このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

公務員は悪者か
〜責任のなすりつけに反論する〜

中島 健

 統一地方選挙の季節が、近づいている。
 今回の統一地方選挙では、地方自治体の財政再建ということが大きな争点の一つになっている。例えば、熱戦が伝えられている東京都知事選挙では、都の借金7兆円の削減方法として、多くの候補者が所有財産の売却や公共事業の縮小、はては知事公邸の売却や都庁のリースといった大胆な提案で選挙報道を賑わわせている。ところで、そうした一連の公約の中で、どの候補者もが大声をあげて強調するのが「都庁職員のリストラ」、つまり地方公務員の削減である。例えば、無所属の柿澤弘治候補は、「人件費1500億円の削減」を掲げており、舛添要一候補は「都職員給与平均20%減」、民主党前副代表の鳩山邦夫候補も「4年間で職員2万人削減」など、とにかく都庁職員に何等かのリストラを施そうとしている訳である。長引く不況の中で、赤字や不良債権を抱えた民間企業が積極的にリストラを敢行し、多くの失業者が発生している中で、報道や世論の論調は雇用が安定している公務員に対して批判的になってきており、「赤字財政の自治体がリストラをしないのはおかしい」といった議論を耳にするようになってきている。都知事選各候補者の公約はそうした世論の動向を踏まえてのことであろうが、それでは果たしてこうした公約は妥当なものなのであろうか。
 近年の公務員を批判する報道の中で奇妙に感じられるのは、中央でも地方でも、あたかも公務員が行政の最終的責任者であるかのような言い方がよくされる点である。なるほど、確かに地方自治法第243条の2は、「職員の賠償責任」という項を設けて、公務員の責任によって生じた損害について当該公務員に賠償を求めることが出来るとしている。しかし、それは「出納長若しくは収入役若しくは出納長若しくは収入役の事務を補助する職員、資金前渡を受けた職員、占有動産を保管している職員又は物品を使用している職員が故意又は重大な過失(現金については、故意又は過失)により、その保管に係る現金・・・を亡失し、又は損傷したとき」であって、都庁舎や臨海副都心開発によって生じた財政赤字までもが公務員の責任になるわけではない。否、それどころか、地方公務員法第27条第2項は、「職員は、この法律に定める事由による場合でなければ、その意に反して、降任され、休職され、又は免職されず、この法律又は条例で定める事由による場合でなければ、その意に反して降給されることがない。」としており、(地方)公務員の身分を一定の範囲で保障している。(地方)公務員が減給されたり解雇されたりするのは分限処分(当該職員が職務遂行能力を欠く場合、職制改正・過員発生の場合。第28条)又は懲戒処分(第29条)の場合のみであって、恣意的な解雇や減給は許されないのである。
 では、一体誰がその責任を負うべきなのであろうか。言うまでも無いことだが、地方行政の最終責任者は、一般職員ではなくて知事と議会であり、更に遡ればその自治体に住む地域住民そのものである。如何に馬鹿げた条例や予算であっても、法令遵守義務と職務命令遵守義務のある(:地方公務員法第32条)公務員はそれを粛々と実行するのであって、彼らとて何も好き好んで財政赤字を増やしたり「ハコモノ行政」に興じている訳ではない。それらは、全て知事・議会が、つまりは住民がハンコを押してきたものばかりであり、そしてそれ故に公務員の手で実施されてきたものである(「公務員が計画を上手く実施しなかったから赤字が出たのだ」という反論が聞こえてきそうだが、仮にそうだとしても、最終的な責任を負うのはそうした「悪い公務員」を排除しなかった政治=住民なのであって、それが政治的責任というものである)。このように、赤字財政の根本的な責任の所在を考える時、財政再建の方途として第一に取られるべきは、スケープゴートとしての公務員の給与カットなどではなく、議員定数の削減や知事・議員報酬の削減、そして増税(住民負担)であることは明らかではないだろうか。そもそも、都庁舎建設や臨海副都心開発にGOサインを出したのは都民が選んだ知事・議員であり、しかもGOサインが出てからも首を挿げ替えるチャンスは数回あったにもかかわらず、都民は赤字計画を賛成多数で承認したのである。「住民主権」とは単に地域住民の意思を地方行政に反映させるというだけでなく、その結果生じた利益や損害も住民に還元されるということであって、不利益だけは自治体職員になすりつけるような住民は、有権者としての資格を多いに疑われるというべきであろう。
 無論、既に述べたように、地方公務員法第28条第1項は、分限処分の根拠について「四 職制若しくは定数の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合」を設けており、何が何でも公務員の「首切り」を禁じている訳ではない。地方公務員法上は、「予算が減りました」ということでバッサバッサとリストラを行うことも可能ではある。また実際上、財政状況が極限状態に達した場合には、公務員のリストラも最後の手段としては考慮に入れるべきであろう。しかし、それはあくまで「最後の手段」であり、責任者による負担、即ち都知事の給与や議員歳費の削減、それに増税がなされてはじめて正当性を持ちうるものであって、財政再建の第一順位にそれを配置するというのはあまりにもご都合主義で無責任な政策であるということが出来よう。
 都知事選の候補者が、現下の経済状況を鑑みて、財政再建を一時的に凍結して減税と福祉水準の向上をはかると主張するのなら、それも一つの政策であろう。しかし、間違っても、都民に責任を負わせるべき財政再建を、減税や福祉向上と同時に行えるかのようなまやかしだけは、公約に掲げないで頂きたいと思う。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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