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豊川市
みちびき不動(2008/08/07)
 豊川インターの近くにあるお寺です。ぼけ封じのお寺として有名です。お寺の名前は養学院というらしい。 その中にある不動像を指すと思われます。お寺の奥にあり、階段を登ると大きな像が経っています。
 ここからの眺めが意外と良い。結構遠くまでみえます。
 他にはこのような像がたくさんあります。安らぎ地蔵という比較的新しくかわいらしいものもあれば、古いものもあるといったようすです。 山門を改修工事中でした。駐車場はかなり広いので止まれないことはなさそうです。
サミゾチカラコレクション(2008/08/07)
 みちびき不動の近くにある琺瑯看板の博物館です。琺瑯看板をコレクションで集めそれを展示しているという、全国的にも珍しい施設です。 地元の人にもあまり知られていないようですが、叢などで結構掲載されているので徐々に知名度が上がっている様子です。こちらは別館で、隣が本館です。入場無料というなかなかのサービスっぷりです。 懐かしい看板が多いですね。
ギャラリー花棕櫚(2008/08/07)
 古い民家?を利用した展示スペースです。個展なんかを開くのに使われるようです。 残念ながら夏場は休業しているようです。
進雄神社の花火(2008/07/18)
 豊川稲荷の近くにある神社です。大きな神社ではないですが、ここの綱火が有名のようです。 日程で行くことが出来なかったので、手筒花火のみとしました。手筒といっても半斤なのでそんなに大きくないしハネもそこまでではないです。 やはり大きいものを見なければ。東三河では春〜秋にかけて色々なところで手筒花火が上がるので、どこかでまたみれますね。
西明寺(2008/07/18)
 豊川市の国府駅近くにあるお寺です。徳川家康から西の一文字をもらったとのこと。力寿姫の冥福を祈って建設されたと言われています。 お寺の周りは白壁の塀で囲まれ、隣には幼稚園があります。駐車場は巨大です。
門の横の塀を良くみると葵紋がついています。徳川家とかかわりが深かったことが伺えます。門の左の木はモッコクといいます。
 このモッコクの木は樹齢400年ほどといわれ、樹高15mあり、市指定天然記念物となっています。
 モッコクは比較的温暖な地域に生息し、日本では庭木や木工目的に植えられていることが多い。6m前後ぐらいになるのが一般的と言われている。  こんなに大きく成長することは稀だということです。
 内部に入ってすぐ左にベルツ博士供養塔があります。
 ベルツ博士とは日本に医学を教えに来た人物の一人で日本人女性と結婚しました。その日本人女性は豊川の御油の人物である。  ベルツ博士帰国時にドイツに渡り、博士の死後日本に帰ってきて供養塔を建てたといわれています。
 供養塔のとなりには墓標があります。
 この菩提樹は昭和45年のベルツ博士の顕彰句碑の除幕式のときにベルツ博士の孫と博士の生誕地の市長が訪れて植えた記念樹です。
 また、西明寺の裏手には大きな日本庭園があり、見ることができます。この日は誰もいませんでしたが優雅に見ることができました。池の鯉はなかなか食いしん坊です。
砥鹿神社(2008/05/18)
 三河国の一宮として有名な神社です。そこの里宮です。ここは700年前後あたりに建設されたといわれています。 結婚式や、車のお払いでも有名で、本日も結婚式をやっていました。車のお払いもやっていて、ご覧の通り車が並んでいます。
 神社の南側には高さ45mのケヤキがあります。かなり巨大です。神社からでは一部しか見ることができません。南側に行けばよくわかります。
 東三河の車でこのシールを貼ってる車は多い。
 神社にあるさざれ石。巨大です。
豊川市歴史民俗資料館(2008/05/18)
 旧一宮町の資料館です。この地域の古墳などから出土したものなどを展示しています。 入場料は無料です。駐車場もあり、役場に停めても問題なさそう。場所は役場横というより、ガソリンスタンドの横です。国道151沿いですがあまり目立たないです。
 展示は土器がメインです。触れるものもあります。これは県指定文化財の鳥鈕蓋付台付壺です。 炭焼古墳から出土したものだそうです。
 こちらは海獣葡萄鏡です。こちらも県指定文化財です。他には昔の住居を再現していたりなどしています。
炭焼古墳群(4号)(2008/05/18)
 市内の古墳群のひとつです。40基の古墳が確認されましたが、今は5基しか残っていません。そのうちの一つです。 畑の真ん中にある古墳で石室が比較的良好に残されているのもです。ご覧の通り石室が残されています。
