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足立区コミュニティバス「はるかぜ」第Ⅹ弾の驚天動地



和寒  2007年 5月13日





■驚天動地の「はるかぜⅩ」

 筆者自宅近くには、ひどい道路がある。センターラインが引かれているほど、幅員だけはそれなりあるため、一瞥する限り立派な道路に見えないこともない。ところが、線形が畦道由来で、最小曲線半径や緩和曲線といった概念がすっぽり抜け落ちているから、自動車が走るにはまったく適していないのである。ほとんどカーレースのシケインであるかの如く、ジグザグささくれ立っているがゆえに、ひどいと形容するしかないわけだ。

 こんな道路に「はるかぜ」が走ったら面白いな、という子供じみた妄想は筆者においても実はある。しかしながら、そんな路線は実現しないだろうという確信も同時にあった。というのは、すぐ西側を尾久橋通が並行しており、都バス里48系統が日中でも10分間隔で運行されているからだ。さらにいえば、この道路沿線の人口密度は足立区においては低く、ところどころ農地も残るのどかな場所柄でもある。だから、「はるかぜ」を設定しても、経営が成り立つはずがない、という思いこみが筆者にはあった。

 そんな道路に「はるかぜ」が走るというのである。驚かずにいられようか。

路線図





■見沼代用水の涯

 「はるかぜⅩ」が走る道路は見沼代用水の末端の一つに沿っている。今では暗渠となり、昔日の面影はないに等しいが、そうと言われてみれば確かにそれらしい痕跡がうかがえる。そんな畦道由来の道路を「はるかぜⅩ」は行く。

はるかぜⅩ
畦道由来の道路から左折する「はるかぜⅩ」。手前側の柵で囲まれた部分が、見沼代用水末端を暗渠化した痕跡といわれている。
環七あみだ橋交差点南方にて

 ここが最初のシケインカーブ。左手の公園に沿う柵は、どう見てもガードレールでなさそうだ。元の水路に沿う欄干と考えれば、往年の雰囲気が浮かび上がってくる。古い地図から按ずるに、この道路に沿って見沼代用水の末端があったことは確実である。おそらくは水路に蓋をかけ、道路拡幅の用地を生み出したものと推察される。それにしても線形の悪さは覆えないが。

はるかぜⅩ
ジグザグのシケインカーブを進む「はるかぜⅩ」。左側の柵は、もと水路に沿った欄干か。
元木町第二アパート付近にて

 次いで二番目のシケインカーブ。ちょうど上下方向の「はるかぜⅩ」が離合するところで、画面奥への見通しがきかないものの、急曲線が連続する難所である。普通車でも難儀する地点であるから、バスが進むにも苦しさが伴うに違いない。

はるかぜⅩ
ジグザグのシケインカーブで離合する「はるかぜⅩ」。
興本扇学園付近にて

 ……ちょっと待て。「はるかぜⅩ」は常時二台運用ということか!?





■利用者何名で成立か?

 「はるかぜⅩ」は平成19(2007)年 4月14日から運行開始した。時刻表を見ると、若干のイレギュラーはあるものの、おおよそ25分間隔での運行となっている。西新井駅西口→扇いちょう公園間の所要時間は12分程度で、ギリギリの線を追求すれば一台でも辛うじて回すことはできそうだ。実際にはほぼ常時二台運用となっており、むしろ充分すぎるほどの余裕を持って、運行されている。

 おそらく「はるかぜ」全路線のなかで収益性が最も低いと思われるだけに、敢えて常時二台運用にしている理由が見えてこない。常時一台運用であっても、必ずしも収益を確保できるとはいえなさそうだから、尚更だ。日立自動車交通の意図がいったいどこにあるのか。せめて直接人件費だけでもカバー可能となるような条件を模索してみよう。

   乗務員  :常時2名
   拘束時間 :6〜22時の16時間
   乗務員時給:1,500円/時(日立自動車交通のタクシー乗務員求人広告より仮定)
   運行本数 :70本/日
   直接人件費:2×16×1,500=48,000円/日
   必要利用者:48,000÷(70×200)=3.4名/本

 なんと、バス一本あたり 4名の乗車があれば、直接人件費くらいは賄えてしまうわけだ。乗務員が非正規雇用で、時給 1,200円/時程度ならば、バス一本あたり 3名乗車でクリアできる。

 では、実際の利用状況はどうか。筆者が実見した限りでは、最高が 8名(平日朝・休日昼)で、通常は1〜2名程度というところ。平均すれば3〜4名を超えるかどうか、という線と想定される。つまり、今の利用状況が続く限り、運賃収入は直接人件費と釣り合う程度にとどまっているといえる。

 勿論改めていうまでもなく、直接人件費だけではバスの運行はできない。燃料費も必要だし、バス購入費用を償却しなければならないし、本社管理部門に係る経費も相応に分担しなければならない。よって、「はるかぜⅩ」が利益を上げているかどうかは怪しい、とみなさざるをえない。いくらなんでも、見通しも立たないまま無謀に開業にこぎつけた、とは思えない。開業前時点で、需要や採算性はそれなりの蓋然性を持って予測できるはずであろう。であればこそ何故、日立自動車交通が運行を決断したのか、謎が深まるばかりである。

 それにしても、たった数名の乗車で直接人件費くらいはなんとかなることがわかって、かなり驚いた次第。バス運行の損益分岐点は相当低い水準にあるようだ。





■ありうる可能性

 「はるかぜ」も路線数が増えていることから、日立自動車交通の場合、第1弾・第9弾とあわせ内部補助をしている可能性がまず指摘できる。あるいは、「はるかぜⅩ」の運行間隔を30分に伸ばし、常時一台運用として、損益分岐点を大幅に下げる工夫がされるかもしれない。このへんが穏当な読みだろう。

 しかし、ここでは敢えて、大胆な裏読みをしてみたい。30分間隔運行にすれば常時一台運用が可能であることは明瞭であるというのに、25分間隔運行という中途半端な運行間隔を設定した点に、日立自動車交通の積極性がうかがえるからである。

はるかぜⅩ
環七を走る「はるかぜⅩ」。道路幅員の広闊さに比べ、車体のなんと小さいことか。
環七あみだ橋交差点付近にて

 公式見解は存在しないに等しいが、「はるかぜ」には運営費補助が出ていないとされており、その定説の確度は高い。とはいえ、本当にそうか。いわば「裏スキーム」のようなものが存在している可能性はないのか。

 以上のように疑うのは、「はるかぜⅩ」から「はるかぜⅠ」への乗継割引が設定されているからである。無料乗継券発行というから、「はるかぜⅠ」終点まで乗り通しても運賃は 200円にとどまる。地理的状況として、「はるかぜⅩ」沿線では行政サービスが極めて手薄である。区民事務所でさえ遠く離れており、行政手続をするためには足立区役所まで行かなければならない。そして、「はるかぜⅠ」は足立区役所を経由するのである。

 それゆえ例えば、乗継割引部分に補助が出ているのではないか、と疑いたくもなるのである。「はるかぜⅩ」の性格は、客観的にいえば、実需に裏打ちされて利益を上げる路線というよりむしろ、福祉的行政サービスの一環という色彩の方が濃厚であろう。かような路線が安定経営可能かといえば必ずしもそうではなく、行政からの補助が求められる部分も少なくないだろう。であるならば、運営費補助を出さないという建前が、なんらかの形で打破されている可能性に思い当たらざるをえないのである。

   乗継利用者:4×70×10%(仮定)=28名/日
   割引額  :28×200×365=204.4万円/年

 乗継割引総額補助と仮定してもこの程度の数字、しかもこの程度の補助を受けるだけで「はるかぜⅩ」経営はおおいに好転するのである。足立区における議会承認を要する予算の閾値はわきまえないが、所管部局の判断だけで拠出しうると仮定すれば、よほど丹念に情報を拾っていかないと、事実をあぶり出すことは至難であろう。

 残念ながら事実は不明であって、以上は全て想像にすぎない。それでも「実はこんな裏スキームが存在するのではないか」と疑わせるに足るほどの状況があることは確かである。「はるかぜ」もここまで増えてきたからには、裏スキームの有無に関わらず、足立区には相応の説明責任があり、さらには積極的な情報開示が求められるはずだが、如何なものであろうか。



■補足というよりむしろ蛇足だが……

 先に日立自動車交通の直接人件費を 1,500円/時と仮定した根拠について。これは同社の求人広告(タクシー乗務員)に初任給30万円/月を保証する、と掲げられていたことによる。 8時間勤務を22日するならば、時給換算で 1,700円/時となる。バスはタクシーと異なり水揚げ額が低いから、これと比べやや低め 1,500円/時が最低限度の線と仮定したわけだ。ちなみに月給換算すると26.4万円/月であり、賞与なしの年収換算では 317万円となる。森永卓郎いうところの「楽しく生き抜く」時代的な、まさに最低限度の所得水準であることに留意すべきではないか。

 そして「初任給30万円/月保証」といっても、手取り30万円/月の保証とは限らない点に、さらなる留意が必要である。もし仮に、30万円から社会保険などが控除されて乗務員の手に渡されていくならば、実際の手取りは数割目減りしているのみならず、先に記した「直接人件費」のなかに「間接人件費」に類する部分が含まれていることになる。

 仮定として、社会保険などの控除が 2割あるとしよう。時給が 1,500円/時であるならば、手取りは 1,200円/時ということになる。ここで、雇用形態が非正規雇用であるとし、時給が 1,200円/時に設定されるとしよう。乗務員側からすれば、雇用形態が異なっても、給料の手取り額面は変わらないから、見た目上の損はない(社会保険に関する機会損失という大問題はあるが)。そして会社側からすれば、実際の支出を落とせるという実に多大なメリットが生じることとなる。

 仮定の上に仮定を重ねる話なので、迂闊な断定は禁物であると承知しつつも、雨後の筍のように林立するコミュニティバスの現状を見ると、これを下支えしているのは、社会的にいえばほぼ最低水準(おそらく年収 300万円台かひょっとするとそれ未満)に近い給与体系のただなかにある乗務員たちではないか、と連想せざるをえない。

 コミュニティバスの導入によって、沿線に住む方々は、従前にまさる利便性を享受することになる。しかしながら、コミュニティバスの経営を成立させている条件が、以上まで仮定してきたような合理的経営を極め尽くす点にあるとすれば、一抹ならぬ不安と恐怖がつきまとう。このような経営手法は、必ずや模倣され、社会の隅々まで伝播していくことになろう。近頃世間に流布しつつある、いわゆる「下流社会」が完成するのは、そう遠い未来ではないかもしれない。





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