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上海トランスラピットと中国の高速鉄道について
TAKA 2004年 1月16日
私は平成15年12月30日〜平成16年 1月 2日の間3泊4日で中国・上海へ旅行に行ってきましたが、偶々旅行の当日、機内の新聞で今まで公開試運転中(山梨実験線のように)だった上海トランスラピット(龍陽路〜浦東空港間)が1月1日に開業するとの記事を読み、ツアーの予定を変更して(グループから脱出し)初乗りに行ってきました。以下は其のレポートです。
無理しての試乗で、しかも鉄道系に全く興味のない友人を宥めての試乗だったので、無理出来ず時間もなく触り部分だけですし、急いでいたので写真等でも見苦しい物もありますが、その点は予めご承知置き下さい。
写真−1 龍陽路駅にて
1.上海トランスラピット(現地では上海磁浮列車と書いてある)の概要
・上海地下鉄2号線龍陽路駅〜上海浦東空港間(29.86km)
複線で浦東空港駅を除く大部分が高架
・設計最高速度は 505km/h
総工費は約89億元(約1246億円)km当たり41.7億円の工費
・運転最高速度 430km(写真−2)
軌道は□に上下がはみ出している形のPC桁で上に鉄板が貼ってる
ポイントはモノレールと同じ様な形で転換している。それ以外軌道は「幅広のモノレール」に近い
写真−2 車内の速度計表示
・浦東空港は地上式橋上駅舎で2面2線乗降分離(写真−3〜6)駅舎と空港は連絡橋で連絡
写真−3 浦東空港駅券売所 写真−4 浦東空港駅改札・コンコース(橋上駅舎)
写真−5 浦東空港駅コンコース 写真−6 浦東空港駅ホーム(地平・2面2線相対式・乗降分離)
・龍陽路駅は高架式で1階が店舗・地下鉄接続口2階が改札とコンコース・3階がホームで3面2線構造
(両端は降車ホーム真ん中が乗車ホーム)(写真7〜8)隣接が地下鉄2号線の駅で乗換可能
写真−7 龍陽路駅改札 写真−8 龍陽路駅ホーム(両端降車・中央乗車)
・5両編成で空港より先頭車 1両がグリーン席(言い方は「?」)で他 2両は普通席。グリーン車は2+2の革張り?
クロスシートで普通席は一部2+2それ以外は3+3の固定クロスシート
(配置は基本は集団見合い式だが端が一部違う、車両の真ん中に荷物ラックや機械室がある)
・運賃は片道グリーンが 150元・普通が75元(単純に日本円に換算すると 2,100円と 1,050円)
・運行間隔は約10分毎・ 5両 3編成を運用している。(当日は20分毎運転だった)
2.実際に上海トランスラピットに試乗してみて
1月 1日の14時頃上海市街から地下鉄に乗りトランスラピット始発駅の龍陽路駅を目指す。旧市街の中心人民広場から約20分、再開発の浦東の中心からは約10分で龍陽路駅に着く。地下鉄ホームから地上の地下鉄駅舎へ、地下鉄改札後外に出て高架のトランスラピットコンコースへ昇る。
券売所でチケットを購入(なんと有人窓口だけ)後自動改札の前で並んで入場を待つ。発車7〜8分前に女性が案内に立ち改札を始める。自動改札にチケットを通す形だが、脇に女性が居て人数を数えている。
座席の指定はないので、定員制か? 但し乗車券には発車18分前から販売開始し 5分前に完了と書いてはあるが、指定とも定員制とも書いていない。改札後女性係員に誘導されホームへ昇る。
ホームへ昇るとホームゲートがあるが、何とロープが張ってある手動式! 通過列車がないから良いが……
暫くするとトランスピットが入線、正面の窓が小さい流線型で格好は良い、駅では乗車口に一人の係が付く(ドアは各車両1箇所、各車両に1名案内係がホーム柵のロープを実施後乗車する)。又運転席を覗くとドイツ人2名が付き添い中国人の女性が運転していた(写真 8)。パソコンのディスプレイが有るだけの感じの運転席で、特にマスコンハンドル等も見あたらない。完全自動運転で有ると推測される。
写真−9 運転台(左2名ドイツ人/右中国人女性)