 遠くからみるとこんな感じ。ただの石山といった感じです。場所は東上炭焼平の交差点(信号機は少しずれていますが)を南下すると看板が出ています。 金田バラ園の横です。駐車場はないのでここで路駐です。江島の駅からも何とか歩いていけるかな、って距離です。県指定史跡となっています。
旗頭山尾根古墳群(2008/05/18)
 「はたがしらおねこふんぐん」と読みます。豊川と新城の市境にある山です。ここには総数40基ほどの古墳が見つかっており、そのうち24基はここに残っています。 入り口辺りは町営墓地ですので墓がたくさんあります。登っていくと参拝用の駐車場があるのでここに停めて歩いて上ります。
 この山は他の山と比べ少し変わっています。大きな木が一切ありません。高原にいるようは錯覚に陥ります。風が吹いていてとても気持ちよいです。 こんな近場でハイキングを満喫できるとは思いませんでした。
 こちらは山の頂上にある24号古墳です。草が多くてわかり難いですが石がたくさん詰まれています。そのすぐ隣は23号古墳。わかり難いですがたくさん密集していました。
 ちなみに山の新城側は採石所になっていて、山がありません。落ちないように注意です。
 頂上からの眺めはとてもよいです。ついつい眺めてしまうくらいです。人気も無いのでとてもゆっくりすることができます。まさに草原。 気をつけなければならないのは、歩いていると知らず知らずのうちに古墳に乗っていることがあります。そう簡単に崩れないので問題はないです。
 ご覧の通り石がたくさん積まれているところがあります。石室部かも知れません。
 入山料などは無料。山登りも特に大変ではないので、近場で軽いハイキングするならとてもオススメできます。
ポピー(2008/05/03)
 三明寺の横の畑を利用し、ポピーが植えられています。色鮮やかな花が咲き、綺麗です。個人でやっているのでそのつもりで。
大根の花 (2008/05/03)
 ジェームス豊川店のすぐ後ろにあります。公園の横にたくさんの大根の花が咲いていました。白い花がとても綺麗です。
 花びらを良く見ると実は少し紫かかっています。綺麗です。
真光寺のヒツツバタゴ (2008/04/19)
 豊川市内のお寺の境内にあるヒトツバタゴです。別名ナンジャモンジャと言われ、この時期白い綺麗な花が咲きます。 とても綺麗です。
 真光寺は豊川稲荷の北西に位置し、ラフーズコアの隣にあります。入り口が大通りに面していないのでわかり難いですが、ラフーズコアの南辺りを探せば見つかります。
 枝によっては結構たくさん咲いているところもあります。もう少しで満開の様子です。
 さらにアップ。とても細い花がたくさん付いていました。
豊川稲荷のヒトツバタゴ (2008/04/27)
 豊川稲荷の寺宝館の横にあります。柵がされて近づけませんが、そろそり白い花が綺麗に咲きそうです。
豊川稲荷の八重桜 (2008/04/19)
 豊川稲荷の中によってみたら八重桜がとても綺麗に咲いていました。数本ありますが、木が大きく存在感たっぷり。 良いですね。
 アップで撮影。色は淡いピンクと、濃いピンクでした。他の桜と比べ、花が大きく派手です。 葉がもう少し少なければとても綺麗に感じると思うのですが、これはまた綺麗なので良し。
豊川稲荷の椿 (2008/04/19)
 寺宝館の裏に咲いている椿です。ほとんど花が落ちてしまっていますが、じゅうたんみたいで綺麗でした。 全く目立たない場所なので、独り占めです。
御津山の桜 (2008/04/05)
 桜の咲く季節にまたこの山に来ました。これは驚きです。この狭い頂上にこれだけの桜が咲いているとは。満開でとてもすごいことになっています。 この日は風が少しあり、花吹雪がとてもすごかったです。山頂への道は狭いので、何度か離合が少し困難でしたが、頂上はとても空いていて思ったより人はいなくてとてもゆっくりすることができました。
 前回も撮影した方向です。豊川市内を遠くに見ることができます。
 展望台からの眺めは最高。桜の海を見ているようです。規模は小さいが、とても満足のいくところでした。
萩のミツバツツジ (2008/04/05)
 萩の冨士神社境内・善住禅寺参道などに群生するコバノミツバツツジを見に行きました。 それなりの広さの敷地にたくさん咲いています。色鮮やかなミツバツツジがこれだけ咲くと、かなり綺麗です。これで5割ほどだと。満開の時は凄そうですね。
 ミツバツツジのトンネルのところはまだ蕾といった感じ。
 駐車場からの眺めです。これでもほんの一部。中に入っていけばもっとたくさん見ることができます。
 駐車料金として¥300。その後は自由に見ることができます。道はわかり難いですが、看板が出ています。看板にしたがっていけばほぼ2車線の道なので心配要りません。
善住禅寺のミツバツツジの老大木 (2008/04/05)
