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Ⅳ.未探訪編(15路線)

鉄道廃線跡探訪紀行・岩手県編


1.「公民館に残るトロッコ」〜花輪鉱山〜

区間:花輪鉱山内?

開通:不明

廃止:不明

岩手県、安代町内の某公民館? に説明書きもなく、鉱山用の機関車とトロッコが保存されていると聞いたが、おそらく町内にあった花輪鉱山の鉱山軌道で活躍していたものではないだろうか。


2.「文献に記された軌道」〜久慈の砂鉄運搬軌道〜

区間:久慈市白山〜久慈港

開通:不明

廃止:不明

「みちのくの砂鉄・いまいずこ」(田村栄一郎著、熊谷印刷、昭和62年)という本に、岩手県久慈市白山付近から久慈港近くの工場まで砂鉄を運んだ軌道の記載があり、写真も掲載されている。

ディーゼルもしくは、ガソリン式の機関車がトロッコを引く写真などが載っていた。


3.「本当か?」〜岩泉町未成線〜

区間:浅内駅〜小川方面

開通:不明

廃止:不明

岩手県岩泉町出身の方から、岩泉線浅内駅から小川へと向う国道340号線脇に建設途中で放置された鉄道のものと思われるコンクリートの、のり面があると聞いたが、本当だろうか。

未成線? 、それとも鉄道廃線跡・・・ ? 。いったい何か。


4.「ファンの聖地」〜日本粘土鉱業岩手鉱業所〜

区間:岩泉町名目入

開通:不明

廃止:平成8年5月頃

岩手県岩泉町名目入にあった日本粘土鉱業には、鉱山軌道トロッコが走っていた。

鉱山軌道トロッコファンにとって知る人ぞ知る有名なところであった。

インクラインなどもあったようだ。

岩手にいながら、そんな名所を見る機会もなく消えてしまい、寂しい限りである。


5.「場所不明の軌道」〜川井村の石材運搬軌道〜

区間:川井村夏屋

開通:不明

廃止:不明

岩手県川井村の国道106号線沿いにある「北上山地民俗資料館」に、石材運搬のトロッコの車輪が一つガラスケースの中に保存されている。

説明に夏屋と地名があり、地図で探すも場所がわからなかった。痕跡はどうなっているのか。


6.「観光用SLも走った貨物線」〜宮古港線〜

区間:山田線宮古駅〜宮古港

開通:昭和18年11月22日

廃止廃線:昭和59年2月1日

山田線宮古駅から宮古港まで国鉄の貨物専用線が延びていた。

宮古市に住んでいた幼少の頃、この線路沿いを歩いたり、終点の宮古港に貨車がたくさん留まっていたのを見た。

宮古港線が廃線となってからは歩いていないが、痕跡はどうなっているのだろうか。

宮古港線廃止後の昭和62年夏(7月19日)と平成2年の正月(1月1〜3日)には、かつて同じ宮古市のラサ工業の貨物専用線(後述)で活躍していたC10-8型蒸気機関車が、観光用としてお客を乗せ走った。

同機は現在、蒸気機関車の運行で名高い静岡県の大井川鉄道に移り活躍中である。


7.「晩年までSLが活躍」〜ラサ工業線〜

区間:山田線磯鶏駅北付近〜ラサ工業

開通:不明

廃止廃線:昭和61年11月

山田線宮古駅〜磯鶏駅の間から、ラサ工業という大きな工場まで貨物専用線が延びていた。

宮古市に住んでいたころ、宮古市内の閉伊川の堤防に寝転ぶと、対岸のラサ工業線のディーゼル機関車の入れ替え作業が工場の合間から見て取れたのが懐かしく感じられる。

ラサ工業の貨物専用線の廃線後は見ていないがどうなっているのだろうか。

このラサ工業の貨物専用線は、国鉄からの蒸気機関車C10-8が在籍、国鉄のSLが全廃後の昭和54年4月まで走り、ファンには貴重な存在だったようだ。


8.「不明の林鉄」〜豊間根森林鉄道〜

区間:山田町豊間根

開通:昭和10年

廃止:昭和35年

山田町豊間根に森林鉄道があったが、旧地図に載っていなく場所は不明である。

岩手県沿岸域では、唯一の森林鉄道だったようで、いったいどの辺りを走っていたのか気になる。


9.「釜石線から見えた坑口」〜釜石の鉱山軌道〜

区間:釜石市大橋付近?

