法律的には「国際的な武力紛争」とは評価できないからである。

人を殺傷し又は物を破壊する行為が行われている地域それ以外の地域
当該行為が国際的な武力紛争の一環として行われている場合
戦闘地域

非戦闘地域
当該行為が国際的な武力紛争の一環として行われている訳ではない場合
非戦闘地域

イラク復興支援法上の「戦闘地域」の定義

イラクでの事件と聞くといきおい戦闘行為のような気がしてしまうが、実は日本でも、自衛隊観閲式や大喪の礼(平成元年)の際、東京都や埼玉県で迫撃砲を使ったゲリラ事件が発生いる。そして、埼玉県朝霞市の自衛隊駐屯地に迫撃砲が着弾したからといって、朝霞市が国際的な武力紛争を戦う「戦闘地域」になるわけではないのは自明であろう(第一、日本国内にも、「人を殺傷し又は物を破壊する行為が行われている地域」は存在する)。その意味では、現在イラクには、敵対する2以上の(国際法上の)国家又は準国家主体が戦闘を行っている地域は無く、国連安保理が全会一致で採択した決議第1511号・第1546号に基づいて駐留する多国籍軍(米英韓軍)が存在しているに過ぎない以上、ファルージャやバクダッドも含めて、イラク全土が非戦闘地域であるとすら言える(上図参照)。国連安保理決議に基づいて設置された多国籍軍の軍事行動は国際的な武力紛争ではない(国連安保理は国連憲章第7章の規定に基づいて多国籍軍に武力行使を容認したのであって、国際武力紛争をさせているのではない)以上、多国籍軍はイラク復興支援法上の「戦闘行為」を行い得ないのである(国際武力紛争の定義等については、 本誌1999年8月増刊号の記事 を参照されたい)。
 なるほど、あるいは政治的には、例えば仮に迫撃砲によって隊員に死傷者が出るような事態に至った場合、政府として自衛隊の撤退を決断しなければならないのかもしれない。しかし、法律論的には、隊員が何人死傷しようと非戦闘地域は非戦闘地域であり、逆に隊員が死傷しなくても、戦闘地域は戦闘地域(例えば、イラク戦争当時のサマーワ)である。換言すれば、イラクの現状は日本国憲法第9条の想定する、古典的な「国際法上の主権国家と主権国家の国際紛争を解決する手段としての武力行使」の世界とはもはや大きく異なっており、憲法第9条は現在のイラクのような場合についてそもそも想定していないと考えるべきなのである。「自衛隊員の安全が確保できない」との延長反対論もあるが(不思議なことに、かつて自衛隊を違憲と主張していた識者ほど、「自衛隊員の安全」を心配して撤退を主張する傾向がある)、そもそもイラクが民間人の安全が確保できる地域(上図の「C」地域)ではないからこそ、「危険な非戦闘地域」(上図の「B」地域)に自衛隊部隊を派遣したはずである。
 いずれにせよ、以上を総合すれば、延長反対論者のいう「(自衛隊の活動地域は非戦闘地域であるという)法的根拠が崩れた」との主張は、法的議論としては、実に全く法的根拠が無いのである。

 菊地 光(きくち・ひかる) 本会会長


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