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新型輸送艦「おおすみ」の就役
〜今月の世界軍事情勢〜

中島 健

 島嶼国家である我が国にとって、離島への兵力輸送能力は防衛力の中でも重要な位置を占める事項である。殊に、東西冷戦の終結で、かつて想定されていたような「ソ連軍の北海道上陸」といった本土の広範囲を戦場とする通常戦争の危険性が大きく減少した一方で、大陸棚の資源や漁業資源の権益がからむ海洋権益の重要性はむしろ増加しており、我が国の領土である離島の一部が、小規模な外国軍隊によって占領されてしまうような事態は、なお十分考えられる。従って、自衛隊の離島防衛機能の充実は、なお疎かにしてはならない分野であるといえるだろう。そうした情勢の中で、今回の海上自衛隊輸送艦「おおすみ」の就役は、正に我が国の離島防衛機能を充実させる決定打といえよう。
 従来海上自衛隊は、1個連隊戦闘団(普通科連隊を基幹に、特科=砲兵、戦車部隊を編入したもの)の海上機動に必要な輸送艦艇を整備し運用てきた。その結果が、「あつみ」型、「みうら」型輸送艦(LST、戦車揚陸艦)計6隻だった訳だが、これらの輸送艦については多くの問題点があった。
 まず、これらの輸送艦はアメリカ海軍の大戦型戦車揚陸艦を参考にして建造されており、いずれも港湾施設が破壊されている状況を想定して、砂浜に乗り上げて(ビーチングして)貨物を揚陸するようになっている。しかし、これでは揚陸できる場所が(港湾以外では砂浜に限られてしまう上、強制的に座礁させて揚陸する訳だから喫水線も深くは出来ず、自然と艦の大きさが制限されてしまう。特に、最近の陸上自衛隊の車両化、重装備化に対しては、中型輸送艦6隻では不足するのであり、大型化は避けられないことであった。実際、欧州先進各国の海軍は、中型以上の水陸両用戦艦艇については、ビーチング方式ではなく小型上陸用舟艇を艦内に搭載するドック型揚陸艦が主流になっている。その点、「おおすみ」は搭載するエアクッション揚陸艇(LCAC)を使って揚陸作業を行うため、エアクッション艇(所謂ホバークラフト)が通れるところは全て揚陸地点となり、運用の柔軟性が大幅に向上するのである。
 次に、以上のように「あつみ」型、「みうら」型輸送艦はビーチングによる揚陸を行うため、艦型が制限されてしまい、高速度が出せないということがある。座礁させるため艦底は平たく、艦首もそう鋭利には設計できない。結果、これらの輸送艦の最高速度は14ノットと、他の護衛艦に比べて著しく低くなってしまっている。航海速度の向上は、到達時間の短縮は勿論、敵の潜水艦からの攻撃をかわす可能性も増す訳で、ビーチング方式をとらない「おおすみ」はその意味でも画期的である。
 「おおすみ」は基準排水量8900トン、満載排水量は約1万5000トンの大型艦であるが、前述の通り、最近の欧州先進各国の海軍では、この大きさが標準的になっている。ところで、「おおすみ」は艦橋を右舷に寄せ、後部の飛行甲板と全部の露天車両甲板とが同じレベルで行き来できるようにするため、空母型船型を採用しているが、このことが諸外国の一部や我が国の報道機関で否定的に採り上げられる理由となっている(欧州各国のドック型大型揚陸艦は、空母型ではない)。著名な英文軍事雑誌などでは、「おおすみ」は改造キットにより軽空母に転用できる等と指摘しており、これに付和雷同した一部報道機関が「おおすみ」を「自衛力を越えるのではないか」と指弾しているのだが、これらの指摘は全くあたらないと言うべきである。そもそも、「おおすみ」には航空機を格納する甲板や移動させるエレベーターが無い上に、現在の状態ですら航空機整備支援能力が無く、また露天甲板も、とても垂直離着陸戦闘機を運用できるような規模や強度をもっていない。アメリカ海軍には「おおすみ」と同じ空母型船型をとる「強襲揚陸艦」があるが、これらの艦は5万トン級の大型艦であり、航空機を50機搭載し、かつ強襲揚陸に必要な揚陸戦指揮機能を有している。これに対して「おおすみ」には、自艦搭載の航空機は1機も無く、ただ大型ヘリが同時に2機離着陸できるというだけである。また、「おおすみ」は強襲揚陸を想定しておらず、単に港湾施設が破壊されている味方支配地域に増援部隊を揚陸するための艦であって、揚陸戦指揮機能も十分でないのである。そういう意味では、「おおすみ」は正に「エアクッション揚陸艇と大型ヘリ甲板を備えた輸送艦」と見るのが正しい見方であって、「空母側船型だから空母に転用できる」等というのは素人の考え方である。但し、一部の軍事専門家の間でも、政治的見地からではなく純軍事的見地から、「おおすみ」は無理に?空母型船型をとった結果他国の同種艦と比較して搭載能力が劣ってしまった、との指摘がある(他国の艦は空母型でないので、船体の3分の2は兵士を収容する甲板室になっている)。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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