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戦域ミサイル防衛
〜第2回:我が国はTMDを保有すべきか〜

中島 健

1、はじめに
 さて、先月号に掲載した第1回「戦域ミサイル防衛の紹介」は現行TMD計画全体の概観であったが、今回は、それでは果たして我が国はこの計画に参加すべきなのだろうか、という点について論じてゆくこととする。もっとも、この問題に対する答えは、現在のアメリカにおけるTMDの研究状況をどう見るか、そして我が国に対する弾道ミサイルの評価をどうするのかによって大きく異なるし、また前回にも述べたように、現段階ではTMDがまだ開発途上にある為、専門家であってもTMDの効用を正確に判定することは難しい。しかも、技術的可能性については公開されていることは限られており、真相は開発に従事している軍関係者にしかわからないのが現状である。
 だが私は、現在公表されている事実と過去の実例を検討した上で、最終的には、以下の理由により「我が国はTMDシステムを保有すべき」であると考えている。

2、我が国に対する弾道弾の脅威
 そもそも、現在我が国に対しては、北朝鮮の弾道ミサイルという深刻かつ切迫した脅威が存在する。これについてはなお議論の多いところだが、少なくとも現段階では、弾道ミサイルから我が国を守るには空中で撃墜する以外に有効な防御手段は無く、従って我が国もTMDに参加する以外にこのミサイルの脅威から逃れる術は無いことは事実であって、北朝鮮が万が一弾道ミサイルによる威嚇をしてきた場合を想定すると、事前に備えるに値する脅威であるといえる。
 現在、我が国の周辺で弾道ミサイルを保有しているのは、北朝鮮(自称「朝鮮民主主義人民共和国」)の「ノドン1号」と「テポドン1号」以外では、中国(中華人民共和国)の「東風3号(CSS-2)」(射程2800キロ)とロシア連邦である(旧ソ連時代から大量の戦術・戦略核弾道ミサイルを引き継いだロシア連邦も、脅威の度合いが異なるとはいえ勘定に加えるべきであろう)。以上より、我が国が脅威の候補として挙げなければならないのは、これら3カ国の弾道ミサイルということになるが、しかしではその水準はといえば、(北朝鮮以外は)それこそ冷戦時代と比較すればかなり低いということができるだろう。例えばロシアであるが、彼の国は基本的にヨーロッパを正面とする国家であり、アジア正面は限りなく裏口である。外交的に見ても、我が国との間には北方領土問題を除けば重大な懸案も無く、むしろ最近ではシベリアに眠る資源の共同開発等を通した協力関係が増加してきており、また軍事分野でも、既に海上自衛隊と極東ロシア海軍との交流がはじまっている。勿論、それがただちにロシアを脅威リストから除外する理由にはならないが、しかし対露関係に関しては、我が国が余程北方領土問題に関する対応を間違えない限り、巨額の費用を投じて弾道ミサイル防衛体制を築く必要はないだろう。
 では中国はどうか。確かに中国は、政体も民主制ではなく、依然として共産党一党独裁体制下に擬似的市場経済を形作っているに過ぎない、決して信頼することのできない国家である。特に、南沙諸島問題やチベット問題等の領土紛争に関しては極めて非妥協的であり、軍事的恫喝も恐れない国家である。加えて、中国は既に弾道ミサイルや核兵器を実用化しており、その意味では脅威の度合いは北朝鮮と比べ物にならない(実際、中国は東風3号ミサイルを60基、射程4000キロ級の「東風4号(CSS-3)」を10数基、射程12000キロの「東風5号(CSS-4)」を10基以上も保有している)。こと台湾問題に関しても中国の態度は強硬で、中台問題では台湾(中華民国)側につくべき我が国としては、台湾と並んで弾道ミサイルの脅威に晒される可能性も低くはないだろう。しかし、中国はそのような国家であると同時に、国際連合安全保障理事会の常任理事国という国際的に重大な地位にあり、世界との間にそれなりの貿易や経済的政治的結びつきがある。当然、(我が国が日米安保条約の下にあることも含め)核兵器を含む弾道ミサイルの使用をそう簡単に決断できるわけではなく、むしろその様な決断を抑制させる要素の方が大きい、と評価できるのである。
