このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 

赤信号じぶんだけ止まると……

 

和寒  2005年 3月27日

 

 

 私は自動車普通運転免許を保有して以来、ほぼ20年が経ちますが、赤信号に変わってからもなお粘って渡ろうとするドライバーが確実に増え、しかも粘るタイミングがより遅くなってきたことを痛感します。

 黄から赤に変わった瞬間に交差点内に進入し、「これは信号無視とされても仕方ないな」と思いつつバックミラーを見たら、さらに後続車が2〜3台あったという、笑うに笑えないおそろしい事態が、近頃では頻繁にあります。

 また、右折のため交差点内に待機し、赤に変わったところでアクセルを踏もうとしたところ、対向車線で直進(or左折)をなおやめず、クラクションを鳴らしまくったということも、一再ならずあります(鳴らしても引かずしかも合図さえしないのでさらに腹立たしいのだが)。

 

 こうなってくると、前方交差点の信号表示が黄色の場合、そのままブレーキをかけるべきか、それとも一気に直進すべきか、判断に迷いが生じてきます。そのため、まずバックミラーで後続車を確認し、減速に入っているようならば安心してブレーキをかける、という判断ステップを入れざるをえないのが現状です。

 ここで、後続車がかえって加速しているならば、かなり判断に迷ってしまいます。煽り気味の後続車でも、こちらのブレーキランプを見れば大抵は気づくものですが、「このタイミングならば一気に渡るのが常識」と思いこむあまり目に入らない輩が運転していないとも限りません。

 常識というものは時代の変化により変遷するものです。ところが、こと「安全」に関する常識が変遷、あるいは変質してしまったらどういうことになるか。まだまだ未経験の領域と考えるべきなのでしょう。壮大な社会実験が進行中、という皮相な見方をとることさえ可能です。

 おそらく上記事象に関していえば、何件もの事故が頻発して、ようやく問題意識としてとらえられ、対策が確立されていくことになるのでしょう。できれば願わくば、そうなる前に知恵が目覚め、抑制的な運転が主流になってほしいものだと思います。

 だいぶ昔の話ですが、「交通事故はなぜ起こるのか。それは『安全』の基準が人によって違うからだ」と喝破された方がいます。当時でも本質を衝いた言葉だと感じたものですが、価値観がより多様化しつつある今日では、身近に存在する「危険」を鋭く指摘しているといえるでしょう。

 

 

 

 

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