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「女性専用車」拡大への懸念

 

エル・アルコン  2005年 4月18日

 

 

●女性専用車の導入と拡大

 2000年に東京の京王電鉄、そして翌年からJR埼京線で始まった女性専用車は、2002年に関西に舞台を移すとともに、大手私鉄各社や大阪、神戸の地下鉄などで導入されるなど関西でもっぱら制度化した観があります。

 東京での導入が平日深夜時間帯ということで、痴漢もさることながら酔客対策という色彩が強かったのに対し、関西では朝夕のラッシュ時での導入と痴漢対策を前面に押し出すとともに、神戸市など一部の事業者では終日全列車での導入というように、痴漢対策の域を超えて女性に対する「サービス」の側面が強くなっているのも特徴です。ただ、これは関西地区の混雑率が朝ラッシュであってもゆとりがあることが可能にしたという側面は否めず、阪急や京阪、阪神での導入は同じ時間帯の他列車に比べて混雑率が低いと目される列車種別への導入であるのも、輸送力に余裕があってこその導入といえます。

 この関東で始まり、関西で「花開いた」女性専用車ですが、警視庁と国土交通省の強い要請もあり、この連休明けから関東の鉄道各社でも本格的に導入されることになりました。導入のスタイルこそ各社まちまちですが、朝ラッシュ時での導入という点では一致しています。関西圏とは違い、ラッシュ時の輸送力は限界に近い首都圏の各路線における導入については重大な懸念を抱かざるを得ないところですが、この点についてはすでに一足早く朝ラッシュ時の導入を果たしたJR埼京線で、導入当初という事情はあるとはいえ、専用車と他の車両の混雑率に格差が生じているようです。

 各社が輸送力を増強したときには、一桁パーセントの前半であっても誇らしげに案内するにもかかわらず、今回の導入では男性乗客にとっては10両編成で 1割、 8両編成だと12.5%の減車という大幅な「輸送力削減」となるわけで、事業者によっては導入する対象となる種別などを限定することで、導入に対する「お上」の圧力への面目を施しながら、正味の輸送力は極力落とさないようにする姿勢が見えるのは唯一の救いとはいえますが、それでもどう影響するのかはやはり不安です。

 

●その実効性は

 2005年 4月 5日付朝日(大阪)夕刊は一面トップで「広がる女性専用車両」「痴漢対策は『関西発』」と題して、関西での導入で効果が出ており、関東でも導入という内容の記事になっています。

 記事自体は、京王電鉄、埼京線での導入が嚆矢になったという実は「関東発」という部分をまったく無視して、「久々に『関西発』のヒットアイデアとなった」というコメントをつけているように、在阪マスコミによく見られる「東京コンプレックス」の記事に過ぎないのですが、そこで目を引くのは導入前後の各社における痴漢等の相談件数の数字です。

 JR西日本では大阪環状線、JR神戸線、京都線、学研都市線、JR東西線でほぼ半減、大阪市交も御堂筋線、谷町線でほぼ半減、神戸市交も半減、阪急は 3割程度、阪神は 1/4の減少となっており、確かに効果は出ているようです。

 ただ、このデータを見て気がつくのは、ピーク時間帯での全列車に導入した線区でようやく半減となっており、効果はあるが撲滅とまでは至っていません。さらに、 6〜10両編成での導入ということですから、編成の10〜16%程度の占有で半減という効果が出るということは、混雑率が平準化されているという前提で(関西圏ではピーク時での混雑率はまあ平準化されていると見てよい)、その時間帯に利用する女性に等しく痴漢の被害を受ける危険性があると仮定すると、そもそも女性が2〜3割強程度しか乗っていないという結論になります。

 逆に、もしそれ以上の女性客がいるとした場合、女性専用車への移行率<痴漢被害の減少率となるわけで、女性専用車の導入だけでは被害の減少を説明することが難しくなります。

 

●混雑の不均衡への懸念

 もともと混雑率が相対的に低いところに、女性専用車を設定してもうまく棲み分けが出来れば、まあ効果はあるのでしょう。しかし、男性側にとって女性専用車の導入により減少した輸送力ではまかないきれないようなケース、つまり、混雑率が高く、男性の受忍の限度を超えてしまうようなケースになると問題です。

 このケースには二通りあり、編成自体が短いなどの理由により、女性乗客の比率と専用車の占有比率が近接、もしくは逆転している場合と、そもそも輸送力が逼迫しており、ちょっとのバランスの狂いも許されないケースがあります。首都圏で懸念されるのはまさに後者なんですが、関西では神戸電鉄が設定されて 2ヶ月足らずで改訂に追い込まれたのは前者の理由とされています。

 神戸電鉄の顛末は有名で 4月17日付の朝日新聞のコラム、天声人語でも取り上げられていますが、その実態は世間で流布されているものとはちょっと違うようです。もちろん導入当初から不均衡が目立ったようで、駅に「女性のお客さまにはなるべく女性専用車をご利用ください」と案内していましたが、改訂時の案内では「出来る限りご利用いただきますよう」とさらに踏み込んでお願いをせざるを得ないほどであることは事実です。ただ、夜間の利用実態を見ると、女性専用車への乗車、特に一般車両よりも早い時間から待つ狙い乗車が目立つわけで、ニーズがあることは確かです。