 しかし、以上の2カ国はともかく、こと北朝鮮に関しては、事態はそれほど楽観的ではない。北朝鮮の脅威については、私は「脅威は大きい」と判定できるのではないかと考えている。
 「北朝鮮非脅威」論の中には、北朝鮮弾道ミサイルの技術的水準の低さを理由とするものがある。なるほど、そもそも弾道ミサイルのような新型兵器は、数度の実射試験を行って性能を確かめなくてはならないのであって、これには弾道ミサイルでなくとも相当の費用がかかる。例えば、我が国が初めて独自の空対艦巡航ミサイル(80式空対艦誘導弾、ASM-1)を開発したとき、実射試験の回数を出来るだけ減らすため、弾頭部分の試験は専ら陸上のシュミレーターで行われた。これは、巡航ミサイル開発において実射試験がコスト的に大きな部分を占めるためであり、当時の我が国における対艦巡航ミサイル開発は低コストが至上命題でもあったからである(防衛開発研究予算の制約もさることながら、高額に過ぎるとアメリカ製ミサイルの販売圧力がかかり、計画時代を潰されてしまうことが、低コストを至上命題とさせていた)。高い技術力とある程度の資金のある我が国ですらこの状況だから、ましてや工業技術力や資金の点で大きく遅れている北朝鮮にとって、実射試験を行わずに弾道ミサイルを技術的に完成したかたちで配備することはできない。そういう意味で北朝鮮は、今回発射した「テポドン1号」はおろか、「ノドン1号」ですらその能力を完全には確認できていないわけである。加えて、国防上の最重要課題である対韓国部門以外で、北朝鮮が大掛かりな費用を投じるプロジェクトを進めることは出来ないのであって(弾道ミサイルは戦略的兵器だから別格扱いしているかもしれないが)、例えそれにある程度の優先順位をおくとしても、その矛先は日本というよりもむしろアメリカを志向しているといえよう。以上の点からすれば、北朝鮮における弾道ミサイルは、スカッドミサイルをコピー生産したもの以外は、実戦配備できないか形式上したとしても信頼性の相当低いものであると言うことも出来、したがってこれは「非脅威」論の根拠足りえるわけである。
 しかし、私は、「信頼性が低い」ことと「脅威の度合いが低い」こととは、全く別の次元の話であると考える。そもそも「数度の実射試験を経なければならない」というのは現代西欧軍隊の基準であって、北朝鮮のような西欧基準に達しない軍隊ならば、実射試験をせずとも実戦配備してしまうことも出来る。ところで、仮に北朝鮮が開発した新型弾道ミサイルを実戦配備したとして、当面彼等が搭載する弾頭は、通常弾頭もしくは化学兵器弾頭ということになる。だが、一般的に弾頭ミサイルの弾頭重量は数百キログラム台(射程300キロのスカッドB・ミサイルの炸薬量は1トン、スカッドを無理矢理射程600キロにしたイラクのアル・フセインは180キログラムである)に制限されるのであり、破壊力の弱い通常弾頭では何の意味も無い(イラン・イラク戦争当時の弾道ミサイルの撃ち合いも、政治的な意味合いを考慮してのことで、実効性のある攻撃は砲兵部隊によって行われた)以上、弾道ミサイルは事実上生物兵器や化学兵器といった大量破壊兵器(WMD、Weapon Mass Destraction)専用になる。そしてこれこそは、例えそれが潜在的なものであっても、我が国にとっては非常に重大な脅威となるのである。また、たとえ北朝鮮の弾道ミサイルの性能が実験不足で悪い(最新鋭の大陸間弾道ミサイルの半数命中界CEP Circular Error Probableは180メートルだが、アル・フセインのそれは約2キロである)としても、人口密度の高い我が国の場合大量破壊兵器がどこに命中しても大きな被害をもたらしかねないのであって、この際精度の悪さは大して問題にならないのである。