 善住禅寺内にあるミツバツツジです。古い木だということですが、大きさは群生しているものとあまり大差ないです。 花はまだのようです。左の椿は五色椿と思われる。一つの木に何種類かの花が咲いていました。
善住禅寺のヤマモモ (2008/04/05)
 樹齢300年ほどといわれているようです。山桃の大木だそうです。お寺の中では一番大きな木でした。
諏訪川の桜 (2008/04/05)
 佐奈川のお隣にある桜です。佐奈川の合流地点から1キロほど上流まで桜が咲いています。 川は小さく、木の大きさは佐奈川と同程度なので、結構密集しています。五条川を彷彿させますね。個人的には誰もいなくてゆっくりと桜が見ることができるこちらが好みですね。 ウォーキングにはやや不向きなのが残念です。
金沢の山桜 (2008/04/05)
 樹齢300年ほどといわれているようです。幹周りは6mもあり、県下有数の巨木といえます。木の大きさには感動しましたが、花びらが少なかったのが残念です。 満開の時に見てみたいですね。
細い道を走らなければならないのが残念です。すぐ横まで車でいけますが、柿畑の中を走るので、車高の低い車にはつらい。 駐車場も3台ほどしか停められず、離合不可の道が多いので注意が必要です。
力寿姫の桜 (2008/04/05)
 樹齢250年ほどといわれているようです。財賀寺に行く途中の道沿いにあるので簡単に見つけることができます。 道に車を停めて撮影してみると結構な大きさです。すぐ根元に行くことができ力寿姫の碑を見ることができます。立て札もなにか書いてありますが、汚くて読めないです。
さんぽ道 (2008/03/23)
 ぬくもり工房と同じデザイナーの建物です。豊川の畑の中にこのようなオシャレな喫茶店があります。 蜂蜜が専門のようです。少し変わったところにあるにもかかわらず、かなり混雑していました。こんな建物の中でお茶ができるなんて良いです。2階でも飲むことができます。
 周りは芝生で覆われていてとても気持ちよいです。時期が合えば緑の芝生広場を眺めながらゆっくりできます。この時期は芝生はまだ黄色。 建物の裏には菜の花畑が広がっていました。
 物置小屋もオシャレです。日本じゃないみたいです。
桜ヶ丘ミュージアム (2008/03/23)
 道を間違えてここの横を通ったときに桜が満開でしたので条件反射で入ってしまいました。ここは少し早咲きのようです。 桜トンネルや佐奈川の前に見ることができます。あまり知られていないのか人はあまり居ませんでした。意外と大きな桜の木が多いです。
 花をアップ。少し小ぶりな花です。先取りで花見ができるなんて幸せですね。
花井寺 (2008/03/23)
 豊川市内で国道151を走っていると高台に桜がポツンと咲いていたので、それに向かってしまいました。とても静かなところにありました。 門の横にはこのように桜が咲いていました。種類はわかりませんが早咲きみたいです。
 門の横の椿です。結構大きな木です。いっぱい花が咲いていました。
法住寺 (2008/03/01)
 旧御津町にあるお寺です。国指定重要文化財である千手観音菩薩(藤原末期の作品)があります。毎月17日に見ることができるとのことです。 本日は人気は全く無かったです。駐車場はそれなりにありますが、道がやや複雑で狭い。もう少し案内板がしっかりあるとよいですね。ナビがある人は問題ないですけどね。
 もともと足利義澄が創建したと言われています。昔はあまり大きなお寺ではなかったようですが、廃仏毀釈の時に伊勢の国の上善寺にあった千手観音菩薩を泉藤左衛門が譲り受けたようです。
大恩寺 (2008/03/01)
 御津山のふもとにあるお寺で建物は結構大きいです。下からはこのように山門を見ることができます。この山門は県指定重要文化財に指定されています。 徳川ゆかりのお寺であり、牛久保の牧野家の菩提寺です。
 本堂です。ここには他に国指定重要文化財として絹本著色王宮曼茶羅図があります。他にも色々な文化財があるようですが、現在は寺宝館は閉鎖しており見ることができませんでした。某国人が強盗をしたことと関係がありそうです。 またここには国指定重要文化財である念仏堂がありましたが平成6年8月にロケット花火が屋根に引火し焼失したようです。残念ですね。
御津山 (2008/03/01)
 標高94mの山で別名「大恩寺山」。山へは2箇所道がありどちらからでも比較的楽に山頂にたどり着くことができます。 山頂からの景色はとても良く、ほぼ360°を見渡すことができます。また、園内には約150本の桜が咲いています。
 豊川市内を眺めてみました。展望台がありそこに登るとさらに良く見えます。
 公園内にこのような丸いコンクリートの床を発見。もともと高射砲があり戦争の時にしようされていました。 他にも防空壕跡などもあります。
 他の戦争時代のものと思われるもの。何に使われたかは不明です。
