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イラクの自衛隊部隊は撤退すべきでない
イラク邦人人質殺害事件を受けて

菊地 光
 イラクの武装テロ集団に人質となって拘束されていた香田証生さん(24歳)が殺害され、遺体で発見された事件で、復興支援活動のためイラクに派遣された自衛隊部隊の撤退を求める声が改めて高まっている。
 人質殺害を受けて、政府は10月31日、「政府として、人質解放のため、可能な限りのあらゆる努力を尽くしたにもかかわらず、香田証生さんがテロの犠牲になったことは痛恨の極みだ。衷心より哀悼の意を表し、ご家族に心からお悔やみ申し上げる。」「無辜(むこ)の民間人の生命を奪った今回の行為は、非道かつ卑劣極まりないもので、あらためて強い憤りを覚える。」「わが国は、引き続き国際社会と協調し、イラクの人々のために自衛隊による人道復興支援を行っていくとともに、断固たる姿勢でテロとの闘いを継続する。」とする小泉総理の声明を発表。まだ同日午後、東京都内で開かれた公明党大会で、「イラク自身が苦しい時に、友人として国際社会と協力し、安定した民主的政権を作るために日本にふさわしい活動を継続していくのが、日本の責務だ」とあいさつし、自衛隊派遣を継続させる方針を重ねて示した。
 これに対して、民主、共産、社民の野党各党は、「自衛隊の派遣がなければ事件は起こらなかった。(イラク駐留の自衛隊は)12月14日に派遣期限がいったん切れる。延長させずに自衛隊撤退を強く求めたい」(岡田克也・民主党代表)等と発言。自衛隊部隊の撤退を求めた。また、宮崎県の社会民主党県連合も31日、「小泉首相が早々に『自衛隊は撤退させない』と断言したことが、人命を軽視した極めて不適切な判断であった」として、政府の対応に抗議し、自衛隊のイラク即時撤退を求める申し入れ書を小泉首相に送った他、同県の市民グループらも抗議の書簡をファックスで送付した。更に、国際市民交流団体「ピースボート」は1日、東京・永田町の総理官邸前や福岡市中央区の警固公園で殺害された香田さんの追悼集会を開催。報道各社の取材に対して参加者は「同じ年齢の人間として、好奇心を信じて旅に出たことには共感できる」「犯人グループは許せないが、人命より米国との約束を優先する首相がいる国の国民であることが悲しい」等と述べ、政府の対応を批判したという。
 だが、現段階でイラク・サマーワに駐留する自衛隊を、今回の事件を受けて一時的にでも撤退させることは、結局のところ人質を殺害した武装テロ集団の犯罪行為を正当化するものであり、到底容認できるものではない。「自衛隊が派遣されていなければ、香田さんは殺害されていなかった」という主張があるが、かかる主張は「軍隊を派遣した国の国民は、イラクで武装組織の人質になっても仕方が無い」という考え方に繋がるものではないのか。また、軍隊を派遣していないフランスのジャーナリストも誘拐・監禁されているし、主として人道支援目的でイラク国内にいた国連すら、自爆テロの攻撃を受けている(2003年8月。セルジオ・デメロ国連事務総長特別代表ら国連職員多数が死亡)ことから見ても、イラクにおけるテロが単なる犯罪行為でしかないことは明らかではないか。もし、日本国内で、例えば消費税の増税に反対する人が首相官邸前で通行人を人質にとり、「消費税を廃止しなければ人質を殺害する」と主張したら、野党各党は政府の対応を批判するのであろうか。
 「自衛隊部隊の派遣は、イラクや現地サマーワで歓迎されていない」ことを撤退理由に挙げる議論もある。無論、イラク人とて十人十色、中には日本が嫌いな人や反対論を唱える人も居るだろうが、例えばガーニム・アルジュマイリ駐日イラク大使は1日、読売新聞社の取材に対して「イラク人はこの残虐な行為を許しておらず、私は両国の友好に悪影響を及ぼさないよう努力する」「(人質事件が最悪の結末を迎えたことに)大きな衝撃を受け、非常に憤りを感じている。一般のイラク人は、戦後、急速に復興した日本にあこがれの目を向けており、日本に敵意などないことを理解してほしい」「(サマーワ駐留の陸上自衛隊は)非常にいい仕事をしてくれており、イラク復興のモデル。サマワの人は心から感謝している。活動を続けてほしい」と発言。また、イラク暫定政府のダウード国務担当相は1日、時事通信社の取材に対して「日本人人質に対する犯罪者の臆病(おくびょう)な行為を非難する」「香田さんを殺害したテロリストを最大限の厳罰に処すことを誓う」等と発言している。さらに、イラクで民兵組織「マハディ軍」を指揮し反米武装闘争を行っているムクタダ・サドル師らのグループに属し、サマーワ地区でサドル師の代理人を務めているガジ・ザルガニ師も1日、時事通信社の取材に対し、「犯人はイスラム教徒を名乗る犯罪者だ。兵士でない無実の人間を殺害するのは臆病(おくびょう)者の行為だ」と厳しく非難したというが、これらの発言をどう捉えるのだろうか(ちなみに、11月11日は、サマーワで、自衛隊駐留を支持する地元市民のデモが行われている)。米軍(多国籍軍)によるイラク占領に反対の立場を表明すること自体はまだいいとしても、米軍や自衛隊の撤退を主張するのであれば、同時に、イラクで犯罪行為を繰り返しているアブムサブ・ザルカウィ容疑者(彼はヨルダン人であってイラク人ではない)ら「イラクの聖戦アル・カーイダ組織」の外国人犯罪者のイラク退去、犯罪行為に加担した構成員の自首を求めるべきではないか。
 報道によれば、香田さんの遺族は2日、福岡県直方市役所を通じ、「証生は何のグループにも属さず、政治活動も行っておりません」「事件を受けていろいろな活動が行われていますが、募金カンパ等の資金集めにはこの事件を利用しないでください。純粋に平和を願う活動のみを行われることを願います」等とする声明を発表し、事件を政治活動に利用しないでほしいとの意向を示したという。これは、犯行グループの殺人を暗に正当化し、ここぞとばかりに自衛隊撤退を要求する一部政党や「市民グループ」に対する、遺族からの強い批判であろう。「自衛隊を撤退させない」とする小泉首相の決断を大いに支持したい。

 菊地 光(きくち・ひかる) 本会会長


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