 さて、神戸電鉄の改訂後の設定時間帯を見ると、実は新開地口では 7時39分に着く特快速(粟生線はそのあとの急行)からとなっており、三田口では 7時46分着の電車からとなっており、決して公式発表で言っている「早朝時間帯の一部列車」ではなく、事実上朝ラッシュ時を除外しているのです。三田口の場合、 3両編成が使われる公園都市線はそもそも設定対象外であり、大阪方面への通勤対応として考えるとキタで 9時ギリギリ、もしくはフレックス採用の職場でない限り使えません。

 谷上、新開地口で考えると、神戸市内への通勤なら使えますが、結局これも男性が多い事業所関係の通勤時間帯(これは 8時台には始業する)には使えないわけで、当時の報道であったように女性が少ないというよりも、朝ラッシュ時に 4両編成の 1両、つまり25%を当てる導入自体が無理だったことにほかならないでしょう。

 そう考えると、編成が短いことで輸送力の逼迫という局面が発生しやすい神戸電鉄であっけなく「破綻」した朝ラッシュ時での導入を振り返ると、首都圏での導入も同じ結末に至る危険性が大きいのですが、一方で一個列車あたりの輸送力は大きく、極限まで詰め込めば「破綻」は回避できるため、相当な苦労を男性乗客に強いることで終わる懸念もあります。

 

●そもそも論に立ち返り

 痴漢対策という意味では、やはり王道は「犯罪の摘発」であり、制服警官の警乗や、場合によっては防犯・監視カメラの設置といった対策による犯罪行為自体の抑止が必要です。これに対して女性専用車の設定というのは、犯罪の摘発には全くつながらないわけで、抑止効果も非常に限定的であり、これを健全な男性乗客の犠牲の下に実行することはやはり問題です。

 特に上記の新聞記事を見ると、相談件数が半減といっても、もともと「痴漢多発電車」の不名誉な称号を得てしまった御堂筋線ですら年間 150件というレベルであり、朝ラッシュ時に限定すると半減して28件で、続いて導入された谷町線も年間で十数件というレベルです。

 もちろん性犯罪の被害というのはメンタル面で他の犯罪とは比較が出来ないものですが、とはいってもそうした犯罪からの保護を名目に全ての男性利用者に犠牲を強いるにはあまりにも均衡を失しているのではないでしょうか。

 このあたりは、2002年に導入された阪急と京阪を対象とした国交省の「女性専用車両 路線拡大モデル調査報告書」に興味深い意見が出ており、阪急を対象としたグループインタビューで、「女性がわざわざ乗りに行くようであれば女性専用車両は必要であるが、端まで歩かなければならないからといって利用されないのであれば、特に必要ではない」という意見が女性から出たとあります。

   国土交通省

 まさに正論であり、受益者である女性からこういう意見が出ていることは傾聴に値します。ましてや、痴漢対策という理由付けを見出すことが極めて難しい終日全列車の設定となると、犯罪救済ではなく単に女性優遇としか見ることが出来ないわけで、性差による差別という人権の根本にかかわる問題でもあり、本当に必要なのか、必要とする人がどれくらいいるのかを正確に見極めたうえで、必要最小限の規模や手段での対応にすべきでしょう。

 

●男性専用車論の危険性

 なお、女性専用車はいわゆる「痴漢冤罪」、つまり勘違いから甚だしいケースでは美人局的な犯罪までを含む誤認逮捕の危険性から男性利用者を救う効果があるとして肯定したり、一歩進めて「男性専用車」の設定を提言する向きがあります。

 しかし、確かにそれは効果があるのでしょうが、性差による「棲み分け」を公共の場で実行することはいかがなものでしょうか。特に男性専用車の設定により、表面上は男女ともに利用できる車両数がイーブンになり目出度し目出度し、と考えがちですが、実はこの考え方は、半世紀近く前のアメリカで否定された「差別思想」と同根ということを指摘せざるを得ません。

 つまり、アメリカの公民権運動の発端となったバス・ボイコット運動、つまり、黒人専用席が設けられたバスの利用の問題に対し、区別すれど平等な扱いであれば差別でない、という南北戦争以降南部諸州を中心に主張されてきた黒人と白人の「分離」は、連邦最高裁により否定されているのです。

 もちろん黒人の扱いは、区別は厳格に行われているのに平等には程遠かったわけですが、それを否定する法理としては実態としての差別というよりも、人種による区別自体の否定にあったことは確かです。

 今回の女性専用車、最近では夜行バスで女性専用便のみ3列シート(一般便は4列シート)になるようなケースも出てくるなど、女性への優遇サービスとしての設定の側面が大きくなっていますが、「公共」交通として、性犯罪に対する緊急避難の範囲を超えて性差による区別、ましてや優遇をすることについては厳に戒めなくてはいけないと考えます。

 そう考えたとき、性差による優遇や処遇格差に対して目を光らせるべき存在のはずの監督官庁が率先して導入を促した今回のケースは、問題とするところが大きいのではないでしょうか。

 

 

 

 

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