穴観音古墳 (2008/03/01)
 御津高校の北側にある古墳です。穴観音古墳として有名なものは大分にありますが、穴観音古墳自体珍しいものだそうです。 6〜7世紀ごろに作られたといわれ、直径は20m、高さは5m程あるそうです。内部は真っ暗で何も見えませんでした。
最近になって周辺整備されたようですが駐車場は無く車で古墳まで行くと方向転換できない行き止まり(小さい車なら何とか方向転換できます)。 特に案内もないので、事前の準備は必要です。もう少し整備が必要と思われます。
観音寺の大楠 (2008/03/01)
 観音寺にある大楠です。1569年に落雷により木が焼けたときに中から白蛇が出現したとの伝説があります。幹周りは855cmほどもあるようです。
青銅造弥勒仏頭 (2008/02/16)
 豊川市内を走っていると南大通にこのようなものがありました。文化財って書いてあるけどナンだろう?と少し疑問でした。 少し調べると正体は善光庵にある仏の首だけの像のことだそうです。写真には「弥勒菩薩佛頭」て書いてありますが登録されている名称は「青銅造弥勒仏頭」だったので探すのに少し時間かかりました。 機会があれば詳細を追ってみたいと思います。
羽衣の松 (2008/02/10)
 国道151に看板があったので見てきました。場所は香月堂の道を南下し柑子橋を越えたすぐ右手にあります。気にしていなければ通り過ぎてしまいます。
 伝説によると天女が松に羽衣をかけ豊川で水浴びしていると若者が羽衣を持って帰ってしまった。返してほしいために結婚し、そして子供が生まれました。その後若者が留守の間に羽衣を発見し帰ってしまったそうです。 そのときに子供に形見として病気の治る実と人形を置いていった、という伝説があるそうです。人形は今でもあるそうです。
 この松はその松の3代目だということです。
豊川稲荷 (2008/01/27)
 豊川といえば豊川稲荷と言われるくらい全国的に知られる日本三大稲荷の一つです。 織田信長や豊臣秀吉、徳川家康、大岡越前、渡辺崋山も深く関係のあったというようです。
 正月騒動も落ち着いてきたので行ってみたのですがまだまだ混雑している状態でした。こちらは本堂です。結構巨大な建物ですね。
 豊川稲荷の奥にはこの様に狐の像がたくさん祭ってあるところがありました。結構不気味な感じですね。
 じつは豊川稲荷は妙厳寺という寺院です。なんか不思議ですね。商売繁盛で有名なので是非御参りしなければね。
 寺宝館です。こちらもかなり巨大な建物です。内部は仏像などの展示がされていました。 そのなかでも興味引かれたものとして大岡越前が愛用した碁盤やすごろくなどが展示していました。そんなものまで置いてあるなんて少し面白いですね。
 寺宝館は¥400です。なぜここだけ?って感じはしました。
宮地山 (2007/11/25)
 紅葉の名所で知られる宮地山です。山登りも盛んでシーズンになると結構人がいます。今日は夕方に北にもかかわらず結構な人間がいて驚きました。 薄暗くなったので綺麗なところが表現できませんね。
御油の松並木資料館 (2007/11/11)
 東海道宿場町の御油にある資料館です。御油の街中にありますが、いまいちわかり難い場所だったりします。 入り口には大きな切り株が置いてあります。駐車場は横幅が狭い。ここに車での道もやや狭いので注意です(20m程の距離だけですが)。
 切り株の横には三河黒松がおいてありました。幹が亀の甲のような模様になるのが特徴だそうです。
 内部はそんなに大きくないですが、展示物が置いてあります。江戸時代に書かれた絵などが多数展示されています。 なかなか見所あります。なぜか山本勘助と、その母の絵なんかもありましたね。内部は結構綺麗な状態です。
 入場料は無料です。入り口で記帳するのみなので特に問題ないでしょう。
桜ヶ丘ミュージアム (2007/11/11)
 豊川市内にあるほぼ無料施設です。市民の展示物などがあります。いろいろと所蔵しているものが多いようで、いろいろとイベントを行っています。 本日は砥鹿神社のものが展示されていました。
 三明寺の昔の絵葉書です。三重塔が解体修理前なので、今にも朽ちそうな雰囲気ですね。
 基本的には無料で利用できるようですが、館内はほとんど撮影禁止となっています。残念です。
 桜ヶ丘ミュージアムの隣には心々庵という茶室があります。なかなか雰囲気良さそうな建物ですね。
牧野成定公廟 (2007/11/10)
 牧野古白の孫にあたり、2代目牛久保城主。今川家よりも徳川と関わりをもち、吉田城を攻め落とし、家康の東三河支配に貢献した人物です。 そのお墓に当たります。比較的大きな通りに面しているわりには目立たない様子です。まぁ、派手派手でないほうが良いのですがね。
財賀寺 (2007/09/26)