乗車後暫くして発車、乗車の係員の女性が肉声で案内する。中国では長距離列車の軟座車(グリーン車)には各車両1名の服務員が付く、その伝統を引き継いだのかもしれない。発車直後に一度「ゴトン」と音がする。この時に浮上したのかもしれない?。その後低・中速時はそんなに音がしないが、 200km/h近づき越えた後はかなり音がする。端部に乗車したが、 300km/h以上の時はかなりうるさい。転換クロスの向かい側の友人と話すのも、身を乗り出して近付かないと厳しい状態である。
又 430km/hどうしで一度すれ違ったが、風圧で「ドン」という音が聞こえ、かなりの衝撃も感じた。軌道間はかなり離れているが(写真 4)、衝撃に驚くぐらいである。比べるのも何だが(スピードが違うので)新幹線の 700系のぞみより遙かにうるさいし、すれ違い時の衝撃も大きい。特に機械音の大きさを感じた。
上海旅行(名古屋発着)の帰りには新幹線のぞみ 700系の1A座席(進行右側窓より)に座ったが、改めて特に比較すると強く感じる。トランスラピットは個人的には忍耐を必要とする。
写真−10 普通車車内
しかし 430km/hのトップスピードはほんの 3分程度で、すぐ減速しだして発車後後約 8分で浦東空港駅に到着した。停車時にも発車時と同じように「ゴトン」と音がした。この時に着地したのだろう。
浦東空港駅は2面2線の地上駅で橋上駅舎がある。未だ運転初日と言う事もあり、駅には駅施設以外はケンタッキーとコーヒーショップしかない。又浦東空港からの折返し客も1日が正月で祝日と言う事も有ってか1便当たり約30名しか居ない。駅も閑散としていた。浦東空港駅では対面ホームに次の列車が止まっておりすぐ発車したので次の列車に折返し乗車が出来ず、一便遅らせて約20分待ち上海市街へ戻った。
3.果たしてトランスラピットは有用な乗り物か?(トランスラピットに関するミクロ的検証)
以上が稚拙ながらの私の試乗レポートです。私は初めてリニアモーターカーに(大江戸線は別にして)乗ったのですが、日本の山梨実験線とは基本的に型式が違いますし、乗ったことがないので比較は出来ませんが、今世界で営業運転されている世界最高速の列車(リニアを列車とするならば)に乗って改めて感じたことを上海トランスラピットだけの面と、高速交通機関という側面から書きたいと思います。
★上海トランスラピットは意味があるのか?
少なくとも上海トランスピットは地域交通機関としての意味は乏しいと考えます。推測ですが中国の真意は、
「北京上海間の新幹線にいきなり使うのは冒険だから、金持ちの上海市に協力させて実験線兼用の路線を作ろう」
というのと、
「空港路線でトランスラピットを導入することで世界に外国の技術でも最新の物を中国は使用することが出来るし、それだけの資本力がある」
と示す事だと思います。
上海の空港アクセスとしても意味は乏しいです。浦東国際空港は上海から遠く中国人のガイドも「上海の成田空港」と言っていますが、片側4車線の高速道路も出来ています。上海市内の渋滞を除けば、時間的には 成田とアクセスは変わりません。
それにトランスラピットの上海側起点の龍陽路駅は東京にたとえれば新木場みたいな所で、アクセスポイントとしては地下鉄接続にしろ便利ではありません。又現状で龍陽路駅の上海よりにビルが建ち京王線橋本のように延伸がほぼ不可能な状況から考えて、暫定起点という訳では無いですし、上海地下鉄2号線が将来的には浦東空港まで準平行線で延伸されることを考えると、空港アクセスの意味は乏しいことが証明されるでしょう。まあ途中まで出来た成田新幹線上海版と言う所でしょう。
但し有る程度の量を運ぶ交通機関としてトランスラピットが使用可能な物であることを証明した、世界初の浮上式リニアモーターカーであるという点においては十分評価出来ます。その点は間違い有りません。
写真−11 龍陽路駅に到着する列車
★トランスラピット自体は「超高速交通機関」として有用なのか?
