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鉄道を意識させる取り組み 〜JR四国 アンパンマン列車のインパクト
とも 2006年8月20日
我が家には1歳半の娘がいる。アンパンマンを「アンパン」と呼び(しかしどういうわけか、ばいきんまんもメロンパンナちゃんもジャムおじさんも「アンパン」である)、ミッフィーとともに結構お気に入りのキャラクターとなっている。
妻の実家への帰省中、その娘を連れてJR四国が誇る「アンパンマン列車」を見に車で10分ほどの最寄の停車駅に行った。
そもそも飛行機か車での帰省がほとんどの我が家では帰省先でJRを使うことは早々あることではない。私が岡山や高松の友人に会いに(=酒飲みに)行くというのに使う程度である。だから鉄道は踏み切りや駅の存在こそ頭にあるがダイヤも知らないし、岡山や高松までの所要時間すら良くわかってない。これは帰省先で鉄道などまったく使わない妻も、日常的に鉄道を使うことが無い妻方の家族も同様である(岡山直通の普通列車など妻も妻の家族も存在を知らなかった)。
ところが、近所の子連れの方々や妻の母等にアンパンマン列車について聞くと、どういうわけか情報はすんなり入ってくる。正確な時間まではわからないものの、10時頃と16時すぎに上り、12時過ぎと18時半ごろに下りが通過すること、全車がアンパンマンになっていることはあまり無いが、半数以上は常にアンパンマンラッピングであること、ばいきんまんとドキンちゃんがあること・・・驚くほど情報が入ってきた。これだけの情報があればすんなり携帯の乗り換え案内で該当列車を探し出すことができる。そして駅に向かう。
駅に到着すると家族連れが待合室に数多くいる。そして「瀬戸の花嫁」が流れ列車が入ってくると子供たちは大喜びで何か叫んでいる。わが娘も「アンパン」「アンパン」と興奮気味だ。この日は、ばいきんまん号を先頭にした編成で、中間増結車以外はすべてアンパンマンである。目の前にはちょうど「パン工場の仲間たち号」が止まる。娘はその中のアンパンマンを指差しながら大喜びである。車内には明らかに家族連れが多い。盆の帰省時期とはいえ、際立っているようにすら見える。特にアンパンマンシートは家族連れ専用車という雰囲気すらあるものだった。
そして乗降する親子連れが短い停車時間であるがドア横のアンパンマンをバックに記念撮影をしている。子供は男女を問わない。
駅の向かい側に目を移すと「アンパンマンバス」が止まっていた。当然こちらにも家族連れが何組もいて記念撮影などをしていた。近所の方が車で来ては写真をとり、携帯で「アンパンマンバスが来ているよ!駅に!」と情報交換をやっている。
「電車を見に駅に行く」「バスを見にロータリーに行く」
「あり得ない」とされる光景が当たり前に繰り広げられた数分間であった。
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「『飛行機を見に空港へ行こう』はデートになるが、『新幹線や電車を見に駅に行こう』はデートにならない。」
よく聞く話である。当たり前といえば当たり前だ。デートに限らず、普通の行動としてかなり稀ではある。
電車を見に行くなんていうのは鉄道マニアかファンか、電車好きの子供を含む親子ぐらいだろう。一般にそんな行動をとることはない。新たにできた新幹線ならいざ知らず、鉄道マニアでなければデートで「新幹線を見に駅に行こう」なんて言おうものなら女性に「なに考えているの?」といわれるのがオチだろう。これを「飛行機への愛着」という妙な捕らえ方をして、「鉄道への愛着が増せばいいんだぁ!」という人もいる。「愛着」をキーワードに鉄道復権を考える人々が少なからずいる中では仕方が無いが、そういう問題ではない。
空港の展望デッキは定番のデートスポット(神戸空港) | 特別塗装機材でも飛来していれば大騒ぎ(羽田空港 ポケモンジェット) |
男性の場合、幼少期に少なからず鉄道に興味を持つ関係からか新幹線などは飲み話ネタになる存在でもある。以前、東京駅で偶然にN700系試運転に遭遇したが、明らかに鉄道マニアではないサラリーマンがケータイでパシパシ写真を撮っており、人だかりができていたりするし、「どうせなら500系のぞみ」に乗ってみたいというような反応は見られるものだ。ただ、これはあくまで男性であり、女性が興味を示すものではない。