3、空爆では弾道ミサイルを破壊できない
 しかも、一旦配備されたミサイルを発射前に破壊することは、かなりの困難を伴う。例えば、軍事評論家の中には、化学兵器弾頭が生む被害と、それに対処する手段とを比較衡量するとき、THAADや海軍広域防衛をはじめとするTMDのような高価な防御兵器を整備するのは過剰投資で、むしろ、攻撃に対する報復として、北朝鮮の化学兵器工場や発射基地を爆撃した方がよいのではないかと主張する人もいる。このような「外科手術」的爆撃作戦の成功例としては、よくイスラエルのイラク原発破壊作戦が挙げられる。1981年6月、イスラエルは突如戦闘機11機を隠密裏にイラクに派遣し、イラクが建設していた原子力発電所(タムーズ原子炉。実際には核兵器開発のためのプルトニウム製造工場)を爆撃・破壊した(これでイラクの核兵器開発は大きく頓挫して湾岸戦争までに核兵器を保有できなくなり、結果としてアメリカをはじめとする多国籍軍は核の脅威を感じないで戦争を戦うことができた)。つまり、「バビロン作戦」と呼ばれたこの奇襲攻撃作戦を我が国も真似て、北朝鮮の核関連施設を報復爆撃してしまえば、TMDは必要無いというのである。
 だが、この様な報復作戦は政治的な効果はあっても、軍事的には不確実かつ非効率的な方法である。
 湾岸戦争当時アメリカ軍は、パトリオットSAMを配備して発射されたスカッドを阻止すると伴に、航空部隊を繰り出して発射機そのものを破壊する「スカッド・ハント(スカッド狩り)」作戦を実施した。当時、イラク軍が保有していたスカッド発射機は、簡易型の固定発射機(基地)と移動式の発射機の2種類があり、アメリカ軍はまず位置が判明していた固定発射基地28個所を空爆で破壊し、続いてスカッド発射を探知し次第、移動発射機を破壊することにした。だが、いざ空爆をはじめてみると、固定発射機、移動発射機とも満足には破壊できなかったのである。
 まず、固定発射基地の場合だが、確かに固定式である以上空爆から逃れる術は無いのだが、実際にはイラク軍ミサイル部隊は夜間や悪天候に急速に発射準備を整え、突然発射しては部隊だけ逃げるという行動を繰り返したため、固定発射基地の発見自体が遅れた。固定式であるが故に正確な位置の測定には時間がかからず(移動式弾道ミサイルの場合、まず自身の正確な発射地点を計測しなくてはならない)、簡易式であるため赤外線をほとんど出さないこの種の発射基地は、戦後調査されただけでイラク西部に64個所もあり、当初のアメリカの予想を遥かに上回っていた。最初に攻撃したはずの固定基地28個所も、完全に破壊できたのは半数程度であった。アメリカの軍事偵察衛星といえども、巧妙に偽装され赤外線を発しないこれらの発射機を発見することは至難の技だったのである。
 移動式発射機は更に厄介だった。イラク軍の保有する移動式発射機は、旧ソ連製MAZ-543八輪重機動トラックを使った起立発射機輸送車(TEL。よく写真で「スカッド移動式発射機」と紹介されるもの)と、スウェーデン製トラックを独自に改造した移動起立発射機(MEL)の2種類があったが、特にTELの機動力は高く、発射から5分後には発射地点から15キロ離れることができた。それでも弾道ミサイル警戒衛星が発射を捉えたものについては探知には成功したが、中にはイラクが東ドイツから購入したTELのおとりや、TELによく似たフロッグ(FROG、Free Rocket Over Ground。ロシア製でロシア名「Luna」)地対地ミサイル発射機、果てはタンクローリーが本物と誤認されて攻撃された事例が多くあり、戦後の調査では空爆で破壊できたのは数両に過ぎなかったことが判明している。この他にも米英の特殊部隊(グリーンベレーやSAS等)が隠密裏に潜入し、地上からスカッド発射機の破壊を試みたという情報もあるが、機密事項となっているため何両の破壊に成功したのかは不明である。