果たしてトランスラピットは「軌道系超高速交通機関として有用なのか?」という点が一番興味が有る点だと思います。皆さん如何な物と考えるでしょうか?私は今回の試乗を踏まえ以下のように考えます。
私見としては上海トランスラピットは営業実験線と割り切れば1年間の試運転(抽選で有料客を乗せていた)と、 1月 1日の正式開業を持って取りあえずは実用可能な高速交通機関として成功したと評価出来ると考えます。
事実 1月 1日も利用客は少なかったですが、私の乗った列車には何も混乱は起きませんでした。その点からもトランスラピットは現状で実用可能な世界最速の軌道系高速交通機関という事は間違い有りませんし、その実用性という点では日本のリニアより随分先行したと思います。このアドバンテージは大きいでしょう。
しかしそこから先が問題です。果たしてもっと長距離で大量の輸送をしなければならない時に、果たして耐えうることが出来るのでしょうか?此処に問題があると考えます。
私はトランスラピットには以下の様な疑問と克服すべき問題があると思います。
1)騒音の問題
外部に対しては鉄軌道の高速鉄道並の騒音(駅では)だが、高速走行中の騒音・振動とすれ違い時の衝撃波・将来トンネル走行時(今回区間には無い)の衝撃波の問題。これを解消しないと実用後も不評になってしまう可能性が高いと思います。
2)運行技術問題
今東海道新幹線は16両編成で 4分毎の運転が可能です。TGVも2編成併結すれば客車は18両になり又かなりの頻度で運転されています。それにこれらの鉄道は2階建て車両の運行も技術的に可能です。
しかし上海トランスラピットでは距離が短いので、同一方向間に2編成の列車が走る状況は有りません。その様な中で将来的に 430km/h走行での安全確保は可能でしょうか? 又何処まで運行間隔を詰められるのでしょうか?
それで輸送力と実用性が問われることになると考えます。
3)システム柔軟性
トランスラピットはリニアである以上普通の鉄軌道システムとの互換性が有りません。元々新幹線も独立したクローズとシステムでしたが、今や新在直通やフリーゲージトレインの開発等で、システム的に普通鉄道に乗り入れ可能なシステムになろうとしています。TGVやICEは当初から普通鉄道と乗り入れ可能な柔軟なシステムになっています。
将来的に高速交通機関として実用化した時に弱点にならないでしょうか? 確かにトランスラピットは速度的に素晴らしい物であることは間違い有りません。今までの 300km/h程度のスピードで高速化に限界が見えてきていた鉄軌道系高速交通機関の限界を打破する 430km/hの最高速度はそれだけで魅力的であると思いますし、素晴らしい技術革新の成果です。
しかしトランスラピットは本国ドイツではベルリン〜ハンブルク間での採用が中止されたと聞いていますし、今回上海トランスラピットを開通させた中国でも北京〜上海間高速鉄道にトランスラピットを採用しない方向との話もちらほら入っています(噂ですが……)。
やはり未だ高速鉄道として実用化に問題があるのではないでしょうか?