また、子供が相手の場合にも話は異なってくる。今や人気キャラクターとして成立している機関車トーマス、あるいは男の子のおもちゃの定番である「プラレール」や絵本などを見るまでも無く、また「新幹線くん」などのキャラクターが成立する背景を言うまでも無く、子供、特に男児の電車への憧れは強い。ただ、あくまで男児の一過性のブーム的なものであり、親世代にまでその影響が広まるわけではないのが現実だ。
一般の特に鉄道に関心が無い層に「見に行こう」「乗りに行こう」と誘うことができる列車としてはSLやトロッコ列車、あるいは観光クルーズトレインの一部限られると言っても過言ではないだろう。特にSLは「SLを見に行く」というのは女性でも納得してくれる内容ではある。デートなどの情報誌でも掲載があるほどだし、山口線や磐越西線でも駅などで女性観光客などもカメラ片手にSLを待っている姿を見かけるものだ。一方で、よくあるレトロ電車や国鉄型などは観光資源ではあるがそれだけで客は来ない。SLやトロッコ列車はそれ単体で観光客を呼ぶ力があるし、「SLで温泉に行く」「トロッコ列車で渓谷を旅する」というのは立派な旅のメインディッシュである。道後温泉への足である坊ちゃん列車は鉄道マニアには「偽者」として受け入れられていない面があるが、一般の旅行者には好評であり、そのインパクトや人気は現在の国内のSLの中では随一だろう。
また「リゾートしらかみ」や「きらきらうえつ」「ゆふいんの森」「いさぶろう」などの観光クルーズトレインは一貫したテーマ性と地元と協働している近年流行の「スローライフ」的な列車であり、それを見に行くという行動にはつながらないが、「乗って旅をする」という行動には大きく寄与している。トワイライトエクスプレスや北斗星、カシオペアなども同じような存在だ。また、国鉄型といわれる車両であっても、中高年層などのノスタルジーをくすぐるものであれば話は別だ。SLなどでは珍しくないものだが、SLなどとともに相乗効果として「懐かしさ」を演出することでの集客はできないことではない。ただ、鉄道を普段乗りなれない人にとっては「まだこんな電車が走っている」程度の認識でしかない可能性も高く、一歩間違えると単なる「古臭い」という印象だけを与えてしまうことも否定できない。この辺はある程度時代を遡る、あるいは時代考証的に多少無理があってもノスタルジーを感じさせる工夫をしなくてはならない。
SLは観光資源としては非常に強い(秩父鉄道パレオエクスプレス) | 厳密にはDLだが観光客には大好評の坊ちゃん列車 |
観光クルーズトレインの代表格である「リゾートしらかみ」 | 各地の電車が走るがノスタルジーを感じさせるまでいかない広島電鉄 |
つまり、国鉄型が走ろうが最新型電車が走ろうが、単純に特徴だけがある車両では一般に関心を持ってもらえるというものではなく、逆にそれがたとえニセSLでもなんでもインパクトがあり、心に響く存在であればそれだけで十分に一般に受け入れられるし高い関心を得ることができるといえよう。いくら汽車旅のよさをといっても、何かきっかけが無ければならない。これらはそういうきっかけを与えたり、汽車旅に関心が無い人々をもひきつける魅力があるといえる。
そんな中で違う形ではあるが近年、鉄道ファンやマニアにはほとんど相手にされていない一方で、鉄道に関心が無い一般層の一部に非常に人気が高い列車がある。JR北海道の「ドラえもん海底列車」、そして前述のJR四国の「アンパンマン列車」だ。
「ドラえもん海底列車」は青函トンネルの海底駅に設けられている「ドラえもんワールド」へのアクセス列車であり、対になっている存在といえる。どちらかがあって初めて成立する列車といえる。
一方で、アンパンマン列車は大規模だ。もともとは作者である、やなせたかし氏の出身地である高知県に絡み土讃線の特急「南風」に使用される2000系DCにラッピングが施され、土佐山田駅からバスでアクセスするアンパンマンミュージアムの人気とあいまって、全国区の人気となり、その後2本目の投入、そしてさらに予讃線に2本のアンパンマン列車が投入され、現在は4本が定期特急に使用されている。さらに「ゆうゆうアンパンマンカー」という特別車が高徳線や徳島線で使用されている。もはやアンパンマンミュージアムとはまったく無関係な方向にも運転されており、相乗効果こそあれど別なものとして人気となっている。
