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北千住のポテンシャル



エル・アルコン  2007年11月21日





 2007年10月19日にリリースされた小田急ロマンスカーの東京メトロ千代田線乗り入れの仔細は、乗りれるだけでも驚きをもって迎えられたというのに、更なるサプライズを呼んでいます。新木場乗り入れはその際たるものですが、一方で「メイン」の千代田線側も2005年5月の発表当初の湯島から北千住まで乗り入れ区間が伸びました。

 この北千住乗り入れですが、有料特急として必須の車内整備を湯島の地下折り返し線ではなく綾瀬の車両基地で行うため、という消極的理由に求めることはもちろん可能ですし、それが主要な理由であることは確かでしょう。しかし、ここ数年の交通網の変化を考えると、北千住乗り入れというのが両社による積極的布石、もしくはそこまで行かなくとも将来を推し量るテストではないでしょうか。



●北千住乗り入れの意味

 当初、ロマンスカーの千代田線乗り入れの意味は、「新都心」「副都心」である新宿発着だったロマンスカーを「都心」に乗り入れさせることにあったはずです。ですから都心の大手町の先で折り返しが可能になる湯島までというプランだったと推測されます。

 それが北千住に伸びることで何が見えてくるか。ロマンスカーをいまいち垢抜けない下町という印象の北千住に延伸しても、失礼ながら「掃き溜めに鶴」のイメージを感じてしまいがちです。しかし、北千住という街だけでは見えてこないもの、つまり、北千住が東京北東部の交通の要衝という事実に気がつくと、北千住乗り入れの意味が見えてきます。

 北千住に乗り入れる路線は、JR常磐線、東武伊勢崎線、つくばエクスプレス(TX)の3社であり、前2社は複々線での乗り入れですから5複線分の輸送量がここ北千住に集中するわけです。これらの路線がカバーするのは東京北東部のほか、千葉県東葛エリア、茨城県南部、埼玉県東部に栃木県、群馬県の南部と、想像以上に広範囲かつ多い人口を抱えているのです。

 この要衝に一石置くことの意味は大きいです。これらの沿線からは、小田急がターミナルにしている「新宿」へのアクセスは比較的悪く、従って小田急沿線を目的とした行楽需要はこれまで非常に小さかったと推測されます。しかし小田急でアクセスする観光地というと、今回MSEが直通する箱根のほか、江ノ島、御殿場など、首都圏における有名観光地を抱えているわけで、そこへのアクセスが飛躍的に改善されたとすれば、潜在的な需要が顕在化する可能性は大いにあるわけです。しかもそれらの需要はこれまで潜在的だったのだから、全くの新規需要として見込まれる、事業者にとっては非常にありがたいものなのです。



●北千住のポテンシャルの顕在化

 もちろん北千住が要衝であることは昔からなんですが、当初発表から2年半で方向転換、というか方向強化に転進したのには理由があるはずです。

 この期間で北千住のポテンシャルを知らしめたのは何か。2005年8月のTXの開業はその代表でしょう。TXはそれまで18年間君臨した常磐道経由の高速バスを一気に駆逐してスターダムにのし上がりましたが、北千住はつくば方面からの流動がスイッチしたTXのサブターミナルとも言える存在であり、勢いその重要性が増したのです。さらに2007年3月に北千住−羽田空港に開業したリムジンバス、いきなり14往復での登場もさることながら、これが定着しました。さすがに登場時の本数が本数ですから増発にまでは至っていないようですが、事実上「鉄道乗り継ぎ需要」に特化したリムジンの成功は、北千住のポテンシャルをさらに知らしめたといえます。



●次の一手は

 10月に発表されたダイヤ素案では、土休日の北千住発着便は年間30日ほど新木場に振り替わるとあり、小田急側から北千住、という需要は見込んでいない、というか需要を図りかねている様子がうかがえます。しかし、北千住を「集客の種」として見るのと同時に、「目的地へのゲートウェイ」として見たらどうでしょうか。北千住で東武特急に乗り継いで日光・鬼怒川へ、また、常磐線に乗り継げば水戸方面(但し特急は基本的に柏まで行かないと乗れないが)、TXも筑波山という観光地を何気に抱えていますから、そうしたこれまで小田急沿線からは行きづらかったエリアへのお出かけ需要を顕在化させる可能性があります。そういう北千住をキーにした需要を考えた時、現在のところMSE導入後のロマンスカーの小田急線内の停車駅は成城学園前が最も手前ですが、下北沢に停車させても需要があるかもしれません。そうなると、例えば小田原方面からの北千住行きで、下北沢までの需要と、そこから北千住への需要の「二毛作」が可能になるわけで、ロマンスカーという客単価の高い列車を効率的に運行することが可能になります。

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 北千住、というか千住の街は、江戸時代、江戸四宿の一つとして賑わっていました(他に品川、内藤新宿、板橋)。もちろんその賑わいは宿場特有の岡場所としてのそれが大きかったのですが、宿場として商業集積があったのも、日光街道、水戸街道(さらに金町手前で分岐する千葉街道)が集まる交通の要衝という地理的要因が大きかったのです。都心へ直通する鉄道が開通し、乗り換えよりも地下鉄直通が重視され続けることで忘れられていた「交通の要衝」としてのポテンシャルが、TXの開業を機に再び高まってきたのでしょう。今回北千住という要衝に置かれた一石は大きな可能性を持っており、今後の展開が楽しみです。





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