このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

北朝鮮の特殊部隊
〜今月の世界軍事情勢〜

中島 健

 平成10年6月23日、大韓民国東海岸の束草(ソクチョ)市沖合いで、北朝鮮(自称「朝鮮民主主義人民共和国」)の隠密輸送潜水艇が漂流しているところを発見され、韓国海軍に拿捕された。しかし、潜水艇は韓国海軍の潜水艦救難艦によって確保され、曳航されていたものの、潜水艇内部に浸水したのか曳航中に沈没してしまい、引き上げ作業が行われるなどしたため、乗員の行方は不明のままである。今回の事件に関して、北朝鮮当局は、この潜水艇は訓練のため出港したものであり、発動機の故障で漂流してしまったとの声明を出したが、その言葉が真実かどうかは、実際に潜水艇を揚陸して内部を検査してみれば自ずとわかることだろう。仮に、潜水艇内部より韓国の軍事施設を撮影したような資料や、実戦用の武器弾薬が発見されたならば、これは明らかに秘密武力偵察の任務を帯びていたということになる。
 韓国KBSテレビによると、この潜水艇は「ユーゴ級」と呼ばれるもので、これはおそらくユーゴスラビアが1985年〜89年にかけて6隻建造した小型潜水艇「M100−D」型のことであろう。M100−Dは水中排水量88トン、全長18.8メートル、乗員5名で、この他に潜水員8名、潜水員輸送艇4隻、機雷数個を搭載することができ、四日間は潜水していることができる。この潜水艇は比較的新型であり、それだけに性能にも侮れないものがある。(もっとも報道によれば、このM100−Dはプラスチックでできており、レーダーに写らないとのことだが、それが真実かどうかは疑問である。海上自衛隊の「おやしお」型潜水艦のようにステレス性を考慮した艦型をとり、最先端の電波吸収で塗装されているならともかく、何で出来ているにせよあれだけ大きな物体である以上、レーダーに写らないということはまずありえない。むしろ、吸音タイル等を装備してソナーに捕捉されにくい、というのが真実なのではないだろうか。※ この種の隠密輸送潜水艦はかつてイギリスやイタリアでも(第2次世界大戦中に)考案されたことがあり、戦術上ある程度の効果があるものとされている。韓国に12万人とも言われる自国の特殊部隊や秘密工作員を潜入させたい北朝鮮にとっては、まさに必需品であろう。
 そもそも、韓国においては、北朝鮮による侵入事件はそうめずらしいことではない。1996年9月には、同じく韓国東海岸の江陵(カンヌン)沖に北朝鮮の「鮫(サンオ)」型輸送潜水艦が座礁し、脱走した乗組員と韓国軍との間で戦闘が繰り広げられて、多数の犠牲者を出している(15人が交戦し、韓国側に17人の被害者を出した)。この時、潜水艦内部からは、歩兵携行型のRPGー7対戦車ロケット砲と107ミリ多連装ロケット砲、それに手榴弾60発が発見されている。また、江陵に近いウルチン、サンチョクでは、1968年11月、120名以上の北朝鮮特殊部隊が侵入して韓国軍と交戦したウルチン・サンチョク事件が発生している。首都ソウルや重要都市仁川があり、監視が強化されている西海岸の非武装地帯付近と違って、東海岸の防備体制は比較的ゆるく、更に地理的にも海岸線が単調であり、そのためこの地域ではしばしばこうした事件がおこるのである。
 北朝鮮は、自国の経済政策の失敗や、韓国と比べて劣勢な軍事技術を挽回するために、1962年以来「全人民の武装化、全国土の要塞化、全軍の幹部化、全軍の近代化」を呼号し、特に奇襲作戦を実施するために、世界最大の12万人の特殊部隊と1700人の特殊工作員、それに50隻の小型輸送潜水艦を保有している。こうした特殊部隊は、戦時になると敵陣地の後方に侵入し、通信網や指揮所、弾薬庫、交通結節点等を攻撃して破壊活動を繰り広げ、味方正規軍の進撃を助ける。彼らの思想的、技術的練度は相当高いものと見られ、実際江陵沖潜水艦事件の討伐作戦中、韓国陸軍特戦団の軍曹一名が、リペリング中(ヘリコプターから飛び降りる途中)200〜300メートルの遠距離から狙撃され戦死している。また、人民武力部偵察局が所管する作戦(カンヌン沖事件ではそうであったと言われる)では、軍事的というよりもむしろ政治的な目標を達成するために、特殊工作員を多数潜入させ、適宜破壊活動や偵察活動を行わせているものと思われる。潜水艇によって入国したわけではないが、1968年の青瓦台(韓国大統領官邸)襲撃事件や、ソウル・オリンピックを妨害するために実施されたとみられる大韓航空機爆破事件も、そのたぐいのものであった。
 今回の事件によって我々は、依然として休戦状態に過ぎない朝鮮半島情勢の厳しさ、未だに共産主義体制を敷く北朝鮮という集団の危険さ、というものを、改めて認識すべきである。

※後に接岸された潜水艇の写真を見た限り、今回の事件で拿捕されたのはM100−D型とは異なる形式のようである。また、船体に傾斜がかけられており、確かに対レーダー・ステレス性を意識したつくりになっている。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


目次に戻る   記事内容別分類へ

製作著作:健章会・中島 健 無断転載禁止
 
©KENSHOKAI/Takeshi Nakajima 1998 All Rights Reserved.

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください