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TXデビュー簡単レビュー



和寒  2005年 8月27日





 平成17(2005)年 8月24日、つくばエクスプレス(TX)秋葉原−つくば間が開業した。延長58.3kmもの長大路線の開業は、都市圏鉄道というカテゴリーにおいては類例が乏しい。いま具体化している鉄道新線のプロジェクトを考えれば、(新幹線を除き)今後数十年、あるいは百年単位で、これほど大規模な路線の開業を見ることは出来ないかもしれない。

 TXは昭和60(1975)年の運輸政策審議会第 7号答申に挙げられていた路線で、(当時国鉄)常磐線の混雑緩和を意図しており、そのため当初は常磐新線と呼ばれていた。その計画が具体化するのは、平成元(1989)年の「大都市地域における宅地開発及び鉄道整備の一体的推進に関する特別措置法」成立による。同法は成立時期からしていわゆるバブル経済で狂騰した不動産市場を静める意図があったと思われる。都市計画をしっかり確立し、公的に面開発し、一連の計画のなかで一体的に鉄道新線を通すというもので、極めて理想的な法律である。もし同法なければ、TX沿線は小規模乱開発に蚕食され、どうしようもなく乱雑な都市に変貌していた可能性さえ指摘できるのである。

 TXを運営する首都圏新都市鉄道株式会社が設立されたのは平成 3(1991)年、同社が第一種鉄道事業免許を取得したのは翌平成 4(1992)年。半ば結果論とはいえ、この時期もまた良かった。なぜなら国鉄が民営化された後、住宅開発余地が充分に残されていたのはJR各路線沿線に限られており、とりわけ常磐線沿線には広大な後背地があり、利用者数が急伸し続けたからである。そのため「あの」 103系が15連で運用される路線になってしまった。常磐線には平行する競合路線が存在しないため、利用者が集中していたことは明らかで、混雑緩和のためのTXというロジックは説得力があり、誰にも受け容れやすいものがあった。

 しかし、たった十年で日本社会は大きく変質してしまった。バブルに浮かれる高度経済社会から、少子高齢化社会へと。勿論、以前から変化の兆しはあったはずで、単に気づかなかっただけかもしれないが、それゆえに変化が劇的に感じられることも争えない事実であろう。

 平成12(2000)年の運輸政策審議会第18号答申において、TX東京−秋葉原間は「今後整備について検討すべき路線」に格下げされている。TXの守谷以北各駅、例えばみらい平やみどり野や研究学園都市などに、計画どおりの人口が定着するのか、確実な見通しは得られていない。都心側を見ても、例えば六町は低層住宅地が広がる地域で、たとえどれほど便利になっても、人口が増える余地が実は乏しかったりする。

 競合条件も厳しくなっている。需給調整規制が撤廃されて、どの交通事業者も保護されない以上、さまざまな手を尽くしている。常磐線は通勤快速の設定など梃子入れを図っているし、高速バス各社にも例えばメガライナー投入でコストダウンを図りながら路線生き残りをかけるなど、多くの動きがある。

 TXは、これらの競争を克服していかなければならない。競争するにあたって 130km/hでの高速運転は大きな武器になるし、運賃水準を他の第3セクター鉄道と比べ低く抑えているのも強い意識のあらわれといえよう。学校の二学期が始まる前に開業を果たしたのは、高校生の通学定期券をより多く獲得するという観点からは、大きな意味があるところだ。

 以上を総合すれば、TXの前途は必ずしも平坦といえないかもしれない。しかしながら、沿線地域開発の輿望を担っているし、「競争と協調」のモデルケースになりうる路線でもある。沿線地域を含めどのように育っていくものか、今後の発展を願う次第である。





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