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実業と投機の決戦
投稿者名 エル・アルコン 2005年10月4日
10月3日、MACアセットマネジメント(以下「村上ファンド」)は阪神電鉄(以下「電鉄本社」)の発行済株式の38.13%を取得したと関東財務局に届け出ました。
議決権ベースでの保有も1/3を超えたことにより、総会における重要事項の必要議決権数を上回ったことから、事実上電鉄本社の経営権を掌握したと言えます。
村上ファンドによる株式の大量保有は過去にもありましたが、経営権を左右するレベルまで買い進んだことはかつて無く、この問題が重大な局面を迎えたことは確かです。
先般のライブドアによるニッポン放送株の買い占めの場合は、ライブドアによるニッポン放送を通じたフジテレビの経営権掌握が目的にあるわけで、その意味では古典的な企業買収の延長線上でしたが、今回のそれは企業経営を目的としていない、純投資を目的としたファンドが経営権を掌握すると言う事態であり、今後どういう出方をするのかが注目されます。
●強まる懸念
9月27日に提出された大量保有報告書によると、電鉄本社株のほか、9月30日に行使期限を迎える新株引受権付社債(転換社債)、また、上場廃止に伴い同日を株券交換期限とした阪神百貨店株(同株1株につき電鉄本社株1.8株と交換)もあわせて買い付け、TOB規制に抵触しないように大量保有を果たしています。このことから単純な投資ではなく、経営権の掌握を意図していることは明白であり、村上ファンドの言うように「株式価値の向上」というような曖昧な目的ではなく、経営判断で資産の切り売りや内部留保の還元等を実行するというダイレクトな目的意識が根底にあると見ます。
ここに至るまでの約1000億円の投資額に見合う利回りを得るには、最早増配と言うようなフロー収益では無理であり、かつ元本部分に相当する電鉄本社株の売却も、村上ファンドが食べ尽くした後の「ポンカス」状態の電鉄本社を引き取る投資家がいるようには見えません。
そうなると、手持ちの株価がゼロになっても良いくらいの徹底した資産処分(当然残余財産≒ゼロですから株価は無価値で良い)まで視野に入ります。
まず声が上がったのは阪神タイガースの関係者やファンですが、それよりもまがいなりにも大手私鉄の一角である公共交通の運営継続に懸念が出ることに強い懸念を感じます。
●積極展開のリスク
資産処分ではなく、阪神のブランドを担保にした事業展開により収益を上げるという、「紀州鉄道」的な展開を予想する向きもありますが、タイガースブランドがあり、熱狂的なファンが多いように見えるのですが、それも在阪マスコミが演出した「虚像」の面もあるわけで、もともと阪神間という狭いエリアに経営資源を集中させることでしぶとく生き抜いてきた阪神が撃って出ても、成功につながるかは疑問符です。
実際、全国的な知名度とイメージで勝る阪急は不動産業、流通業などに積極的に出ていますが、その結果というと相当厳しいわけで、阪神が二の前を踏む可能性は高いでしょうし、企業体力の差から見ても失敗した時の回復可能性は弱いでしょうから、リスクは高まります。
こうした積極策が最も悪い形で出た例としては、高松琴平電鉄(コトデン)があるわけで、高松瓦町のコトデンそごう(子会社)へ債務保証という形で投資したところ、そごう破綻の影響による保証実行に耐えられず、コトデン本体が破綻しました。
副業の失敗で公共交通機関が破綻するというこのケースは、公共交通機関の維持にあたり、本業の収支や利用状況だけでなく、副業への展開も含めて監督する必要性を明らかにしました。
●公共交通を投機からどう守るか
公共交通がこの手のマネーゲームの手に落ちた場合、利用者が人質に取られたも同然です。
創生期の事例では、事業者が所有する免許や権益が欲しくて買収して、既営業路線を切り捨てたり、スクラップとして売却した方が利益になるからと廃業したような利用者不在のケースもあったようですが、少なくとも基幹となる路線は「国有」だった昔と違い、JR以下総て「民間」である現代では、民間事業者の行動自体をある程度制約しないと「公共交通」としての役割が期待出来ません。
一方で企業の買収や合従連衡が交通事業を営む目的でなされる場合に、その投資活動を規制することは、既存事業者の単なる保護に過ぎず好ましくありません。
そことの兼ね合いで考えると、公共交通を営む企業は、公共交通を営む義務を事実上課すことにして、企業の経営権を取得した所有者はその義務を負うというルールが必要でしょう。
