このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

北朝鮮のミサイル実験
〜今月の世界軍事情勢〜

中島  健

 在日米軍司令部が防衛庁に連絡したところによると、8月31日午前12時7分ごろ、北朝鮮(自称「朝鮮民主主義人民共和国」)の東海岸から弾道ミサイル1発が発射され、ウラジオストク南方300キロ、能登半島北西500キロの地点に着弾したという。またその後の情報では、日本海に着弾したのは実はミサイルの第1段推進装置の部分だけであり、第2段推進装置と弾頭そのものは、何と日本列島上空300〜400キロ上空を通過して三陸海岸沖の太平洋上に着弾したという。今回のミサイルは実験弾だったことが確認されているとはいえ、一歩間違えれば我が国本土に落下したやもしれず、そうなれば我が国に対する不法な武力行使であると理解されても文句は言えまい。
 今回の実験で北朝鮮は、自国が射程約2000キロの弾道ミサイル「テポドン1号」の開発を終了し、日本列島全体を攻撃できる能力を獲得したことを世界に向けて知らしめた。これは、アメリカ軍の偵察衛星及び海上自衛隊のイージス護衛艦の捉えた情報を解析した結果、弾頭自体は太平洋側にまで到達していたことが明らかになったため判明したもので、韓国国防部も31日午後3時のうちに「今回のミサイルは新型のテポドン1号」と発表した(肝心の我が国防衛庁が発表したのは、31日午後11時であった)。経済が疲弊したままの北朝鮮にとって弾道ミサイルの発射実験はそう何回も出来たものではなく、ならば北朝鮮がこの「とっておきの」実験を強行したのは新たな機種のためであろう、という推測は妥当である。実際、我が国でも独自の対艦巡航ミサイル(80式空対艦誘導弾)を開発するにあたって、開発コスト削減のために実射試験は数回に止め、あとは屋内でのシュミレーター実験で済ませていたのであって、アメリカの様に100発以上も実験できる国は、実はそう多くは無いのである。しかし、私は今回の発射実験の主目的は、弾道ミサイル導入に関心のある中東イスラム諸国の軍事関係者に、北朝鮮独自開発の弾道ミサイルを売り込むための展示だったように思える。印・パの核実験と弾道ミサイルの配備に刺激された中東の覇権国家(イラン、シリア等)が、「自分たちも」とばかりに北朝鮮に実験を依頼。準備を整えて実験したらたまたま8月31日になったというのが、真相なのではあるまいか。少なくとも今回の実験には、政治的目的(外交、あるいは内政の引き締め等)は、「日本に対する示威」を除けば余り感じられず、ただ国際法に無頓着な彼の国のことだから、公海への弾着も何等気にならなかったのだろう。
 それより、今回の事件で問題とすべき点は、むしろ我が国の反応の方である。第1の問題点は、「今さら騒いでいること」である。5年前の「ノドン1号」発射実験(余談になるが、「ノドン」という名前は、アメリカの偵察衛星がミサイルの映像を捉えた地名の暗号で、それが韓国語の「労働」に似ていた為、「労働」とも呼ばれるようになった)の際、多くの軍事専門家の間では、ノドン1号は我が国西半分(東京は射程外)を射程に収めるミサイルであり、我が国に直接脅威を与えるものであるとの認識を持っていた。しかし、当時のミサイル実験は、着弾地点が日本海であったこともあり、政治・報道の関心を呼ばず、その脅威についての認識が極めて不十分であった。いわんや偵察衛星や情報収集に関する論議等はほとんど聞かれず、正に「平和ボケ」の状態であったことは否めない。今回、ミサイルが日本上空を通過したことで、国民は初めて目覚めた訳だが、それはだいぶ遅い目覚めであったというべきであろう。いや、そもそも、北朝鮮の極めて独善的な政治姿勢と比べればまだ良識的かもしれないが、依然として共産主義国家特有の不条理な要求を度々為し、北朝鮮よりも多くの実戦用核弾道ミサイルを保有し、台湾海峡の公海部分にそれを「演習」と称して多数打ち込んだ実績のある非民主政体国家・中華人民共和国が、長い間身近に存在していたにも関らず、それを「脅威」と認識できていないところに問題があるのではないだろうか。
 第2の問題点としては、改めて露呈した(というより以前から解っていたことを改めて証明した)我が国の戦略防衛能力の欠如ということが挙げられる。今回の発射実験は、我が国政府も事前に承知していたとされるが、それもアメリカから偵察衛星の情報を提供されたため知っていたに過ぎない。事実、実際に実験が強行された時政府がそれを知ったのは在日米軍司令部の「早期警戒情報」からであった。これでは、国家安全保障の最重要情報を他国に完全に依存しているに等しいのではないだろうか。偵察衛星は、軍事衛星といっても武器を搭載している訳ではなく、強いて言えばアジア諸国の「軍事機密のベール」の中身を覗うカメラ小僧の様なものである。むしろ、我が国が独自に入手した偵察衛星の映像をアジア諸国に公開し、互いの軍事能力を検証する手段として、つまり信頼醸成の手段として活用することができれば、それは非常に平和的な衛星であるとさえ言える。偵察衛星は「アジアの平和」「世界の平和」を希求する我が国憲法にも合致するのであり、軍事偵察衛星の保有を躊躇うべき理由は無い(なお、運用は防衛庁がするべきであって、「多目的衛星」等と称して科学技術庁所管にしてはならない。これは、我が国の防衛意思を示す上でも、防衛情報を秘匿する上でも、また軍事偵察行動を最優先させる上でも重要である)。1969年の衆議院決議が示した「宇宙の平和利用」等という憲法平和主義を素直に解釈したような空想的国是は、速やかに是正されるべきではない
だろうか。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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