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出来る限りの対応の有無

 

エル・アルコン  2005年 3月 6日

 

 

 宿毛駅での「南風」激突事故は、最高速度に近い速度で突っ込んできたと言う情報もあり、ここまで異様な状況になると、一般論として話し辛いのも事実です。しかし、特異なだけに、ATS の問題など普段気がつかない事象に光を当てることになったことは確かです。

 

●そもそも止められない速度照査

 なぜ特急「南風」はATSで止まらなかったのか。こちらもマスコミ報道だけがソースで恐縮ですが、宿毛駅の場合、速度照査付 ATS(地上子)があるのは絶対停止点の 178m手前からの3箇所になります。この手前16mなど3箇所にも地上子がありますが、確認扱いで通過が可能です。

   高知新聞記事

 この 178m手前の地点でブレーキを掛けたとき、絶対停止点で止まれるスピードはいかほどなのか。運転士が地上子間で再加速するというような極めて異常な事態は別として、 178m地点の地上子にその止まれるスピード以上で到達できること自体に問題があるのです。

 ほかの中間駅であれば、停車、通過や列車種別によって速度が違いますから、列車種別選定装置付きと言った高度な ATSが必要ですが、宿毛は突端式の終着駅ですから、すべての列車を止める、という単純な機構で済みますし、それ以外の機構は必要ありません。実際、 178m手前以降都合3箇所に設置された速度照査付の地上子はその思想です。

 宿毛駅の場合は構内に地上子が設置されてはいましたが、そこに入り得る最高速で来た場合、止められないことが明らかです。さらに手前である程度減速し、構内の地上子を速度超過で通過しても絶対停止が可能にしてなかったわけで、そもそもの保安システムの構築に問題があったといえます。

 

 結局、設計の発想がそもそも間違い、正反対だったのです。

 絶対停止点から手前に遡り、運行する車両の非常制動で停車できる速度に応じた距離に、その速度に設定した速度照査付地上子を設置しなければならないのです。非常制動に関しては、特急であろうとローカルであろうと大差はないはずですから列車種別選定はいりません。そして最高速で走ってくる特急列車に対しては、相応の距離を置いて 120km/hを上限とする(これはなんらかの事情で速度超過していたことを想定)地上子を置き、以下 100km/h、80km/hというように設置するのです。

 これであればよしんば最後の絶対停止点を過走しても、突端の砂利盛りでブロックできる程度の速度になっているわけです。

 

●高度なシステムでなくとも

 この「高度な」ATS を採用している鉄道会社はありますが、一方で駅構内進入時に、停車駅の場合、誤通過防止用に出発信号機を赤にするため、そこで絶対停止が可能な減速を強いられ、スピードが出せないという問題もあるわけですし、何よりもコストが高い。とはいえそこに穴があったら取り返しが付かない部分への対応は、考え得る最高レベルでの厚巻きな対応をすべきです。

 ATS というと一般には ATS-Pや ATCのように速度そのものをコントロール出来るイメージがありますが、実際には所定の場所で止める機能しか持たないひと世代、ふた世代前といっていい保安システムです。しかしながら突端式の終着駅である宿毛駅の場合は「止める」こと以外の機能は要求されませんから、今回の事故に対して無力とは言えないはずです。

 ここまでは既存システムの延長線上で地上子の数と設定を増やすだけで、基本的な機構に変更はないはずです。可能であれば、何らかの事情でノッチを入れっぱなしになるのを防止するために、2箇所連続でこれらの地上子をぶっちぎった場合はノッチオフになるというような車側の対応があれば、ブレーキ故障以外の事象にはまず対応できるはずです。

 

●事故の予見可能性

 今回の事故ですが、夢にも思わなかったというような言い訳は出来ません。

 これに対する対応としては、近年実用化された ATS-Pの他に、私鉄で採用されている速度照査機能付きの ATSが既に、かつ相当以前から存在するわけで、しかもこれは土佐くろしお鉄道が採用したJR(四国)方式のセキュリティホールを意識して作られています。

 そういう意味では、自社の採用した保安装置にはそもそもセキュリティホールがあり、しかも自社路線の構造(突端式終着駅を持ち、しかも高架線であるため万が一の事態に「転落」という要素が加わる)および運用形態(高速で運行する特急列車の存在)を考えたとき、万が一のリスクが高いという認識があったのかどうか。

 セキュリティホールの存在が明らかになっていて、改良バージョンが確立しているにもかかわらず、旧タイプの保安装置の採用が正当化されること自体、他の業界においてはありえないことであり、もしそういう旧タイプを更新せずに事故を起こした場合は、自らその結果を惹起したものとしての責を免れえません。

 

●出来る限りの対応を尽くしていたのか

 今回は高価な新システムを導入せずとも、姑息的対応ではありますが旧タイプのシステムでの速度照査付きの地上子の設置をロジカルに行っていれば対応できた可能性があるわけです。そう考えたとき、類似の状況下にある鉄道会社はまだあるでしょうが、他がどうであれ、今あるベストの手段を追求しなかったどころか、現有での最善すら尽くしていなかったことが、被害を大きくしたとも言えます。

 もちろん ATS-Pのようなベストの対応が、それも全線全区間で取れれば問題なしですが、事業規模など様々な理由でそれが難しいことがあるのは承知しています。

 しかし、それを少しでも欠いていたら事業をすること自体が認められないレベルの基礎的な要件がある一方で、ベストではないが穴が無いという「出来る限りの対応」というものも存在するわけです。せめて突端式の終着駅での過走というような「絶対」が求められる部分くらいは、それを全うして欲しいものです。

 そして今回の事故を見た時、事業者の対応もさることながら、ATS-P や私鉄タイプのような改良型が実用化されているにもかかわらず、ATS-S を、絶対停止信号直下での停止機能を付加したとはいえ、駅間での速度制御機能が無く、基本的にはセキュリティホールの存在が明らかになった今も使い続けることの是非もまた問うていくべきことでしょう。

 今回の異常な事故が鉄道のセキュリティに投げかけたものはあまりにも大きいですが、現状を見つめ直すことで安全レベルを高めることにつながってはじめて、一筋の光明が見えてくると言えましょう。

 

 

 

 

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