このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

陸自幹部の改憲草案:どこが問題なのか 
陸上自衛隊幹部、改憲草案を中谷議員に提出していたとの報道(12月5日)

菊地 光

 報道によると、防衛庁陸上幕僚監部防衛部防衛課の二等陸佐が、軍隊の設置や、集団的自衛権の行使を可能とする内容の憲法改正草案をまとめ、今年10月下旬、与党・自由民主党憲法調査会の中谷元・改憲案起草委員会座長(元防衛庁長官)に提出していたことが分かった。同草案は、憲法の内「安全保障」「司法」「国民の権利と義務」の3章について計8条分の条文案で構成されており、主な内容は「国の防備のために軍隊を設置する」「軍隊は集団的自衛権を行使することができる」「すべての国民は、国防の義務を負う」「首相は、緊急事態の際は国家緊急事態を布告する」「司法権は最高裁および下級裁判所ならびに特別裁判所に属する」となっている。この報道について、大野功統防衛庁長官は「形式的であれ、そういう場でそういう方々の意見を基に議論するのは控えなくてはいけない」と述べ、好ましくないとの認識を示した上で、防衛庁に調査を指示したという。また朝日新聞社は、7日付けの朝刊に「陸自幹部案—とんでもない勘違い」と題する社説を掲載し、この幹部自衛官及び中谷元長官の行為を文民統制(シビリアン・コントロール)を逸脱するものとして批判した。
 この草案について、中谷元長官は自ら作成を依頼したと話しており、防衛庁は「庁として検討した事実はない」(幹部)としている。恐らく、陸上自衛隊出身の中谷元長官が、かつての知人を頼りに、ごく私的な意見を求めるため、作成を依頼したのであろう。確かに、この二等陸佐が出来上がった草案に官職名や陸上幕僚監部のクレジットを入れたのは(かかる草案が防衛庁部内で公認されたものではない以上)ミスであったと言える。しかし、国会議員が政治家として憲法改正に取り組む中で、軍事問題の専門家である自衛官(や、その他の行政分野の専門家である官僚)に一定の意見を聴取するのは当然のことであり、むしろ必要なことですらある。草案の内容もこれといって突飛なものはなく、いずれも立憲政体を持つ諸外国の憲法には類似の規定がみられるものばかりである。草案の作成が 公務員の憲法尊重擁護義務(日本国憲法第99条) に抵触する恐れがあるとの論説もあるが、その 日本国憲法第41条 は、「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」とし、国民主権原理に基づいて、民主的に選出された国会議員の地位の高さを謳っている。とすれば、行政府の国家公務員が、国権の最高機関の一員である国会議員から何らかの質問を受けたとき、違法行為でない限りこれに答えるのが、民主主義の原理からしても自然ではないか。かつて、中村正三郎元法務大臣が改憲発言をしたときは、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とする 憲法第99条 が不当に拡大解釈され、あたかも国務大臣や国会議員は憲法改正を一切企ててはならないかのような憲法解釈が法律家を中心に流布されていたが、かかる解釈が護憲派弁護士・学者の政治的に偏向した見解に過ぎないことは、 日本国憲法 自身が 第9章 に改正規定を持っていることからも明らかである。自衛隊法上の政治的行為の制限に抵触するとの主張もあるが、かかる行為が処罰の対象となりうるのであれば、国会審議や議員立法の参考とするため各省庁の官僚が国会議員に資料を提供する行為も処罰対象となってしまう。
 本件について、小泉純一郎首相は、「専門家の意見を聞くことは悪いことではない」として問題視しない考えを示したという。全く以って正当な考えであるが、防衛庁はり、しかし、それにも関わらず防衛庁が、自衛隊最高司令官の方針に反して本件を問題視し当事者を処分するのであれば、それこそシビリアン・コントロール(行政の民主的統制)の逸脱であろう。

 菊地 光(きくち・ひかる) 本会会長


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