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バスの常識?



KAZ   2009年 2月16日





 先日、出先でバスに乗る機会が多く、そこで気になるシーンが二度ありました。 要は運賃の支払い方法なんですが……。(これは個人のSNS日記で書いたものを加筆修正したものです)





○両替?支払い?
 恐らく普段あまりバスに乗り付けていないと思われる少年が、バスを降りる際に両替機に千円札入れ、出てきた硬貨を取ったのち、そのまま降りようとして運転士から呼び止められ「両替しただけでしょ」と窘められていました。少々怪訝な表情を見せた少年は、今度は手に取った(両替された)小銭の中から五百円硬貨を運賃箱に……。そこで運転士が「何のために両替したの!」と強い口調で叱りながら、両替機から運賃との差額を払い戻し(この社の料金箱は手動での釣り銭払い出しにも対応)、そこで少年はようやく運賃支払い制度(両替して自分で運賃額を料金箱へ投入)を理解したのか、今度は正規の運賃を改めて支払おうとしたところ運転士が「もういいんだ!」と追い出すように言い、少年は釈然としない顔でバスから去っていきました……。

○整理券って?
 旅行者と思われる夫婦が、普段は乗り切り制(整理券なし)のバスを利用しているのか、乗車時に整理券を取らなかったことに後で気付き、数個先の停留所で整理券を「改めて」取っていました。それでは乗車停留所が変わるので不正乗車になってしまうのですが……。





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 これらの件は、運賃支払い制度の複雑さと特異さ(最近は鉄道でも料金箱スタイルが増えてきましたが)に起因するものと言えばそうなのですが、もしかしたら、そう簡単に括ってしまうといけないのかも知れません。

 公共交通に慣れている世代にとっては、整理券を取って運賃表と照合して現金精算、ということは常識のように思ってしまいますが、今の世は既にそうではなくなっているのかも知れません。時々でもバスに乗ったことがあれば、知識として持ち合わせていくのでしょうが、今ではバスに乗る機会って減っているのも事実です。

 子供の頃から親のクルマで出かけ、小・中学校も概ね徒歩で通学できるようになった今、高校生や大学生になって初めて「自分で運賃を支払って」公共交通に乗るようになるいう状況も十分にあり得ます。そうであれば、乗り方がわからないのも仕方ないこと。ここで彼等を「社会的常識の欠如」と罵るのは、可哀想というものです。

 今や地方だと、郡部どころか都市部においても「公共空間とは何か」という体験学習が必要とされる時代になったと聞いています。先述ですが小さい頃から親のクルマで出掛け、行き着く先は大型ショッピングモールという「閉鎖的空間」であれば、都市空間としての往来の歩き方や公共交通の乗り方などを経験することなく大人になっていく訳です。

 そんな環境に慣れてしまうと、知らない人と乗り合わせて移動(公共交通)し、移動した先も様々な人や乗り物が入り乱れて往来する空間(都心部の商業・業務地区)だなんて、到底我慢できない理不尽な環境と映る訳で、しかも公共交通に至っては「カネを出して(クルマなら移動行為そのものは無料の感覚)不快な空間を買う(設備の劣る雑居状態)」という認識、しかもその買い方(運賃収受方法)が分からない・理解しがたい複雑さとなれば、そりゃ誰が使うかよ、というコトになってしまいます。

 そんな「心理的バリア」を乗り越え、何とか使ってくれている世代をきっちり理解し、うまく誘導することを考える必要があると思わされた一日でした。乗り慣れた世代が若年層を「常識知らず」と思えど、彼等から見たらバスの乗り方に長けている方が「常識はずれ」なのかも知れません。公共交通の運営(企画)側は、この点をしっかり見直すべきかも知れません。

 さて、運転士に叱られ、正しいバスの利用方法も教えられずに追い出された少年、バスを嫌いにならなければいいのですが。





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