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21世紀の陸上自衛隊新体制
〜今月の世界軍事情勢〜

中島 健

 細川護熙内閣によってはじまった我が国の防衛計画の大綱の見直し作業は、2代後の村山富市内閣の時に「平成八年度以降に係る防衛計画の大綱」として閣議決定された。これは、東西冷戦の終結とソ連崩壊に対応して、我が国の防衛の在り方を新たに設定したものだが、その本質は、冷戦終結で喧しくなった自衛隊の兵力・装備の削減のための計画である。勿論、新大綱は、自衛隊の任務多様化を謳い、例えば海上自衛隊では不足している水上打撃戦能力の向上を提言しているなど、建設的な意見を提示してはいる。しかしそれに対して、我が国の防衛問題の中でも最も政治性が強く、それ故解決されて来なかった問題、例えば有事法制の問題については、何等具体的な指針を示してはいない。このことからも、大綱改正の基本的動機が、防衛問題の根本に対する改善ではなく、あくまで表面的な員数の調整によって国民に成果を示すということにあったことが窺えるだろう。
 では、新大綱の下において、陸上自衛隊はどのように改編されるのであろうか。
 従来、陸上自衛隊は、全国を14個の戦略単位に分割し、沖縄と四国に1個混成団ずつ、その他の地域に1個師団ずつを配置してきた(師団(Division)とは、歩兵や戦車と砲兵、後方支援部隊を統合した、それ自体で完結した作戦を遂行できる戦略単位のことで、混成団は、師団を縮小したものであるが、沖縄の第1混成団は例外で、「住民感情」を考慮したため戦車部隊を欠いている))。この14という数字は地勢上の区分で、戦前、正確には1925年から1937年までの旧陸軍の戦略単位数(師団数、師管区数)とほぼ同じであり、我が国の部隊数の適正値であるといえる。これに、機動打撃部隊としてもう1個師団が加わり、合計で13個師団2個混成団の体制が取られてきた。陸上自衛隊の師団名に「歩兵」だとか「戦車」といった冠詞は付かないが、このうち北海道の第7師団が所謂「機甲師団」で、その他は全て「歩兵師団」である。なお、陸上自衛隊には、自衛官不足のため9000人で1個師団を編成する甲師団と、7000人で編成する乙師団の2種類が存在しているが、世界各国の制度と比較すると、7000人という規模は師団というよりも一段階低い旅団(混成団)の規模に相当する、と言えるだろう。
 その13個師団2個混成団が、今回の新大綱で9個師団6個旅団に改編されることになった。具体的には、それまで4個師団が配備されていた北部方面隊(北海道を管轄)が2個師団2個旅団に、2個師団が配備されていた東部方面隊(関東地方と北陸地方を管轄)が1個師団1個旅団に、そして3個師団1個混成団が配備されていた中部方面隊(中部地方、近畿地方、中国四国地方を管轄)が1個師団2個旅団になる(東北と西部の2つの方面隊は、従来通り)。新大綱の説明資料によれば、防衛上特に重要な地域には師団を張り付けさせ、その他の師団旅団は各方面の増援にあたることになっており、具体的には宗谷海峡に第2師団、津軽海峡に第9師団、東京に第1師団、大阪に第3師団、そして九州北部に第4師団がそれぞれ張り付く。また、資料では、それに準じた地域として北海道東部・西部、及び沖縄を挙げており、それぞれ1個旅団が張り付くことになっている。これ以外の部隊、即ち神町(宮城県)の第6師団、守山(愛知県)の第10師団、相馬原(群馬県)の第12師団(旅団化される予定)、海田市の第13師団(旅団化される予定)及び北熊本の第8師団は、張り付け部隊の増援にまわるのである。

▲防衛庁庁舎(東京都)