 以上を総合すれば、固定式であろうと移動式であろうと、弾道ミサイルの発射基地を事前または事後に攻撃することは、例えイラクの砂漠という遮蔽物の少ない地形において世界最大の航空戦力を有するアメリカが挑戦しても著しく困難な任務であり、ましてや険しい山岳地帯を含む北朝鮮に対しては、たとえ航空自衛隊の現有兵力を総動員してもミサイル発射機の完全破壊は不可能であるということが理解されよう(北朝鮮の場合、テポドン・ミサイルは長すぎて機動力が無いという指摘もあるが、前述したように固定式発射機であっても困難性はさほどかわらない。また、西日本全域を射程に収めるノドン・ミサイルには、スカッドと変わらぬ機動性がある)。
 もっとも、付言すれば、現在我が国にはイスラエルのような報復爆撃をする、技術的な能力も政治的な能力も無い。政治的な能力に関してはこの際敢えて述べないが、技術的な能力について多少解説しておくと、現在航空自衛隊は、建物一つ一つを識別して破壊するようなピンポイント爆撃が可能な爆弾・ミサイル類を、全く保有していないのである。
 湾岸戦争当時実施されたピンポイント爆撃は全てGBU-10等のレーザー誘導爆弾によるもので、これは対空火器の届かない高度4000メートル以上の高空から、荒天下でも前方赤外線映像装置(FLIR)を使って照準をあわせ、目標の数十キロ手前で投弾し安全に離脱することができるスマート爆弾であった。現在、アメリカ軍はそれに加えてAGM-84H/SLAM-ER(発達型スタンドオフ対地攻撃ミサイル)と呼ばれるピンポイント攻撃兵器を保有しており、この射程は何と139キロもある。つまりアメリカ空軍の戦闘機は、破壊目標から100キロ以上も離れた安全圏から照準を合わせ、ただこのミサイルを空中に放り出すだけで、精密爆撃任務を達成することが出来てしまうのである。
 これに対して、現在航空自衛隊が保有する精密誘導兵器は、撃ちっぱなし(Fire and Forget)方式のため自機は安全ではあるものの、弾頭部のセンサーには赤外線誘導方式を採用しており、ピンポイント爆撃までは出来ない。赤外線誘導方式では、ミサイル弾頭のセンサー(シーカー)は地上の熱源を追尾してしまうので、例えばミサイル基地を叩こうとしてもミサイル本体には目もくれずに隣にあるゴミ焼却炉に命中してしまうからである。ましてや、北朝鮮側が事前に欺瞞用の熱源(焚き木でも何でもいい)を周辺に用意してゴミ焼却炉の火を落としておれば、何とゴミ焼却炉すら破壊できない可能性もある。もっとも、それ以前の問題として、我が国にはイスラエルのような高度な諜報機関(イスラエルは、世界最強と謳われる「モサド」と呼ばれる諜報機関を持つ)も無ければ、それにかわる軍事偵察衛星も、早期警戒衛星も持ち合わせていない為、作戦を立てる過程で「どこを攻撃対象にすべき」かすらも迷うことになるだろう。

4、TMDを推進すべきこれだけの理由
 その他にも、TMDを積極的に推進すべき理由はある。
