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CMに示してほしいセンス



和寒  2005年 7月 2日





 確か昨年末のことだったと記憶するが、世界各国のTVCMを紹介する特番があって、ぼんやりと見ていたら、あまりにも強く印象に残ったものがあった。それはアルゼンチンのある航空会社のコマーシャル・メッセージで、3分ほどにも及ぶ大長編、およそ以下のような内容だった。

 石づくりの町で、空を見上げるこどもたち。
 大空には飛行機が軽やかに舞っている。そして、地上にはその飛行機の影が走っている。
 こどもたちは考えた。この影をつかまえれば、飛行機を手に入れることが出来るのではないかと。
 こどもたちは、石づくりの建物の屋上に箱を据えつけた。その中に走りこむ飛行機の影。すぐに蓋をされて、飛行機はこどもたちのものになった。
 大喜びのこどもたち。その夜は寝床にまで箱を持ちこみ、世界のどこに行ってみようかと、にこにこ笑顔で夢想したりする。
 明くる日、学校に航空会社のおじさんがやってきた。曰く、
「この飛行機を放してくれないと、たくさんのお客さんが困るんだよ」
 さびしそうに、名残惜しそうに、半分泣きそうな顔で屋上に出てきたこどもたち。
 箱の蓋を開くと、飛行機の影が勢いよく飛び出し、再び銀翼が空を舞い始めたのだった……。

 映像を文章化することにはものすごい力量が要るので、もとのCMの雰囲気をどれだけ伝えられるか、正直なところ自信はまったくない。ただ、これを見た時には、なんと幻想的(ファンタスティック)な作品なのかと、素朴に感動したものだ。

 これがアルゼンチンという国の文化の成熟を示すものなのか、航空会社のセンスの良さを示すものなのか、情報があまりにも乏しく、私にはよくわからない。だが、日本の交通関連企業が提供したコマーシャル・メッセージのうち、ここまでセンスの良いものはそう見当たらないことは確かだ。すぐに思いつくのは「シンデレラ・エクスプレス」のほか、自動車メーカーの一部CMが目立つくらいで、いずれも選曲がよく効いている。

 勿論、日本でのCMは15秒が標準、長くとも30秒という状況を考えれば、文学的情緒に訴えることなど、もとより無理な注文であるかもしれない。それにしても、コマーシャル・メッセージに籠められるなんらかのセンスが、瞬間芸的なアピール力にほぼ限定されていてはさびしい。文学的情緒は一断面にすぎないにしても、示されるべきセンスはもっと幅広くて良いと思うし、そういうセンスが幅広であればあるほど、社会からの支持を得ることにつながるのではなかろうか。





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