 724年に創立されたと言われる寺です。813年に空海が中興したと言われています。 その後も源頼朝が平安時代に祈願し、征夷大将軍となったときに本堂を再建したり、牧野古白氏をはじめ今川家や徳川家が関与したという歴史のあるお寺ということです。 ここは入り口にある仁王門です。平成2年に国の重要文化財に指定されましたが、損傷が激しく近年修復されたようです。森の中に急にこんな立派な門が来る姿は圧巻です。
 門に浮かび上がっているのが木造金剛力士像です。こちらも重要文化財に指定されています。なんとライトアップされるという豪華ぶり。 これは恐ろしいですね。この金剛力士像は東大寺に次ぐ大きさのようです。
 ちなみに3分で¥100です。誰かが入れれば一緒に見ることができます。
 右の阿形は高さ381cmです。
 左の吽形は高さ375cmです。
 アップにするとこんな感じです。かなり間近で見ることができます。
 財賀寺へは結構細い道を進みます。一応看板はしっかりとあるのでそれのとおりに進めば迷うことはなさそうです。駐車場もしっかりとあるので特に苦労はなさそうです。  バスもありますが、車で行くのが良いと思います。
山本勘助の墓 (2007/09/16)
 大河ドラマで話題の山本勘助のお墓です。豊川市の長谷寺にあります。
 豊橋市賀茂町で生まれ(静岡県富士の宮市と言う説もあり、どちらかは定かではないが、静岡の方が有力とされている)、三河国牛窪城主牧野氏の家臣大林勘左衛門の養子に入っている(今の牛久保のあたり)。  武田信玄の軍師として名高く、1561年に川中島の戦いで討死後、牛久保で勘助と親交の深かった長谷寺(ちょうこくじ)の念宗(ねんしゅう)和尚が遺髪を埋めて建設したと言われています。
 こんなに近くに話題の人物縁のもとがあるとは驚きです。
 また、山本勘助は実在したかについては、以前は不明であったが、大河ドラマの影響で、武田に属していた家系の人物の持つ書状に山本勘助(菅助)の名があり、その存在が確認されたようです。
 山本勘助が持っていたとされる摩利支天像です。実物は本当に小さいです。ポケットに入るくらい。お守りですからそんなもんですね。中は暗いのでフラッシュたかないと撮影できない。 でもフラッシュするとガラスに反射してしまう。三脚立てて、夜モードで撮影するのが正解かね。中は自由に見ることができるので良いですね。駐車場も5台ほど止まれ、休日でもそんなに込んでいないです。
 山勘は山本勘助の名前に由来するという説もあります。
今川義元公墓所 (2007/09/16)
 桶狭間の戦いで敗れた今川義元のお墓です。首を取られた義元の胴体を家来が駿府まで背負って帰るが、腐敗が思いのほか早く、ここ大聖寺に埋葬したと言われています。 他にも桶狭間にお墓がありますが、首級は義元家来の度重なる懇願により信長から駿府に返されたといわれています。
 今川義元は、桶狭間で少数の織田信長に敗れたということで、信長の引き立て役になっていますが、実際は戦国初期はとても大きな優れた大名で、海道一の弓取り、といわれるほどでした。  太原雪斎という人物がいて、これがとても優れた軍師であり、彼によって今川家はとても強い戦国武将であったようです。彼の死後、太って馬にも乗れない体形になり、京都の文化にかぶれ化粧していたと言われます。その後京都への上洛を開始します。  織田家の砦も次々と突破し、上洛は果たすであろうといわれていたが、桶狭間で休憩中に信長に奇襲され、その生涯を閉じることとなったのです。
 大原雪斎が生きていれば、このような悲劇は起こらなかったと言われています。元今川家の山本勘助は、今川家は大原雪斎に頼りすぎで、彼がいなくなれば滅ぶといわれていたようです。こんなところでも山本勘助がかかわってくるなんて面白いですね。
一色刑部の墓 (2007/09/16)
 大聖寺内にあります。今川義元公墓所のすぐ隣にあります。一色町出といわれ、室町時代から足利家の一門で三河の守護となっていたようです。 永享の乱の時に鎌倉から逃れ、三河国中条郷長山に一色城を築いた人物といわれています。1477年に家臣の波田野全慶に殺害され、この地に埋められたそうです。
 また波田野全慶は16年後に牧野古伯に討たれることとなります。そして牧野氏は一色城の城主となります。その後古伯は豊橋へ出て吉田城を築き、その次男の成勝が一色城の跡を継ぎ、名前を牛窪城とします。  また山本勘助はこの牧野氏の家臣の養子となっています。
 駐車場は敷地内に数台止まれます。ここからは、景色がなかなか良く、田んぼなどを眺めることができます。道はとても細いです。軽自動車サイズですが、がんばればクラウンクラスでも入ることはできます(クラウンが止まっていたので多分大丈夫)。
旧牛久保郵便局 (2007/09/16)