写真−12 先頭車両
4.何故「上海トランスラピット」は作られたのであろうか?(「上海トランスラピット」に関する政治的側面)
上記の様に未だ完成されてない「近未来交通機関」である”トランスラピット”が何故上海で建設されたのでしょう。私の大学時代の専攻は「中国政治経済論」なので、その手法を応用しながら考えてみます。
其処には当然「中国共産党の政治的思惑」があることは確かです。政治と外交と最新技術と経済発展の微妙なバランスの上で、「上海トランスラピット」が建設されたと言えます。
ですから当然トランスラピットの導入に関してはきわめて政治的な物があります。共産党一党支配下の中国では国家的プロジェクトは全て政治的な物です。下手をしたら権力闘争と権益の絡んだドロドロした物になります。
まず第一点、何故朱元総理はトランスラピットに力を入れていたか? 中国共産党の第三世代指導者の大部分は理系の出身です(第三世代の象徴の江沢民共産党総書記・朱鎔基国務院総理・李鵬全人代常務委員長3人とも理系の電気系専攻)。モスクワ大学で電力関係を学んだ李鵬氏は三峡ダムプロジェクトに並々ならぬ力を入れています。朱鎔基総理は精華大学の電機製造が専攻で大学卒業後は東三省で経済関係の仕事を行い、その後は計画経済立案等の経済畑の仕事をしていますが、電機等の産業に関しても理解が深いですし、各種の電気関係技術に関しては並々ならぬ興味を持っているのは事実です。
その様な事から、朱元総理は自分の支援する技術として、リニア技術を選び日に影に支援したのが実情でしょう。
又其の技術に力を入れていなければ開通式に朱鎔基総理が出席しないです。何かにつけて李鵬委員長が三峡ダムに訪れる意味を考えてみれば推測出来ます。今や三峡ダムは李鵬委員長の専管事項と化しています。
同じ事を朱元総理が「上海トランスピット」で狙っている可能性は、幾ら清廉潔白と言えども十二分に想像できます。
第二点として上海トランスラピットはどの様な意味があるのでしょうか?。其れは私も最初に書いていますが正しく下記の通りで有ると思います(推測であるが状況的に十分想像できる)。
「北京上海間新幹線にいきなり使うのは冒険だから、金持ちの上海市に協力させ実験線兼用の路線を作ろう」
という事と、
「空港路線でトランスラピッドを導入する事で世界に外国の技術でも最新の物を中国は運営する事が可能であると言う事をアピール出来るし、それだけの資本力がある」
事を示すものだと思います。
昔から中国共産党内上海閥の地盤である上海は中国経済に取り「国の雌牛の乳」と言われます。つまり上海の経済的栄養で国を養っているという事です。かなり最近までは中国の国家税収入の15%近くが上海市から生み出されました。現在では上海の財政力と経済力を背景に、中国共産党指導者層の中で「上海閥」と言われる集団(江沢民・朱鎔基を中心とした集団)の発言力はかなり強大であると言えます。
ですから中国共産党上海閥の江沢民総書記・朱鎔基元総理のお膝元である上海で有ればトランスラピットの実験線を作っても、抵抗も少ないし金も出せるという事もあったのです。又上海に作る事が共産党上海閥では、経済発展の成功の象徴と言う位置付けになり経済改革・開放政策の深化への政治的正当性の証明と言う政治的意味があるのです。
その上でドイツ丸抱えの技術でも「世界初・世界最新・世界最速」のトランスラピットを開通させたというのは、先進国の技術に近づいているという事を示して対外的アピール及び中国の国民の愛国心・士気の高揚を果たすというナショナリズムの高揚を則すと言う意味合いもあったのです。
同じ事が、技術的には「中国で不可能ではないが大きな意味もない。大陸間弾道ミサイル並みの技術」と言われる、神州5号による中国初の有人宇宙飛行にも言えるのです。技術的意味合いより世界への技術力アピールと対国民向けのプロジェクトというのが中国有人飛行の意味合いですが、これと遠くない意味あいが上海トランスラピッドにも有ると言えます。中国の場合技術的意味や経済的合理性より政治的意味を重視すると言う事は往々にしてあり得ますから……。逆に政治的意味が一番重要と言う事も多々有ります。
今後は中国もリニア技術を重視しようと言う動きもあるらしいので(噂ですが)上海トランスラピッドに関しては様子見でしょう。朱鎔基総理が退任したことだけで上海トランスラピッドの帰趨が決まったと言うのは早計です。
今は政治的意味合いが強いかもしれませんが、何処で大化けするか分かりません。すぐ運転しなくなる訳ではないのですから……。様子見であることは間違い有りませんが。多分2010年開業予定の北京〜上海間高速鉄道には技術的に間に合わず採用されないと思われます。でもその先の技術として化ける可能性は有ります。
※この記事は【検証:近未来交通地図】への投稿を加筆修正したものです。
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