実際、新規参入の場合は、その免許や許認可の取得にあたり、事業を継続出来るかという判断が介在するわけで、特に鉄道のように地域独占が容認されている企業の場合は、放送局のように複数局が存在し、無くても放送局そのものが消えることは無いという存在とは違いますから、常に事業の継続を強く認識した監督が望まれます。
●阪神をどう守るか
では、今そこにある阪神の「危機」ですが、どう守るか。
それは当然現経営陣の保身ではなく、公共交通としての電鉄本社を守ることをメインに考えて見る話です。
さらに利益を吸い取るだけ吸い取って捨てられることも防止しなければいけません。利益の回収を達成されてしまっては、投機により公共交通が混乱させられることに変わりが無いからです。
まず、最も極端なケースとしての「廃業」を防止するための退出規制は現行法で機能出来ます。
さらに経営、というか交通事業運営の内容につき、設備投資からダイヤ編成まであらゆる面での監督を「法文に忠実に丁寧に行う」ことがあります。これは尼崎事故を引き起こしたJR西日本が相当細かく受けていましたが、「新規参入」ゆえ厳格に行うという名目でいけるでしょうし、法令では規定されていない懲罰的対応ではとも見られるJR西日本とのバランスも取れます。
資産の処分に関して、流動化による処分と言う手があるのは確かですが、鉄道資産の流動化に付いては事業継続に重大な懸念が生じる(所有名義が異なり「名板貸し」に当たると言う見方や、流動化商品の償還時期に返済原資を用意出来ない=破綻や、資産処分による償還による事業停止)ことを理由に指し止めてしまうことも出来るでしょう。
内部留保を吸い取られるという部分に関しては、それを「固定資産」に転換してしまうと言うやり方もあります。
子会社経由ですが、難波延伸線工事の施工スピードを上げさせる。また、着手が始まった芦屋−魚崎の連立など大型工事の施工を促す。このあたりは都市計画との絡みもあり、勝手に「止めた」とは言えないでしょう。
また、法による要請として、比較的遅れている各駅のバリアフリー対策を、「新規事業者」として即座に整備するようにさせたり、三宮駅の東口設置を含めた大工事も、消防法遵守と言う名目で強制出来ます。
こうして経営により企業価値が高まるのであれば、それが株主に還元されても問題は無いですし、今後予定していたこれらの事業への準備資金を勝手に吸い上げられることを防ぐことで、投機の思惑を外せます。
●そして一番大切なこと
村上ファンドがなぜ買い進められたか。それは売る人がいたからです。
逆に、投資した資金を回収するに必要なことは、今所有している38.13%の株式を買う人を見つけることです。
逆に言えば、誰も買わなければ村上ファンドは電鉄本社株の処分が出来ません。当たり前の話ですが。
つまり、買い占められた、大変だと狼狽して対抗して買い上がるのは相手の思う壺。そこまで買ったのならお手並み拝見と「電鉄経営」の長期戦で消耗させてしまうのです。
ファンドが一番困るのは投資した資金が利益を産まないこと。電鉄本社に「本業」で金を使わせて利益配当に金を回さない。しかもそれは拒否出来ない監督官庁や法令での要請に基づく、というやり方であれば、いかに事実上の拒否権を握っていたとしてもそれは回避出来ません。
さらに、逃げたくても買い手が付かない事態に追いこめればベストでしょう。
先週の市場では、タイガース優勝を節目に上がった株価が天井を打つと言う見方で空売りを仕掛けていた向きが多かったですが(下がったところで買い戻して利益を確定する)、現物を買い集めていての高騰だったがために、空売りを清算しようにも現物が買えない。そこに借株の金利である逆日歩(異常事態だったため通常料率の10倍。現物受け渡しまでの4日で1株80円...)が圧し掛かり、ようやく買えた現物は大きく逆鞘と、売り手はまさに真綿で首を締められるような地獄を見たわけです。
そう、今度は売りたくても買い手が付かなければ売れません。業績から見た実際の適正価格は低いわけで、キャピタルロスが出ることになります。
過去幾多のファンドマネジャーがその成績を持て囃されましたが、所詮は投資家の資金を預かって運用する存在ですから、利益を出さなければただの人です。
そういうマネーゲームのコマとして日々の足を人質に取るような投機筋に対して決戦を挑む。それが数多の予兆の中でここまでの事態を許した「実業」の努めでしょう。
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