 第1に、我が国のTMD開発は、それだけ北朝鮮の弾道ミサイル、ひいては北朝鮮が輸出した弾道ミサイルの価値を著しく低下させる効力を持つ。冷戦崩壊後の混沌とした世界情勢の中でなぜ弾道ミサイル技術が拡散しているのかといえば、それは弾道ミサイルが現段階では防御し難い絶対兵器だからであり、発射機の秘匿性を含めて世界最強のアメリカ軍であっても対抗できない武器だからに他ならない。しかし、我が国とアメリカがTMDという、弾道ミサイルの絶対性を突き崩す技術を獲得できれば、弾道ミサイルの価値は著しく低下せざるを得ない。また弾道ミサイルは決して安価な兵器ではないため、弾道ミサイルを装備する発展途上国にとって、TMDを無力化させるだけの「量」を揃えることも難しい。更に、TMDのような重大な意味を持つ防御兵器は、開発に着手するだけで有効な抑止力を発揮する。東西冷戦時代、アメリカは完成する目処も立たない「SDI」というSFチックな開発計画をたてたが、これがさも完成しそうに報道にリークされたため、ソ連の軍事当局者はこの御伽噺をまともに信じてしまった。そしてソ連は、SDIに対抗すべく核軍拡を断行したもののそれが基で経済が悪化、遂には国が滅んでしまった。つまりソ連邦の崩壊は、アメリカがSDIという一世一代のハッタリをかけたがために10年は促進されたのである。換言すれば、例えTMDが現在多少空想的な側面を含んでいたとしても(私はそうは考えないが)、技術力はそれ自体が抑止力を有するのであるから、これをハッタリとして上手く戦域弾道ミサイル保有国にアピールすることができれば、我が国のTMD開発参加行為それ自体が、対抗手段を持たない発展途上国に対して既に有効な弾道ミサイル抑止手段として機能するのである。
 第2に、我が国にとって、TMDのような防御兵器を開発するには、アメリカとの共同開発が最も適した形態だということである。というのも、湾岸戦争をはじめとする幾多の紛争を経験し、戦域弾道ミサイルに関する情報やデータを大量に保有するアメリカとは異なり、我が国はTMD開発には欠かせないそれらの技術やノウハウを持ち合わせていないからである。これは、いくら日本の高度な技術力を駆使したところで追いつくことの出来ない差異であり、それ故に我が国は単独でこのような防御兵器を開発できないのである。また、実際に我が国は航空自衛隊が高層防空にパトリオットPAC2SAMを、陸上自衛隊が低層防空にホークSAMを、そして海上自衛隊がイージス護衛艦(イージス戦闘システムを搭載したミサイル護衛艦)を装備しており、つまり世界中のどの国よりもアメリカの装備体系に類似した兵器で武装しているのであって、それだけTMD兵器の導入も比較的簡単に行うことができる利点がある訳である。
 第3に、現在のTMD開発は必ずしも全面的に失敗しているわけではなく、決して将来性の無い計画ではないということである。例えば、TMD開発の困難性の例として、参加反対を表明している朝日新聞等ではTHAADミサイルの実験失敗がよく取り上げられている。確かに、THAADミサイルは現在までに5回の実験を行っているが、未だ一度も弾道ミサイルの撃墜に成功してはいない(つい最近行われた第6回の実験も失敗したと報道されている)。しかし、これは前述したことだが、THAADミサイルの5回の実射試験のうち、弾道ミサイルの撃墜を想定したものは3回だけであり、残りの2回は別の目的の実験であって、成功裏に終わっている。また、第4回の実験の失敗理由は「燃料切れ」であって、システム全体の問題ではない。いや、そもそもTHAADミサイルの開発実験は始まったばかりであり、開発当初に失敗を重ねるのはある意味で当然のことであって、初期実験の失敗のみを理由にTHAADミサイルの有効性を論難するのは妥当ではない。例えば、アメリカの対艦ミサイル・ハープーン(RGM-84)は、開発までに100発以上の試射を行っており、むしろ我が国の80式空対艦誘導弾のように、「4発の試験をするところ1発目で実験標的(退役した海上自衛隊の護衛艦)を撃沈してしまい、実験中止になった」などというのは例外なのである(我が国がそのように成功することが出来たのは、開発当時「対艦巡航ミサイル」という兵器のジャンルが既に確立されており、TMDのように新しいコンセプトを描くような野心的ものではなかったからである)。