開通:不明

岩手県釜石市大橋の釜石鉱山の軌道は石灰や天然水の輸送で現役のようだが、これとは別に釜石線陸中大橋から釜石へ向かう途中、車窓から見える山裾に鉱山軌道トロッコがあった。

昭和50年末のことだ。

小さなトンネルから少しだけレールが顔をだしていたが、車両などは目にしたことはなかった。

付近には、工場などの建物はなく空き地が広がるのみで非常に簡素なものだった。

陸中大橋から洞泉もしくは、松倉間の南側の山にあったものだ。

廃線となったのかどうかは不明だが、現在どうなっているのかか気になる。


10.「廃止後50年以上」〜橋場線〜

区間:雫石〜橋場

開通:大正11年7月15日

廃止:昭和19年10月1日

岩手県を走る田沢湖線は、開通当初、橋場線と言い、秋田県側とはつながっておらず盛岡から仙岩峠の麓、雫石町橋場までの非電化路線だった。

しかし、雫石〜橋場は休止(廃止? 、文献には休止と記載)となった。廃止廃線後すでに50年以上たっているがその痕跡はあるのだろうか。


11.「あったのは隣り町?」〜湯之沢森林鉄道〜

区間:沢内村? 湯之沢付近

開通:昭和19年

廃止:昭和37年1月27日

地図からは、地名がみつからず場所は不明である。

文献では沢内村とあるが、町村境の湯田町側には湯之沢川というのがある。こちらのことだろうか。

前述の鶯宿森林鉄道での沿線の方のお話しにあった「村内の別のところにも軌道があった」ことと関係があるのだろうか。


12.「客車が展示保存」〜和賀軽便鉄道〜

区間:黒沢尻〜岩崎村

開通:明治40年7月4日

廃止:大正11年3月22日

岩手県の東北本線北上(旧黒沢尻)駅から岩崎村(現和賀仙人駅付近? )までの馬車軌道・トロッコ鉄道であった。

北上市立博物館、岩崎地区公民館(北上市)に和賀軽便鉄道の客車が展示保存されている。


13.「ダムに水没」〜北上線旧線、和賀仙人〜ほっとゆだ〜

区間:和賀仙人〜ほっとゆだ(旧、陸中川尻)

開通:大正13年11月

廃止:昭和37年12月1日

岩手県を走る北上線和賀仙人からほっとゆだ(旧陸中川尻)の間は、かつて、現在の湯田ダムの中を走っていたが、ダム建設により現在の線につけかえられた。

ダムの水が干上がると今でもトンネルや道床などの鉄道廃線跡が見えるそうだ。


14.「総合試験地連絡線とは?」〜夏油川森林鉄道〜

区間:北上市岩崎〜夏油温泉?

開通:昭和14年

廃止:昭和39年3月30日

北上市岩崎付近から夏油川沿いに延びていた森林鉄道である。

総合試験地連絡線という?な支線もあったようで、興味深い。


15.「池に沈むトンネル」〜東北本線旧線、一関〜清水原〜

区間:一関〜清水原

開通:明治23年4月16日

廃止:大正13年

東北本線一関〜清水原間には、現線の東側を通った旧線があった。

この東北本線旧線の途中には、信号所があったようだ。

現在は、池に浸りながらもトンネルが残っているそうだ。


鉄道廃線跡探訪紀行・岩手県編

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