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罪と罰のバランス



エル・アルコン 2005年11月10日





何とも後味の悪い記事です。

東武野田線で、運転士の家族が運転室直後に立っていて、3歳の長男が仕切りのドアを叩いているので、南桜井駅停車中にドアを開けて注意したら長男が運転室に入り込み、出そうとしたが泣いて動かないため次の川間駅まで運転して客室に戻したそうです。

ところがそれを見ていた乗客から東武鉄道に通報があり、会社は重大な規則違反として、関東運輸局に届け出るとともに、この運転士を懲戒解雇する方針だそうです。

確かに営業運転中の運転室に許可を受けていない者を立ち入らせることは保安上もセキュリティ上も問題ですが、何らかの「処分」は必要としても、「事件」の内容や結果、そして背景を斟酌した時、懲戒解雇という企業における最も重い処分を課すことが妥当なのか甚だ疑問です。というか異様に重い処分には違和感すら感じますし、過去の判例と照らし合わせると、会社側の権利の濫用を指摘する余地もありそうです。
「事件」の背景と、それによってもたらされた「結果」を見る限り、同じ解雇でも、辞表を書かせることもせず、退職金も無しで放り出すに足るような行為なのか。ルール違反は結果や理由の如何を問わず懲戒解雇という規則が東武社内で貫かれていたのか。
運転士が例えば自ら長男を招き入れていたのをウソをついていたとか、子供を招き入れる常習犯だったとしても、東武がそのウソを隠す必要は全くなく、真相を理由とすればいいだけですし、これでは実は何か報道されていない背景があり、今回の「事件」を奇貨としてこの運転士を解雇したかっただけではと言う邪推すら可能です。

もし東武鉄道の内規では、内容や結果を問わず形式のみを重視するのであれば、竹ノ塚事故に関係して、過去に踏切開閉に関して違反行為を行った職員は全員懲戒解雇でないとおかしいはずです。
しかし、 竹ノ塚事故での処分 を見ますと、実際に操作をした踏切保安係こそ懲戒解雇になっていますが、相番者ですら譴責、同様に違反行為をしてきた他の踏切保安係は厳重注意となっています。
東武鉄道の懲戒処分は重い順に解雇、階級降下、停職、減給、譴責の5段階ですが、当日その時の相番者ですら最低ランクの譴責、違反行為をやってきた他の保安係は懲戒処分にもならない厳重注意となっており、整合性が取れていません。
このままでは「この程度の違反でいきなり極刑」という冷酷なイメージを東武が被ったり、処分基準の不透明さを指摘されかねません。もし隠された真相があるのなら、きちんと開示すべきでしょう。

もちろんルールはルールと言う原理原則がありますし、ルールを曲げろとは言えません。
しかし、そのルール違反という罪に対する罰についてはもう少し慎重に考える必要があります。懲戒処分と言うのはその社員と家族にとってその後の生活を大きく左右しますし、懲戒解雇では再就職の道すら左右するだけに、その運用には細心の注意と配慮が必要でしょう。企業は司法機関ではないのですから。
特に「重大な規則違反」であっても、それが故意に引き起こされたのか、過失なのか、不可効力なのかによって処分内容に差がつけられるべきでありますし、実際、それによって「事故」が発生した時の刑事罰についても異なります。


そう言う視点で今回の「事件」を見ると、仮に子供が長男でなくとも、運転に支障が発生しかねない行為を注意するためにドアを開けるまでは全く正当な行為です。
長男が入り込むのは想定外でしょうが、3歳の子供のやることにそこまでの責任は追求出来ないでしょう。運転士の妻(長男の母親)が同乗してますが、こちらは2歳の長女を連れているわけで、長女を放り出して長男を制止したり連れ戻すわけには行きません。だいたい、運転室の直後と言うと側扉があるわけで、停車中の出来事ですから、すぐそばの側扉が開いているのに2歳の長女から目や手を離せとはいえませんし、そこまで問われるのであれば乳幼児連れは電車に乗るなと言うのでしょうか。

また同線のこの区間は単線運転であり、発車時間になっても長男にかかずりあったら、自分の電車が遅れるだけでは済みません。そう考えると、次の駅での対応と言うのは別に放置したわけでもないでしょう。運転中に第三者がいるリスクは確かにありますが、怪しい行動をしたとしても相手は3歳児、容易に制することが出来るでしょうし、東武野田線の先頭車両は、中間に連結された時に備えて重要な機器類を運転室の運転台側にすべて納めており、長男が狭い運転台で足下や膝の上にいたりでもしない限り、危険性は少ないです(膝の上に乗せてたりしたらそれはそれで問題ですが...)。また運転への集中と言う意味では、職員が添乗している時の雑談に比べたらよほどマシですし、そう言う事象を懲戒の対象としている話はトンと聞きません。

どう考えても運転士の故意ではない対応で、3歳児の行為と言う不可抗力に近い事象に対し、電車の運行との折り合いで言えば一番スマートな対応とも言えます。まあ正解は、運転士はそのまま運転し、車掌を呼んで出してもらうというところですが、隣りの駅まで4分。電車は6両編成と言うことを考えたら、次の駅で対応しても問題とも思えません。
それが懲戒解雇と言うのはいかがなものか。竹ノ塚事故の影響もあってか、一罰百戒と気負っているのかもしれませんが、これで解雇されるとなると現場の士気と言う意味ではどうなのか。ここまでの原理主義で、実際に現場が回るのか、という疑問は払拭出来ませんし、私鉄の中でも有力と評される労組も今回の「事件」が組合員が雇用を失うに足るだけの理由と考えているのでしょうか。

さて今回、「事件」が発覚したのは乗客からの通報だそうですが、これもある意味後味が悪いです。
業務監察が難しい現場で、JR西日本の尼崎事故以来、社員による監視すらタブー視されるなか、こうした「通報」でクビが飛ぶと言うのは、まさに密告社会ですし、世の中、善意の通報ばかりとは限りません。これがもし反証が難しい事象を悪意をもって「通報」されたらどうするのでしょう。
通報者の言い分だけで「事件」となるわけで、当事者の報告、反論はあるでしょうが、どこまで考慮されるのか。ことの真贋、通報に対する責任と言う意味では社員による監視とは雲泥の差です。
今回も、もし南桜井で発車せずに泣く長男を引きずり出していたら、電車の遅れもさることながら、「たまたま入りこんだ年端のいかない子供を引きずり出した冷酷な運転士」という別の通報があるかも知れないわけですし、例え妻子であっても勤務中は「お客様」ですから、実際にこの長男に対して取り得る対応と言うのは限られます。

今回の「処分」は、そこまで斟酌されたものなのか。企業が「極刑」を科すにしては疑義が残ります。







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