 そして第4に、TMD計画はコスト的な面でも不可能なわけではない、ということが挙げられる。確かに、アメリカが構想しているTMD計画全体(陸上配備・海上配備の第1段階〜第3段階)のコストは膨大なものになるのかもしれないが、現在我が国が必要としているのは、主に北朝鮮からの10発〜20発の同時攻撃に対応できるだけのシステムであり、また何も陸上配備・海上配備の全システムを導入しなければならないわけではない。費用負担の軽減をはかるのなら、我が国としては第1段階の改修と、第2段階の陸上・海上TMDのうち、有効であると思われる上層TMDと下層TMDを1種類ずつ(最悪下層TMDのみ)配備さえすればよいのである。また、現に報道されている1兆円とか2兆円といった開発経費の数字も、開発期間を10年とすれば単年度で1000億円に収まるのであって、確かにこれは我が国の防衛予算の規模からすれば大きな額になるのかもしれないが、前述したようなTMDという兵器の効果の大きさを考えれば、決して高い額ではない。
 ただし、である。ここで一つだけ確認しておきたいのは、我が国が以上のような理由でTMDを導入するにあたっては、それはあくまで探知から迎撃まで、一貫した我が国独自のシステムが必要である、ということである。これはTMD反対派や一部の識者が指摘していることだが、現段階でははっきりしていないものの、当初は弾道ミサイルの探知に関してはあくまでアメリカのDSP(Direct Support Program)早期警戒衛星から情報を提供してもらうことになっているという。しかしこれでは、一部の識者が危惧するように、システムの根本的な部分をアメリカ側に掌握されてしまう可能性が高いのであって、TMDを開発導入するにあたっては、あくまで偵察衛星・早期警戒衛星から迎撃ミサイル本体まで、自前のシステムを一通り備えておく必要があるのである。前述したように、技術力はそれ自体抑止力足り得るが、それはあくまで自分自身の保有する技術についてであることを忘れてはならない。

5、TMDを持つ我が国の世界的役割
 最後に、TMDの開発は必ずしも一人我が国の利益になるものではない、ということも強調しておきたい。勿論、TMDは我が国にとって必要な兵器であり我が国の国防力を高めるものではあるが、それと同時に、TMDは世界の非核諸国や弾道ミサイルの脅威下に置かれている諸国にとっても同じく利益となるのである。また、前述したように、TMDはそれだけ弾道ミサイルの、兵器としての魅力それ自体を減少させる役割を持っている。その意味では、TMDは大量破壊兵器の拡散を阻止する「軍縮促進兵器」であって、如何なる意味においても中国(中華人民共和国)の言うような「東アジアの軍拡」には該当しないのである(第一、中国は既にパトリオットに相当すると言われる前述のS-300P地対空ミサイルを4個発射隊取得している)。
 湾岸戦争の際のイラクを見るまでもなく、弾道ミサイル関連技術の拡散は現在世界の安全保障上の重大な脅威の一つである。例えば、宗教上の激しい対立が見られる中東では、既にイスラエルやイラク、イラン、サウジアラビア(輸入)といった国々が弾道ミサイルを装備し、その使用の「敷居」は極めて低い。しかも、前述したように弾道ミサイルは大量破壊兵器を弾頭に使用しなければ意味が無いから(さすがに湾岸戦争では、報復を恐れたイラクは化学兵器弾頭のスカッドを飛ばすのは抑えたが)、弾道ミサイル技術の拡散はつまり大量破壊兵器の拡散と同義である(例外的にサウジアラビアは、60〜120基購入した中国のCSS-2を通常弾頭版と態々指定したそうだが)。実際、アメリカも、核不拡散と並んでこの弾道ミサイル技術不拡散を最大の安全保障目標としており、TMD開発による無力化から米朝ミサイル交渉まで、あらゆる手段を用いてその阻止に努めている。そしてそれは、我が国の国益にもかなうことである。
