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アイリス・チャン氏の記事を読んで
〜表層的日本観で多くを語ることなかれ〜

中島  健

 「ニューズウィーク」(NEWSWEEK)英語版1998年7月20日号に、南京「大虐殺」事件について扱いアメリカで大いに売れた「ザ・レイプ・オブ・南京」(The Rape of Nanking)の著者・アイリス・チャン氏の記事が掲載された。「It`s History, Not a"lie"」(「これは嘘ではない、歴史である」)と題した同記事の中で、チャン氏は、改めて自身の主張を確認した上で、小山和伸神奈川大学教授や中村粲獨協大学教授、更に「右翼運動家」藤岡信勝東京大学教授らを引き合いに出し、日本が、日中戦争を侵略戦争ではなく欧米帝国主義を排除するための聖戦であったという考え(=大東亜戦争肯定史観)に基づいて南京「大虐殺」事件を否定しようとしている、と主張している。
 さて、私はまだ「ザ・レイプ・オブ・南京」を通読していない上に、所謂南京「大虐殺」事件の問題に関してそう多くの知識を持ち合わせていないので、事件そのものについて詳述するのはここでは避けたいと思う(もっとも、30万人虐殺説に対しては、やはり疑問を持たざるを得ない。これは、例えば第2次世界大戦のアメリカの人的損害が軍人29万人、民間人1万人の合計30万人だったことと比較すれば、単一都市での虐殺数としてあまりにも多いように思えるからである)。ただし、「ニューズウィーク」誌に掲載されたチャン氏の記事については、納得できない部分がいくつかあったので、それらについて述べてゆきたい。
 まず、チャン氏が指摘するような「大東亜戦争肯定史観」が果して我が国で過半数の支持を得ているかどうか、についてであるが、これはもう今更言及する必要もあるまい。しかも、チャン氏のこの主張は、単に映画「プライド〜運命の瞬間」が今年公開された邦画の中で最も高い収益を挙げたことを基にしているに過ぎない。その他には格別な根拠も無く、恐らくはチャン氏の個人的な反日感情が、「一部」を「全部」に拡張させてしまったのだろう。果して映画「プライド」が今年の終わりまで第一位の座を守り切れるかどうかは別として、これでは、私のように映画「プライド」や東條英機を評価しない観客までもが、大東亜戦争肯定史観を支持していることになってしまうのではないか。映画「プライド」公開は一つの大事件であり、恐らくは右翼だけでなく左翼や東條英機を評価しない人々も相当数足を運んだであろうから、チャン氏の思惑と我が国の実際の世論との間には大きな乖離があるといわなければなるまい。
 次に、「ザ・レイプ・オブ・南京」に使用された写真類について、チャン氏は「これらの写真はこの本で掲載するまでに既に長い間公開されていた写真ばかりであって、その真実性は現物との比較で確認することができる」としているが、それがそうではないことは「諸君!」1998年4月号の秦郁彦・日本大学教授の記事「『南京大虐殺』"証拠写真"を鑑定する」で明らかにされている。なお、この秦氏の記事では、その他「ザ・レイプ・オブ・南京」中に出てくる滑稽な記事をいくつか紹介しており、例えば、「前憲兵司令官」を「前秘密警察長官」と記述してみたり(注:戦前の我が国には秘密警察組織はそもそも存在しない(特別高等警察の職員であっても、職員録に氏名が記載されその存在が公表されていた)。「憲兵」は軍隊内の規律維持及び占領地域の治安警察を担当する陸軍の職種の一つであって、秘密警察ではない)、果ては「受験戦争下の現代日本では子どもたちは午後9時から午前6時まで勉強させられる」(!それだけ出来ていれば今頃全員東大に合格しているだろう)等といった事まで書かれているそうである。これらの奇怪な内容は南京「大虐殺」事件に直接関係しないことであるからこれ以上は挙げないが、しかしこの様な意味不明なことを本の一部で書いていれば、その他の内容についても信憑性を疑われてしまうのもやむを得ないであろう。
 ところで、この記事を掲載した「ニューズウィーク」誌のあり方にも、問題があった。この記事に添付されている写真である。ジョン・スタンメイヤー(John Stanmeyer)氏が撮影したというこの写真は、恐らくは中国の南京大虐殺記念館内だろうが(遭難者30万人と書いてある記念碑が映っている)、そこには「Obsession:Japanese in Nanking(強迫観念:南京の日本人)」という解説と共に、なんと髪を整えた浴衣姿の日本人女性が映っているのである。如何に日本人にとって海外旅行が一般化したからといって、外国の博物館に浴衣姿でいくような酔狂な人物は日本にいないだろう。おそらく、この写真はヤラセだろうが、こういった日本人を滑稽に風刺するような写真を南京「大虐殺」事件の記事と共に掲載するのは、良識的ではない。
 そもそもチャン氏は、記事の表題を「これは歴史であって、嘘ではない」とつけているが、これは疑問が残る表現である。確かに、南京「大虐殺」事件が指し示す事件そのものは歴史であって、その実在に関しては私も同意している(但し、その事件を我が国軍隊による組織的・計画的虐殺であるとする主張には与しないので、「大虐殺」と括弧をつけている)。しかし、だからといって「チャン氏の著書」が「歴史であって、嘘ではない」と直ちに断言できる訳では無いはずである。南京「大虐殺」事件に関して一級の資料とされるジョン・ラーベの所謂「ラーベの日記」の記述からも飛躍した25万人虐殺説を唱え、「日本人の獰猛な仕打ちを証拠として映像化すべきである」と日本に対する敵意を剥き出しにするチャン氏は、自身の言葉を流用するなら、ごくありふれた「反日運動家」ということになるだろう。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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