 牛久保の八幡神社の近くにありました。とても古い建物のようです。その横には新しい郵便局がありました。。  
三明寺 (2007/09/16)
 豊川駅の南側にあるお寺です。豊川弁天の名前で親しまれている曹洞宗の寺院です。 中にはこのように三重塔があります。702年くらいの頃、文武天皇によって建設されたとされます。その後戦火のため一度消失し廃寺となっていましたが、後醍醐天皇の皇子無文元遷が立ち寄り再興させたと言われています。 三重塔は1531年建設されたとされ、杮葺(こけらぶき)の屋根で1.2階は和式の屋根で3階が唐式の屋根である、とても珍しい建物です。高さは14.5mあり、国の重要文化財に指定されています。昭和26年に解体修理されていて、そのときに柱などから墨書があり、とても古いものであったことがわかったようです。 周りの木も大きいため、近くに来ないと全くわかりませんが、近くで見るととても変わっています。
 本堂です。少し前までは瓦が一部崩壊していたりと老朽化が見られましたが、修復されています。中には国の重要文化財に指定されている宮殿が安置されています。
 どうでもよいが、ここのお寺はいわゆる川原のようなところにあり、川の氾濫で流されなかったのか不思議である。このあたりは川の氾濫が多く、霞堤にすることで被害を少なくしていた地域だけに、霞堤のできる前はどうしていたのか不思議である。  霞堤のおかげで土地が肥えているのは救いだけど。
 本堂の右奥にある建物。七福神関係のものであるようです。以前はここに行く道にはお地蔵さんが沢山並んでいたようですが、現在はありません。その代わり火消しバケツが沢山並んでいます。
 左の看板に国宝と書かれていますが、国指定重要文化財です。
 駐車場は寺の前や横にありますので特に問題は無いでと思われます。
佐奈川 (2007/09/16)
 豊川市を流れる川で、春は桜並木がとても綺麗です。川自体は水質はとても綺麗というわけではないのですが、川に白い花が咲いています。 少し前に見に行った醒ヶ井の梅花藻にとても似ています。ただし梅花藻は清流にしか存在せず、とても佐奈川にあるとは思えません。
 この写真は豊川中部小学校近くの佐奈川の写真です。川に白い花が咲くと綺麗ですね。
 よく見ると花びらの数が違います。梅花藻は5枚ですがこの花には3枚しかありません。そうです、この藻はオオカナダモといわれるものです。よく水槽とかに入れられる水生植物で、比較的汚い川でも生きることができるものです。日本には雄株しかいないが、成長のみで日本全国に広がった植物です。
 こちらはサティの近くです。このあたりはとても咲いています。川の感じはあまり綺麗ではないのですが、オオカナダモの花も綺麗といえます。 もう少し周囲がよければ、とても絵になるのにと思いました。
 佐奈川には他にも沢山の花が植えられています。近くの小学校などが植えたコスモスです。綺麗に咲くとよいですね。でも大雨とか降って増水すると流されてしまいそうです。
 土手にはこのような小さい花の咲く植物もありました。花壇があればとても綺麗に見えるのにと少し残念です。
自衛隊豊川駐屯所 (2007/09/16)
 豊川には自衛隊駐屯所があり、自衛隊の車はよく見かけます。たまに砲台が免許センター北の広場に出てきます。砲身がこちらを向くと怖いです。 さて、この自衛隊駐屯所の道沿いに古い建物があります。よく見ると壁に無数の穴が空いています。ここは昔豊川海軍工廠でありそのときに襲撃されたときの銃撃の跡ではないかと推測されます。
日本車両 (2007/09/16)
 豊川市総合体育館の北側にある豊川が日本に誇る日本車両の工場です。入り口は休日のため堅く閉ざされていましたが、少しは覗けます。 入り口にはこのように蒸気機関車が置いてありかなり驚きます。
 大正11年に日本車両として始めて国有鉄道(当時鉄道省)に納入されたものだそうです。それ以前にも私鉄や、建設用なので納入はありましたが、58623号が旅客用としてはじめて使われた鉄道省の蒸気機関車だそうです(8620系?汽車でハチロクといえばコイツだ)。  その後四国に投入され、昭和45年まで小松島機関で働くこととなったようです。現在は日本車両の門にありますが、保存状態は良好のようです。  
 門の反対側には日本初の懸垂式モノレールがあります。昭和32年に登場し上野動物園の300mをつなぐミニサイズだったようです。懸垂式なので天井を軸にゆれるためやや独特の揺れであまり喜ばれないようですね。