 ところで、この改編では注目すべき内容はいくつかある。
 まず、従来「混成団」とされていた2つの部隊を、「旅団」に格上げすることである。これによって、全国の部隊と単位的に統一され、増援にも適応しやすくなるはずである(「混成団」なる名称は、元々、自衛隊に「師団」制度が導入される前、「師団」規模の部隊を表す用語として使用されていた)。特に、善通寺(香川県)の第2混成団は戦略予備にあたり、全国へと増援されるので、なおさらである。もっとも、だからといって那覇(沖縄県)の第1混成団がまともな旅団(=戦車部隊を含む離島防衛部隊)になるかどうかはわからないが。
 第2点は、以上の旅団化される部隊の内、第12師団(改編後、定数3000名)については、ヘリコプターを使用して機動的な運用を行う空中機動旅団に改編されることである。事実とすれば、単なる兵力削減ではなく、部隊の迅速な機動による侵略撃退、災害救助が可能になるという点で、我が国の陸上防衛に新たな可能性を提供することにもなろう。実際、阪神大震災の時は、陸上交通路が途絶し、もしくは渋滞で麻痺して、災害救助に出動した陸自トラックの到着が遅れてしまったが、全部隊がヘリで機動する部隊ならばそんな問題も解決する。だが、実はこれも雲行きが妖しい。というのも、たしかに第12師団は旅団化され、空中機動部隊用のヘリコプターに予算もついたのだが、その数なんとたった33機。イギリス陸軍の第24空中機動旅団(定数5500人)がヘリ108機を保有するのと比較しても、如何にもヘリ不足の観がある。これではとても全部隊の空中機動はできず、せいぜい1個中隊(全戦闘部隊の6分の1)程度に止まっている。しかも、機動する歩兵を支援すべき装甲車や軽戦車は皆無であり、これだけみれば事実上「多少強化された師団飛行隊を持つ旅団」ということになろう(第一、1個中隊程度を機動させる航空兵力は本来一般師団でも必要だろう)。
 第3点は、平成10年度に旅団化される第13師団は、高機動車を主体として迅速な移動を可能とする軽快部隊になることである。高機動車とは、トヨタ自動車が製造する米軍のハンビーのような大型四輪駆動車で、抜群の不整地走行性能を有し、従来の中型トラックに代って配備されている。搭載量も大きく、これで全部隊が移動できれば、少なくとも従来の中型・大型トラック移動よりはマシであろう(ただし、外壁は普通の鉄板と布地であり、装甲防護力も地雷耐久能力も全く無い)。しかし、当然のことながら、部隊の編成定数は半減してしまう。山陰地方は大陸からの密航者、特殊部隊の上陸に対処しなくてはならない地域だが、対人地雷放棄も含めて、この方面の人員削減はいただけない。師団偵察隊と師団航空隊だけが従来通りの規模で維持されるのが、不幸中の幸いであろう。
 第4に、即応予備自衛官なる新しい制度が導入される。これは、簡単に言ってしまえば平時における人的コストの削減をして、なおかつ有事には第1線兵力を即応整備しようというものである(従来の予備自衛官は、招集されても主に後方部隊に配属されることになっていた)。陸上自衛隊の予備兵力の少なさを考えれば、もしこの制度を「自衛隊に参加はしたいが生涯の職業とはしたくない」といった国民のために運用し、懸案の予備兵力整備が可能となるようにするのであれば、決して悪い制度ではない。しかし、実際の即応予備自衛官制度はそのようなものではなく、人員も退役した自衛官のなかから募集される。また、湾岸戦争の際の米軍の教訓では、たとえ適度に銃に馴れ、訓練を受けてきた予備役軍人であっても、第1線に投入するのは困難で、むしろ後方警備にまわした方が余程有効であったという。ましてや、年間30日の訓練で招集される即応予備自衛官制度が、当初意図したように働くのかは予断を許さない。はたして米軍の教訓は生かされるのだろうか。
 ところで、これは新大綱とは関係の無いことだが、陸上自衛隊では88式地対艦誘導弾96発(6連装発射機16基)で構成する地対艦ミサイル連隊を、今後とも整備してゆくという。この地対艦ミサイルは、日本が独自に開発した上陸作戦阻止のための切り札で、射程は公称百数十キロ。アメリカ製「ハープーン」ミサイルよりも高性能といわれ、命中率は極めて高いとされている。現在までに6個連隊が整備されており、最終的には8個連隊768発が配備されることになるが、これらの部隊の整備は、我が国に上陸を試みる侵略軍側にとっては大いに手強い存在であり、極めて重要な施策と言えるだろう。問題は、それを発射する際の法的権限、言い換えれば有事法制の欠如である。
 21世紀の陸上自衛隊の在り方を一言でいいあらわせば、チグハグ、ということになろう。たしかに、新しい基軸や新しい制度の下で、現在出来る限りのことをしようとしているのは理解できる。防衛庁も、少ない予算をどのように配分するかで相当苦慮したことだろう。しかし、一方で高性能対艦ミサイルを800発近く整備しておきながら、もう一方で不十分なヘリコプターしか持たない空中機動旅団を作ってみたり、そうかと思えば北海道の部隊とそれ以外の部隊で装備近代化や部隊編成に格差が生じてしまっているなど、なお問題は存在している。防衛庁一人では解決できない防衛予算、有事法制や予備兵力不足といった問題もある。
 これらの問題を解決するにはまずもって政治の指導力が必要なのであり、国民の関心が必要となるであろう。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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