さらに、アンパンマン列車には様々な演出がある。主な駅にあるパン屋で販売されている「アンパンマン パン」(アンパンとして普通に売っているものとしても大変おいしく、大人でも満足する味)や主要駅にあるアンパンマン弁当、アンパンマン列車グッズに始まり、アンパンマンミュージアムまでの「アンパンマン路線バス」にJR四国バスの「アンパンマンバス」、そして普通列車にまでアンパンマンマークが標示されている。車内放送のオルゴールは「アンパンマンマーチ」だし、車掌や一部駅の検札時のスタンプにもアンパンマンが描かれている。さらには一部の駅には手作りのアンパンマン関連の案内があったり、改札口にアンパンマンのぬいぐるみが座っていたりぶら下がっていたりする。
アンパンマン列車 土讃線2号編成(土讃線大歩危駅) | アンパンマン列車 予讃線ばいきんまん号編成(予讃線観音寺駅) |
アンパンマン列車 予讃線しょくぱんまん号付属編成 | アンパンマン列車 予讃線カレーパンマン号 |
アンパンマンマーク(高松地区バージョン)を付けた普通列車 | JR四国バスのアンパンマンバス |
そして、これらはJR四国一社の取り組みだけに限らない。鉄道が見える観光施設や道の駅、コンビニなどには「アンパンマン列車通過時刻」が記されている例がある。また、観光ガイドブックなどには当然記述があり、さらには特急列車利用者層と被らないはずの航空会社の機内誌や高速バス旅ガイドなどにも観光施設として登場してしまうほどの人気だ。なにせJR四国はアンパンマン列車の運用問い合わせが週末ごとに激しくなり、その反響の大きさを受け運用を固定し、またチャンスを増やすべくアンパンマン列車を増やしたという逸話すら残っているほどなのだ。
アンパンマン列車が折り返す岡山駅や松山駅では到着する時間になると乳幼児を連れた家族連れや観光客が集まってくる。そしてカメラ片手に列車を待つという光景が繰り広げられる。また、短い駅間などで乗ってみようなんていう家族連れも珍しくは無い。予讃線特急のアンパンマンシートなどは人気が高いものであり、そこが無理でも・・・と乗車する家族連れがいる。土讃線などではアンパンマン列車が通ると親子連れだけではなくカップルや大人でも車を止めて写真を撮ったりしている。「アンパンマンだぁ!かわいい!」とか「すげー全部アンパンマンだよ!」「おぉキャラクターがすげーあるよ」などという若者の声すら聞こえるほどだ。彼らも当然ながら記念撮影をしたり、列車をじっくり見ている。
仙石線のマンガッタンライナー、境線の鬼太郎列車などもそうだがおおむね好評であるが、しかし、必ずしもこういったキャラクターデコレーションがすべてうまくいくわけではない。四国の場合、乳幼児に絶大な人気を誇り、今の30代以下なら確実に幼少期に触れている「アンパンマン」を使ったからこその現象ではある。
また、鉄道マニアやファンにとっては「特殊塗装の車両」という認識を出るわけでもなく、また「ドラえもん列車」の場合には鉄道施設が一つの目玉であるのに対し、内外装はアンパンマンワールドだがだからといってそれが鉄道への関心というベクトルに向いていないこともあり、「鉄道復権」「鉄道への愛着」という世界とはかけ離れた存在であるアンパンマン列車はあまり大きく趣味誌などに取り上げられることもない。これはANAのポケモンジェットや過去にあったJALディズニードリームエクスプレスへの飛行機マニアの反応と近いものがある。
しかし、一方で、衰退が著しいとまで言われる、四国の「在来線特急」が飛び道具とはいえこれほどまでに人気を有し、そのおもちゃが全国のデパートや玩具店に並び、それを見た親が「アンパンマン列車を見せたい」と思うというようなことは近年無かったことである。それも鉄道ファンやマニアという限られた層ではなく、より絶対数が多い小さい子供を持つ親たちへのアピールができているというのは大きい。それにより四国旅行で鉄道を利用する可能性があがり、またアンパンマンミュージアムなどとの相乗効果もある。
「鉄道への愛着」ではなく、「鉄道を利用するきっかけ」「鉄道の存在の認識」を与え、そして地域に「鉄道」を意識させた。駅に普段行かない人々が駅に向かうのである。この功績は鉄道が日常の乗り物ではないエリアでは非常に大きいことだ。高速バスによりズタズタにされている四国の鉄道にとって苦肉の策ではあるが、それが大逆転を生んでいる。他の地域で適用できるようなものではないが、こういうやり方もあるのだということは考えておく必要があるのかもしれない。
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