 そういえばモノレールってあまり見かけませんよね。日本は少ない印象もあるようですが、それは間違いです。モノレールには大きく跨座式(こざしき)と懸垂式の2種類がありますが、どちらのモノレールも営業距離世界最長が日本の会社で(大阪モノレールと千葉都市モノレール)ギネスブックにも載っています。  そうやって見れば日本はモノレールが盛んなのでしょうかね。モノレールは地下鉄ほど建設費がかからず、比較的狭く急な曲がりも可能なため都市部に向いているといわれています。天候による影響は普通の鉄道とそんなに差がないようです。しかし、欠点は故障で止まったときに、外に逃げることができないことでしょうか。  社内待機で助けを待つのみというのがだめなのだろうか。他には景観を壊すとかかなぁ。  
 他には初代新幹線や古い電車が置いてあります。ぜひ中を見たいものですね。初代新幹線は現役引退してしまいましたが、とてもかわいらしい顔がよいですね。もっと間近で見たいです。
 ところで新幹線の定義は、主たる区間を200キロメートル毎時以上の速度で走行できる幹線鉄道、ということらしいです。今はそれを大きく越えた速度で走りますね。  
三河国分尼寺 (2007/08/11)
 741年、聖武天皇の詔勅により建立された寺院といわれています。いわゆる尼さんのお寺です。 200年ほど使われましたが、その後は国の乱れなど(武士社会になったりと、日本の政治がよく変わったため、管理ができなくなったものと考えられています)で廃寺となってしまったようです。。 すぐ隣の国分寺よりも規模は小さかったのですが、発掘の結果、回廊などが良くわかり、保存することとなりました。 これは復元された中門です。当時のものを再現したようですが、安全性を考え、耐震構造であったりするようです。
 金堂跡。唐招提寺の金堂に匹敵する規模であったといわれています。周りの石は柱の礎となったものですが、昔のものを再利用してあるところも一部あります。 当時は石は大変貴重であったため、廃寺となったここから、もってかれることが多く、ほとんど残ってない状態のようです。
 廊下の跡地です。ここまで残っていたのは珍しかったようです。ちなみに、ここの公園は史跡を守るために、公園となりました。 史跡の上に60cmほど土に埋め、その上に公園を作ったようです。おかげで歴史的な史跡が守られるということです。
 もともとはここの跡地の上に立っていたお寺のようです。廃寺になり、長く経過してしまったため、跡がわからず、新たにお寺を建設したようです。 しかし史跡が見つかり、発掘調査が必要となり、建物を丸ごと横にずらしてしまったみたいです。
 公園の横にある三河天秤の里資料館という建物です。国分尼寺などから出土するものを展示しています。 昔の鬼瓦です。新しいものよりも顔が怖くないのが特徴です。
 羊の置物です。もともとシルクロードから来たものを参考に作られたものと言われています。。
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 青銅の水煙片も見つかっているようです。過去に50mクラスの五重塔が立っていたとも言われています。>
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三河国分寺 (2007/08/11)
 奈良時代に東大寺を総本山とする国分寺が建設され、三河ではここに立てられることになりました。 ただし、国のものであったため、政治的な絡みがあると破壊されたりしたようです。現在の建物は西明寺の和尚が後に立てたものと言われています。
 寺内にある銅鐘です。弁慶の引きずり鐘伝説もあるようです。国の重要文化財に指定されています。
 ここには七重の塔があったといわれています。その礎の石が置いてあります。竹やぶの中にあるのでなかなか目立ちません。 このあたりはまだ発掘すると出て来るかも知れませんね。
八幡宮 (2007/08/11)
 国分寺より西に100m程歩くとあります。中は以外と広い神社で7世紀ごろからあると言われています。
 入り口入ってすぐ右手に見える木です。幹周りがとても太い木です。なんて木でしょうかね。
 中にはこんな石が置いてありました。さざれ石とかいてあります。 隣にもなにか置きそうなスペースがあるのですが、特になにもない様子。
 社務所と言われる建物。この日は工事中なのか、沢山の作業服着た人がいました。
 拝殿。最近修復工事を行ったみたいです。とても綺麗な建物でした。
 拝殿の裏には檜皮葺きの本殿がありました。室町時代の様子をあらわす建物として、国の重要文化財です。
 弓道場のようです。それにしても広かったです。
船山古墳 (2007/08/11)
 見た目はただの森ですが、古墳です。東三河では最大級の大きさの前方後円墳で、全長94mもあったそうです 。 現在は後円部は半分ほど無くなり豊川信用金庫などがあります。ここの駐車場には埴輪棺の模型があるようです。
白鳥総社(三河総社) (2007/08/11)