 しかし私は、結局のところ弾道ミサイルの拡散は、現在のアメリカが採用している方法では阻止出来ないのではないかと考えている。というのも、弾道ミサイルは現在のところその迎撃・破壊が不可能であるという意味で絶対兵器であり、しかもある一定水準以上の工業技術力を持っていればどこの国でも製造できる兵器だからである。丁度、対人地雷がゲリラにも製造できる以上対人地雷全面禁止条約が無意味であるように、第2次世界大戦末期にナチス・ドイツが作れたものを半世紀後の発展途上国が作れない訳が無い以上、ミサイル拡散阻止それ自体は結局徒労に終わってしまう可能性が大きいのである。であるならば、我が国としては(重油を提供する等)対症療法的にミサイル開発を止めさせるよりも、むしろ拡散の動機であるその絶対性・有用性を奪う方向で行動するほうが、合理的かつ有効であろう。そしてその弾道ミサイル無力化の手段として、TMDが大きな意味を持ち得るのである。
 従って、もし我が国にTMD技術を世界平和のために活用する決意があるのならば、それは弾道ミサイル拡散阻止に非常に有効な働きをするであろう。例えば、インドとパキスタンが核実験を強行した時、日本人は反戦団体から政府まで印パ両国を口先だけで非難するばかりで、誰一人として有効な批判を加えることが出来なかった。反戦、反核を熱狂的に叫ぶ日本人に対して印パ両国は、「相手国の脅威がある以上対抗する他ない」「広島・長崎のような損害を被るわけにはゆかない」と反論し、これに対して反戦運動団体は説得力のある言葉を持たなかった。いや、そもそも戦後一貫して日米安保条約によってアメリカの「核の傘」の下にいた我が国には、印パを批判する資格すら無かったのである。
 しかし、もし我が国がTMDを完成させていたらどうであろうか。例えば、我が国が印パ両国に対して日印・日パ弾道弾防衛条約の締結を提案し、我が国がTMDを貸与乃至供与する代わりに、両国に核兵器開発や弾道ミサイル(インドのアグニ、パキスタンのハトフ、ガウリ等)を放棄させることが出来たのではないだろうか。これは、確かに現実的には実現が困難なのかもしれないが、弾道ミサイルの脅威に対して現実的な代替案を提示した上での解決策であり、少なくとも反戦反核を叫ぶだけの机上の空論ではない。しかも、両国がこの提案に同時に応じて同時に核兵器の放棄を決定したのならば、両国に貸与するTMDはごく少数ですむことになり、決して大きな財政負担を伴うものではなくなるのである。なお、この案に対しては、「一方の当事者がTMDを手にすれば、先制核攻撃を躊躇う理由が無くなる」との反論が出てくるかもしれないが、我が国がTMDを供与する場合被供与国は必ず核兵器や弾道ミサイルを放棄しなくてはならないこととし、条約の信頼性を保証するために、我が国が定期的に被供与国を査察する体制を構築すればよいのである。
 あるいは、再び湾岸戦争級の大規模地域紛争が勃発した場合はどうであろうか。先にイスラエルの「バビロン作戦」のところで述べたように、湾岸戦争当時イラクは核兵器開発に既に着手しており、戦争があと5年遅ければイラクも又核保有国になっていたことであろう。換言すれば、これから起こるであろう大規模地域紛争では、地域的覇権国家の核兵器の脅威がいよいよ現実のものとなるのである。その時覇権国に核兵器の使用を思いとどまらせ、かつ核兵器の実効性を削ぐことができるのは、TMDのような「盾」としての迎撃システムの配備だけである(勿論、アメリカなどはそれに加えて自国の核兵器で威嚇するだろうが)。そしてまた、そのような弾道ミサイルを撃破する能力は、例えば再びイラクがイスラエルにスカッドを撃ち込んでアラブ対イスラエルの対立を喚起しようとするような、紛争を拡大する目的で弾道ミサイルを挑発使用するような行為も防ぐことが出来る。つまり、TMDという兵器は、今日世界が抱える安全保障上の懸案に対する有効な解決策の一つであり、「軍拡を進める」力があるというよりもむしろ「平和を創造する」力があるとさえ言えるのである。

