このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 緯度の高いサンクトペテルブルクは午後10時半を回っても明るく空は青い。街には大勢の人々が繰り出していてモスクワ行きの列車が出発するグラブニィ駅の前にも沢山の車と人の山である。
 構内のコンコースに入ると足元はちょっと暗いが高い天井の周りや柱には芸術的なレリーフが施されている。まったく古代ギリシャ風であるが良く見ると描かれている主題は社会主義国家を目指す人民の姿だった。それがスポット・ライトで照らし出されていて、そこは真柄に[人民の殿堂]といった処だ。
午後10時の市民達グラブニィ駅前の混雑駅の構内
 コンコースからホームに出る時、頭上のデジタル時計は23時11分を示していた。そして空はまだ明るかったのだ。私の乗車するエクスプレス号はホームの右側で、左側には5分前に出発する同じモスクワ行きのクラスナヤ・ストレラ(赤い矢)号が並んでいた。どちらも1・2等寝台車で編成された寝台特急列車で、赤色と言うより鉄さび色のホデーが2本走っていた。
 23時55分、やっと薄暗くなった郊外にクラスナヤ・ストレラ号が出発していった。エクスプレス号は信号待ちで少し遅れて先発車の後を追った。ロシアの鉄道は他のヨーロッパ諸国と異なって広軌1520ミリでレール幅は85ミリも広い。これは建設当時、軍事上の理由から列車による進攻を防ぐ為に設置されたが、現在ではこの事が他国との相互乗り入れに苦心している。しかし私の寝台車は静かで快適だった。車掌が検札にやって来て上段のベッドは使用しないようにと注意していった。ロシアではたとえ使用者が無くてもトランクなどを置くと一人分を徴収されるのだ。
デジタル時計エクスプレス号午前0時の出発
 北国の夜は短いので私はすぐにベッドに横たわった。温かい毛布と車内の為に私は深い眠りの中で昼間に訪れたサンクトペテルブルクを回想していた。200年以上も前、当時ロシアの首都であったこの地に、伊勢からアリューシャンに漂流した大黒屋光太夫が帰国嘆願の為に来ていた。彼がエカテリーナ女帝に謁見した夏の離宮や豪華なピョートル大帝の離宮、エルミタージュ美術館となっている冬の宮殿が頭の中で回転している。そして今日訪れるワシリー寺院を夢に見ていた。
エカテリーナ夏の離宮エルミタージュ美術館ワシリー寺院
 列車の停止する気配で目が醒めると明るくなっていて信号停車だ。暫くすると対向線路を同じ色の寝台特急列車が通過していった。モスクワを出発してきたクラスナヤ・ストレラ号である。すぐに駅構内に入ったエクスプレス号は2分で発車したが、ここは丁度モスクワとの中間ボロゴエ駅であった。右手に大きな湖が見えて10分程走ると朝霧の中である。午前4時だった。再び心地よく眠りに入って次に目覚めたのは6時40分だ。もう窓の外は緑の中を走っていた。
 起床して車内を探索に出かけ、食堂車を見付けてモーニングコーヒーを注文した。食堂内は大変シックに造られている。赤いビロードにフリルの付いたカーテンが窓に縁取られている。白い柄物レースカーテンの窓際には陶器台にガラスの金魚鉢の様なランプが一つずつ並んでいて、ウィーンのレストランに入った様だ。やがて温かいカップにコーヒーが注がれて運ばれて来た。スパスィーバ(ありがとう)と挨拶するとバジャールスタ(どうういたしまして)と返ってくる。ロシアの人達は親切と云うよりも何故か親近感がある。部屋に帰る途中、各車両にあるサモワール(湯沸し)を撮影した。
寝台個室食堂車湯沸し器贅沢な通路
 左手にモスクワの高いオスタンキノ・テレビ塔が見え、間もなくオクティヤブラスカヤ駅に到着した。旧レニングラード駅である。午前8時00分に予定より30分も速い到着だった。先行車も隣りのホームに到着していて乗客はすでに降りていた。この駅もヨーロッパの始発駅によく見る行止りで、ホームのモスクワ寄りでは機関車の運転台から乗務を終えた運転士がタラップを降りるところだった。先発した列車は ЧСT2型でシベリア鉄道でも活躍している電気機関車が牽引、私の列車は ЧС6型電気機関車が連結されていた。ちなみにどちらもチェコスロバキア製でスコダという自動車も製造している機械メーカーの製品である。
 サンクトペテルブルク〜モスクワ間650㌔を丁度8時間で走った事になる。日本の東京〜姫路間に相当し、スマートな寝台特急電車サンライズ号が運転されていてスピードも変らないが、狭軌1067ミリの為に大変よく揺れる。それに比べると食堂車の連結といい、車内の豪華さは一夜の休息には贅沢に造られている。鉄道ファンならずとも乗車の価値は充分に在る。
2001年6月24日
寝台特急の赤い車両終了する運転士行き当り

BGM:ロシア民謡「赤いサラファン」はさんのMIDI作品です       

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