 奈良時代に国司は,赴任したら国内のすべての神社に参拝し、その後も毎月参拝する習わしがあった。 広い国内に分散する神社をすべて参拝するのはとても大変であり、,国内の神社を一つにしたものです。そのためこの総社(そうじゃ)は三河国58の神社が祀られている。 ただし三河一宮にあたる砥鹿神社(とがじんじゃ)は含まれていない。 また、この総社付近から巨大柱列の後や基壇などが発見されており,おそらく三河の国衙(こくが)跡ではといわれている 。
 また神社内にはこんなに大きな御神木もありました。
 境内内はあまり大きくはないが自由に見ることができます。駐車場は横に数台止まれる程度。
国庁跡(曹源寺) (2007/08/11)
 8〜10世紀頃にあったことが発掘調査で確認されています。豊川では国分寺、国分尼寺と並ぶものだったようです。当時はこのあたりがとても栄えていたようです。 国の建物であったため、政治的な絡みで破壊されてしまったり、荒れ果ててしまったと思われます。 現在はその跡地に曹源寺が立っていますが、写真の如く朽ち果てそうな雰囲気が漂っています。数年前にあった門はすでになくなっていました。
 道はとても細い道を走ります。軽自動車でないとつらいかもです。もちろん駐車場はありません。姫街道沿いのローソンに止めて歩くのが良いかと思います。
香月堂アウトレット (2007/08/11)
 豊川が日本に誇る製菓屋。日本中のコンビニにおいてあります。そこで商品にならない御菓子を売っています。 もちろん傷があったり、形が崩れた程度といったものなので味は全く問題ないです。捨てるのはもったいないですからね。
 ちなみにこれだけあって¥400です(お茶は除く)。
牛久保のナギ  (2007/08/11)
 飯田線沿いにある熊野神社内にあります。周りは竹林で囲まれてあまり目立たないようです。 ナギの木は亜熱帯に自生しているもので、豊川市のように北ではあまり大きい木になることは珍しいのですが、この木は大きく成長しているようで、国指定天然記念物となっています。 葉は並行脈があるためとてもちぎり難く、弁慶泣かせと呼ばれています。
樹高は20m程で樹齢は400年程といわれています。
 熊野神社内は橋がいくつもあったり階段があったりと、神社にしては地形が立体構造をしているようです。
 周りは道が細く路上駐車は無理です。神社の南の方にある家具の宝島、マツヤデンキの駐車場に止めさせてもらうのが良いでしょう。そこから徒歩1分くらいです。
玉林寺の楠  (2007/08/11)
 豊川市の東に位置します。比較的インターから近いです。周りに大きな建物も無いため良く目立ちます。
 樹高20m位で、樹齢600年ほどといわれています。市指定天然記念物となっています。回りに駐車場がないのが難点か。道は細く路上駐車もしにくいですね。  豊川3楠です。
佐奈川 (2007/04/08)
 豊川市を流れる川の周りには桜が植えてあります。花見の季節には川沿いは桜で覆われ、とても気持ちいいです。 川沿いに桜がたくさんあるところは日本全国ありますが、ここの特徴としては川の土手には菜の花が咲くためピンクと黄色のコントラストがとてもよいです。 適当に車を止めて見に行け、サティの近く出なければ人が込むことは無いので、ゆったり散歩するのにはちょうど良いのかもしれません。
 佐奈川は水無し川として存在し、名前の由来は七輪の「サナ」から来ているようです。灰が水を落としてしまうことからきているよう様から佐奈川と名づけられました。
桜トンネル (2007/04/08)
 豊川市役所の近くです。この時期になると桜でできたトンネルが誕生します。よく漫画に出てくる入学式の桜のようです。 周りには売店なんかも出ているのでお花見客で賑わっています。大きい駐車場は日本車両側の道沿いにあるので困ることは無いでしょう。
御油の松並木 (2006/10/16)
 東海道の宿場として栄えたところです。今でも古い町並みは少しだけだが残り、街中は道が狭いため譲り合いをしなければならないところもあります。 街道沿いにはイチビキがあったりします。御油から赤坂に向かう途中にあるのが松並木です。昔はもっと長かったようですが、現在は600メートルほどだそうです。車だと一瞬で通り過ぎてしまいます。 ここでは道幅はそこそこあり、車を止めるスペースみたいなところもあるのでゆっくりと堪能できます。この中を走るのは結構雰囲気が出ていてきもちよいです。
赤塚山公園 (2006/10/16)
 赤塚山公園内にある、アニアニまある、という小さい動物園です。中は無料で、牛や鳥、フェレットや犬などがいます。ポニーも近くで見ることができます。 となりのぎょぎょランドとともに無料であり、夏は噴水で遊べるなど子供連れにはとてもよい遊び場になっているようです。

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