6、おわりに
 はじめに書いたように、我が国においては北朝鮮のミサイル実験以来、TMDに関する議論が生まれている。しかし、本来TMDに関する議論は5年前の北朝鮮のノドン・ミサイルの実験の時にはじめられているべき種類のものであり、実際に日本列島を越えてはじめて脅威を認識するのは、遅きに失している(防衛当局者の間では、5年前から動きがあったが)。また、TMDの問題を、単に北朝鮮と我が国との関係だけで論じるのも、この兵器の本質的意味を無視した視野の狭い議論のように思える。目先の実験失敗や費用負担の大きさに拘泥することなく、TMDという兵器の本質は何か、その意義はどういうところにあるのか、についての認識の上に、我が国のあり方や世界的な潜在的脅威を加味した真剣な論議が求められているのである。

※参考文献
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宇垣 大成「印パ・イスラエルの核とミサイル」『軍事研究』1998年9月号 JMR
宇垣 大成「日本TMD構想の現実性」『軍事研究』1998年11月号 JMR
英国国際戦略研究所『ミリタリー・バランス1994-1995』メイナード出版
江畑 謙介「S-300P要撃ミサイル」『軍事研究』1998年9月号 JMR
江畑 謙介「S-300V戦域迎撃ミサイル」『軍事研究』1998年10月号 JMR
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小都 元『世界のミサイル 弾道ミサイルと巡航ミサイル』新紀元社、1997年
小都 元『ミサイル事典』新紀元社、1996年
河津 幸英「自衛隊には北のミサイル基地は潰せない」『軍事研究』1998年11月号 JMR
軍事情報調査会「弾道ミサイル撃滅作戦」『軍事研究』1998年11月号 JMR
志方 俊之、櫻田淳「発見!識別!迎撃!運命の『10分間』」『正論』1998年11月号 産経新聞社
田岡 俊次「『冷めたピザ』は早く断ろう」『世界の艦船』1998年11月号 海人社
趙 青竜「北朝鮮の弾道ミサイル開発」『軍事研究』1998年11月号 JMR
長田 博「開発・取得は緊急課題」『世界の艦船』1998年11月号 海人社
野木 恵一「北朝鮮が保有する戦域ミサイル」『世界の艦船』1998年11月号 海人社
野木 恵一「戦域ミサイル防御TMD」『軍事研究』1997年1月号 JMR
野木 恵一「TMDとイージス艦」『世界の艦船』1998年11月号 海人社
野木 恵一「テポドンの衝撃」『軍事研究』1998年11月号 JMR
日野 恵一「冷戦後の現実的オプションとして必要」『世界の艦船』1998年11月号 海人社
藤井 久「北朝鮮の真の狙いは何か?」『軍事研究』1998年11月号 JMR
防衛大学校安全保障学研究会編『安全保障学入門』1998年、亜紀書房
防衛庁『防衛白書』平成10年度版 1998年、大蔵省印刷局
本田 優「TMD構想への参加」『朝日新聞』1998年7月3日 朝日新聞社
『現代用語の基礎知識』1998年、自由国民社
防衛庁ホームページ
アメリカ国防総省ホームページ
アメリカ弾道弾防衛局(BMDO)ホームページ
(JMR=ジャパン・ミリタリー・レビュー社)

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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