このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

女性の働きやすい社会を
〜少子高齢化問題を解決するために〜

山澤義徳

 進行しつつある少子化の問題、これは、今日我が国が抱える最も大きな問題のひとつであると考えます。我が国の出生率の低下に対する抜き差しならない危機感、これが、この弁論における問題意識であります。今日の、深刻化する不況の背景として、「将来への不安」に根差す消費マインドの冷え込みが指摘されています。「将来への不安」とは、即ち老後への不安に他なりません。破綻が心配される年金制度、長寿化によって増大する社会保障費、そして少子化によって減少してゆく労働人口。今日、不況下にあるからこそ、我々は社会保障制度の改革を論じなくてはならない。その一環として、ここに少子化問題と、その一解決策としての「女性が働きやすい社会」の実現を論じるものであります。

 まず、現状についてお話しします。我が国が、近い将来超高齢化社会になるということは、皆さんもご存知かと思います。具体的には、2025年にそのピークがやってきて、65歳以上の人口が全体の25%を占めると予測されています。つまり、4人に1人が老人となるのです。しかし、それを支える新しい世代の出生率は、年々下がる一方です。1人の女性が一生の間に出産する子供の数を表す合計特殊出産率は、1975年に2.0人を下回って以来、最低記録を更新し続け、1995年には1.42人にまで落ち込みました。これを出生数で表すと、1973年の209万人が、1993年には119万人と、実に4割以上も減少しているのです。
解決すべき問題は、幾つかあります。しかしここでは、政策によって是正可能な問題として、女性の労働と育児コストの問題について論じたいと思います。
 まずは女性の労働についてであります。出生率の減少を食い止めるためには、幾つかの方策が考えられます。その一つとして、労働市場における女性差別の強化が挙げられます。女性を、否応なしに家庭に組み込むことによって、出生率の増大が期待されます。しかしながらこのような、時代に逆行するような方策がナンセンスであることは言うまでもないでしょう。又、出生数の減少は、労働力の不足につながっています。この不足分を埋めるという経済学的な意味においても、女性労働力の存在はますます重要であります。
しかし現状では、「出生数減少が労働力不足を起こし、労働力を補うために女性の労働が求められ、女性の労働が出生率を低下させる」という悪循環に陥っています。この図式の中で改善可能な、そして改善されるべき点は、「女性の労働が出生率を低下させる」という項であると考えます。つまり、私が主張する「女性が働きやすい社会」の実現とは、出産・育児と仕事を両立しにくい現状の改善を、意味しているのであります。
 改善すべき主な問題点は、次の3点です。まず第1に、出産後の職場復帰の困難が、職場志向の高い女性にとって障害になっていること。第2に、仮にその障害を乗り越え出産したとしても、育児と仕事の両立が難しいこと。第3に、専業・兼業を問わず子供を育てるコストが高くなっていること。この3点です。それでは、それぞれの問題について改善策を論じたいと思います。
まず出産・育児ですが、1991年に育児休業法が制定されました。これにより、出産後満1歳になるまでの間、育児のための休業が男女共に認められるようになりました。これは、画期的な第一歩であります。しかしながら、まだまだ不十分であることも確かです。休業期間が1年に過ぎないと言うこと、又休業を理由にした解雇は禁じられたが、復帰後の不利な扱いについての禁止規定がないことなどであり、これらの改善が今後の課題だと言えましょう。
 さて、育児休業が終わって職場に復帰するためには、託児施設が必要になります。ところが今日、少子化傾向を見越して、託児施設は減らされつつあるのが現状です。しかし、少子化傾向にあるならば、出生数向上のために託児施設を充実させることが必要であります。その形態として、私は、各地方自治体がこれを行うべきであると考えます。他に、女性を雇用する企業に対し、託児室の設置を義務づける方策もありますが、私はこれには賛成できません。コスト意識から子供の環境が劣悪化したり、子供を預けているという負い目が残業を断れなくすること、不況の際には真っ先に解雇される、といったことが予想されるからであります。事実、この制度が存在するアメリカでは、「アメリカの恥部」とまで言われています。以上の理由から、託児施設については企業ではなく、自治体が用意するべきだと考えます。
 続いて、子育てのコスト軽減策です。児童手当は、現在第2子までが月額5000円、第3子以上が1万円、期間は満4歳までとなっていますが、この増額及び期間の延長が考えられます。と同時に、所得税や住民税の扶養控除の改善など、税制面での優遇が強化されるべきです。又、子供の多い家庭の、公共住宅への優先入居や、住宅取得の際の課税減免などによって、住居の負担を減らします。子育ての最大のコストと言っても過言ではないのが、教育費です。この対策としては、國による奨学金の増額や、第2子以降の審査緩和が考えられます。
 さて、出生率対策として大きく分けて3点、育児休業の有給化、託児施設の充実、税制面等での優遇強化を挙げたわけですが、最大の課題は、やはり予算です。これについて私は、国民年金基金からの育児費支給を提案します。これによって、世代を越えた育児負担が実現されるのであります。将来の社会と老後を支える子供、その養育に対する支給には、それを「年金の運用」と捉えても、大なる意義があると言えましょう。更に、育児費支給の実現は、国民年金加入の動機付けの役割を果たし、問題となっている未加入者の減少という、副次効果も期待できるでしょう。
 もちろん、これだけで賄うには自ずと限界があります。財政支出を増やすことも、当然必要となるでしょう。歳出の無駄を省いてこれに充てることは言うまでもありませんが、ある程度の増税は避けられないと思います。

 ただし、今後の社会保障負担のスタイルは、その家庭の子供の数に逆累進する形、つまり、子供の多い家庭ほど少なく、子供の少ない又はいない家庭ほど多く負担するというスタイルに改めてゆくべきだと考えます。いわば、子供を産み育てることに対して、所得の再分配を行うわけであります。なぜなら、ある人が老人となった時、その生活を支えるのは、子供の世代からの税金であり、所得移転だからです。自分の老後を支える世代、これを育てない方を選択した人の社会保障負担が重いことは、受益者負担の原則に照らし公平であると考えます。

 さて、最後に指摘しておきたいのは、こうした改革は中途半端に行っても意味がない、ということです。人々の意識の改革というものは、制度面でのそれ以上にドラスティックな改革なしには行い得ないからであります。予算や組織の問題は、国会で決まりさえすれば、翌年からでも施行できるでしょう。しかし、子供を2人以上産み育てようと言う意識は、たとえ今まで論じてきたような政策を採ったとしても、1年や2年では生まれてこないのです。高齢化問題にしろ、産業構造の問題にしろそれを担う次の世代があってこその代物です。その意味でも、仕事と育児が両立できる「女性の働きやすい社会」をつくる必要を、改めて強調します。
長期的な出生率の低下傾向下にあって、これから求められるのは、子育ては個人的な問題ではなく、社会全体で負担すべき問題だというコンセンサスであることを訴え、私の弁論を終えさせていただきます。ご静聴ありがとうございました。

山澤義徳(やまさわ・よしのり) 大学生

※この原稿は、山澤氏の弁論原稿を再録したものです。


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