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軍縮の中のイギリス海軍
〜今月の世界軍事情勢〜

中島 健

 1990年の東西冷戦の終結を受けて、その最前線に位置していた欧州諸国では、東西両陣営で大規模な軍縮が進んた。もっとも、最近ではそのような軍縮も一段落し、最近ではNATO緊急展開軍やWEU(西欧同盟)、欧州軍団といった軍隊の多国籍化が欧州諸国の共通した傾向である。
 そして無論、イギリス海軍もこの軍縮の波の中にある。とはいっても、他国とは異なり第2次世界大戦迄は世界第1位の海軍国であったイギリスの場合、その戦後の半世紀の歩み全体が軍縮の歴史そのものであった。言い換えれば、かつて七つの海にユニオンジャックを翻していたロイヤル・ネイビーは、偉大なる大英帝国の衰退に歩調を合わせて縮小されていったわけである。
 第2次世界大戦勃発当時、世界に7つの艦隊(本国艦隊、地中海艦隊、北大西洋部隊、南大西洋部隊、アメリカ・西インド艦隊、東インド艦隊、シナ艦隊)を展開するグローバル海軍であったイギリス海軍は、戦後の経済的困窮と植民地の独立に伴って、その行動範囲と規模が急速に縮小された。まず、戦時動員が解除されたために海軍軍人数が削減され、1945年には86万4000人だったのが47年には16万5000人となった。それでも1946年以後ソ連をはじめとする共産主義勢力との対立が表面化し、1950年には軽空母1隻を含む30隻の英連邦海軍部隊を派遣するなど世界的活動も見られたが、国防の主眼は西欧の共産主義からの防衛に移った。結果、1955年には航空母艦15隻、戦艦5隻を擁し世界第2位の海軍であったのが、1956年のスエズ出兵の失敗以後西インド海軍司令部廃止(1956年)、最後の戦艦「ヴァンガード」退役と世界第3位への転落(1960年、第2位はソ連海軍)、新空母の建造中止と正規空母全廃方針(1964年)、スエズ運河以東からの撤退宣言(1968年)などを経て中規模地域海軍にまで後退。1971年には極東艦隊が解体されてアジアから撤退し、78年には正規空母が無くなった(コマンドー空母1隻、V/STOL軽空母3隻となった)。但し、以上の時期を通じて潜水艦発射弾道ミサイルの整備は最優先課題として実行され、1969年には常時1隻配備を実現するSSBN(弾道ミサイル原潜)4隻体制が完成した。
 1981年には更なる軍縮計画が作成されたが、1982年のフォークランド紛争で勢力縮小に一応の歯止めがかかった。南大西洋の孤島をアルゼンチン軍に占領されたイギリスは、ただちに戦闘艦44隻、補助艦22隻、徴用船舶など47隻の機動艦隊を編成し、2ヶ月後には島を奪還して見せたのである。この奪回作戦で海軍の効用が改めて見なおされた結果、当初予定されていた大型揚陸艦や軽空母の廃止は取りやめられ、ほぼ現在のイギリス海軍が形成されたといえる。
 しかし、一旦下げ止まった軍縮機運は、1990年の東西冷戦終結で再び加速されつつある。1991年の湾岸戦争を経た1993年には新造したばかりの通常型潜水艦4隻が廃棄され、海軍軍人も1990年の6万3200人から1998年の4万5500人にまで削減された。この他、同じ時期に攻撃型原潜が15隻から12隻に、通常型潜水艦が9隻から0隻に、ミサイル駆逐艦が13隻から12隻に、フリゲート艦が35隻から23隻に、機雷戦艦艇が36隻から18隻に、それぞれ削減されている。冷戦時代最優先だった潜水艦発射弾道ミサイルも300発(冷戦時代)から200発以下になり、また1997年の香港返還で、最後まで極東に残っていた哨戒艦3隻もフィリピンに売却された。1998年7月にブレア労働党政権が発表した白書「戦略的国防力見直し」は、今後とも海軍兵力の削減と近代化を続けるとしており、現用2万600トンの「インヴィンシブル」級軽空母3隻の代艦に4万トン中型空母2隻が、現用攻撃型原潜7隻の代艦に新型「アスチュート」級攻撃型原潜5隻が、それぞれ建造される。但し、作戦思想が対ソ海洋決戦から沿岸作戦・陸上攻撃作戦(アメリカ海軍で「フロム・ザ・シー」と呼ばれている冷戦後の新海軍戦略)へと転換され、それに伴って以上のような主力艦艇の削減が続いているが、特に沿岸作戦やNATO、国連等に対する協力に必要な揚陸艦艇については、コマンドー母艦「オーシャン」やドック型揚陸艦「アルビオン」級2隻の建造など、必要最低限の整備が続けられている。
 では、21世紀のイギリス海軍は一体どのような海軍となるのであろうか。確かに、艦艇の数で見る限り、イギリス海軍は今や我が国の海上自衛隊(主要水上戦闘艦艇60隻)よりも小さな、小規模海軍でしかないかもしれない。しかしイギリスは、我が国とは異なり空母、揚陸艦を含むバランスのとれた海軍力を有しており、また長い伝統を持つ海軍でありながら革新的な技術力と先見性を有している(例えば、現代空母の特徴である蒸気カタパルト、アングルドデッキ、光学着艦支援装置は何れもイギリス海軍の考案したものであり、他にも世界初のV/STOL軽空母やガスタービンの軍艦搭載など、今日の最新海軍軍事技術の多くはイギリスで考案されたものである)。更に、国民の間でも海軍に対する信頼は厚く、3軍では海軍がトップに序列され(海陸空軍)、「困った時の海軍だのみ」という諺(に近いもの)まである。こうした意味において、イギリス海軍は小規模ながらもなお一流の海軍であり、また来世紀においてもその地位を維持しつづけるであろうということができるのである。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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