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Chang! 韓国遊学日記2003年5月 △TOPへ
卒業写真のシーズンです 「何のための派兵か?国益のためか?」 by学生会 | ◆5月1日(木)勢いトーク 木曜は、楽しいものの大変な、講義2つの日。 午前の都市計画設計では、この先木曜の休講が多くなるというわけで、課題が出された。忠州大学キャンパスの中で、①問題点を探す②4個所に愛称をつける、という、まあ簡単な課題だと思っていたのだが、4人グループでまとめ、なんと発表までしなければならないという。 同い年のテウン君、ヨンソン君が、同じグループになった。こんな外人が同メンバーでは大変だろうけど、僕にとっては友達づくりのいい機会。日本でプレゼンの経験はあるし、少しでも力になれるよう、できる限りがんばろう。授業の後で昼ご飯を一緒に食べながら、大学キャンパスに問題があるか聞いてみれば、 「問題だらけだよ」 忠州大キャンパスは反面教師か。 午後は、鎮教授の交通政策論。日本語が堪能で、留学生の担当(世話役?)でもある鎮教授だが、韓国語での授業は他の先生より聞き取りが難しい。善し悪しではなく、しゃべり方や言い回しによるものだと思う。 市場金利の話の中で、日本の金利について韓国語で問われたが、またも聞き取れなかったし、日本の今のおおよその金利「0.05%」を「10.010%」などと、訳のわからない答えをしてしまった。ああ、恥ずかしい。 夕方、その政策論の講義の先輩であるスンギ兄から、メシに誘われた。相変わらずこういうシュチエーションでは話のキッカケを掴むのに苦労するけど、酒が入るにつれてテンションが上がるのは、以前と同じ。焼酎・真露の小瓶が3本空く頃には、多少の文法的間違いは気にせず、ベラベラ楽しく喋っていた。ただ、 「セックスの経験ありますか?」 こんな質問には、一気に酔いが醒める。韓国では、ちょっと親しくなればこんな質問もアリだそうだ。どう答えるのが模範解答なのかしら。 その後はお決まりのカラオケに行って、寄宿舎に帰ったのは10時頃。酔った勢いでルームメイト君と交わした会話。 「なんで俺には彼女いないんだろ!」 「努力せにゃ〜 顔かっこいいんだし」 「でしょ!?」 「でしょ!? じゃねーよ! いや、そんなことないよ、っていうものだろ」 「日本語でもそう言うね」 「なんで俺にはそう言わないの!? じゃあもう一回ね。顔かっこいいんだし」 「はい」 「こらっ!!」 |
チュクー試合中 | ◆5月2日(金)学生社会学 5時から、なんでも我が「笑顔」対「ESC」英語トンアリのサッカー戦をやるらしい。来週から学内の体育祭が始まるのだが、その予選のようなものだろうか。もとより僕は見学だが、写真係を仰せつかった。 が、グラウンドの予定が他の試合とかぶったために、30分ほど使えただけで終わってしまった。グラウンドのスケジュール管理なんて、もとより存在しないのかしら。というわけでサッカーは来週に延期になり、今日はチョックーの試合に変わった。 チョックーとは足で蹴ってやるバレーで、韓国では結構ポピュラーなスポーツだ。見てる分には楽しいが、難しいんじゃないかな。試合は、1セット対2セットでESCの勝利に終わった。 その後は2者交えて、広場に車座になっての飲み会が始まった。最初は2者の間に、なんとなく「線」が出来ていたように見えたけど、だんだんと距離は縮まっていた。英語と日本語の違いはあるとはいえ、語学を学ぶ者という点で仲間だ。ESCにも友達ができた。 この中で最年長、ホギュ兄の周りでは、会話がヒートアップ。 「なんで俺が、アメリカを嫌いか、分かるか?」 「軍隊ってのは、早く行った方がいいんだ」 なんだか、日本の「居酒屋社会学」みたいだ。大学生でも随分まじめな話をするんだなと思っていたが、そばにいた21歳のESCメンバー曰く「韓国人でも難しいです」と、ボソッと言っていた。 で僕はというと、飲んでる酒が苦手なマッコリである(うまいけど悪酔いする)こと、昨日のお酒が残っていることで、どうも調子が出ない。来週のサッカーの後も飲むのだろうから、その時は弾けるくらい飲んで、いっぱい話そう。 |
◆5月3日(土)一人前 5日月曜は、韓国でも「こどもの日」。日本では近年希に見る、最悪の暦並びと言われているが、韓国では久しぶりの3連休となる。寄宿舎も帰省する人が多く、ひっそりとしてしまった。 といっても僕は旅行するでもなく、遊びに行く予定もない。いつもどおりトンバン(サークル部室)に行ってみると、ホギュ兄から学食の昼ご飯に誘われた。 学食は、ものすごい人だかり。それもスーツ姿のおじさんばかりだ。この日、大学ではコンクリート学会が行われたらしい。一般聴講できる公演でもあれば、参加してみたかったところだ。 ルームメイト君は、帰省するわけでもなく、相変わらず勉強熱心だ。なんでも7月から1ヶ月、カナダへ語学研修にいくらしい。相応の英語力が問われるわけだ。 もちろん、そのためにはパスポートが必要になるのだが、その取得も一筋縄ではいかないそうだ。韓国のパスポートは、日本と同様5年有効の「数次旅券」と、1回限り有効のものがあり、軍隊に行っていない男性は後者しか取得できず、それに加え軍隊からの旅行許可が必要だという。一人前でもないのに、海外旅行などするなということか、いやはや大変だ。 | |
◆5月4日(日)休日の中の平日 連休中日。やはり特にすることもなく、昼にルームメイト君のサークル部室に行ったくらい。コンピューター工学科内のサークルなのだが、今日は他のメンバーはMTに行っていないので、遊びに行ってもOKだったのだ。 MTとは「メンバーシップトレーニング」の略で、それだけ聞くとどんな厳しい訓練だろうと思うが、研修旅行(+飲み会)のようなものだ。各学科とも、休講が多いこの時期に行う所が多い。ルームメイト君は、宗教上の理由で酒を飲めないこともあり、「行ってもつまらない」から行かないとか。飲み好き、集まり好きが多い韓国人だが、その韓国人だっていろいろだ。 連休ではあるが、僕は水木しか授業がないので、休みか否かという点ではいつもと変わらない。友達が帰ってしまったり、図書館が閉まったりという点では、むしろいつもより寂しいくらいだ。それに、人が少ないという理由で、寄宿舎ではお湯が出なくなってしまうのが何より不便。連休なんて嫌いだ、今だけは。 来週は、どっか行こう。 | |
◆5月5日(祝)こどもの日 今日は子供の日。TVでは子供の日特番が流れ、なぜか深夜のFMまで子供番組のノリだった(もっとも、「もう寝る時間だよ〜」とは言ってたが)。それにしても韓国と日本、子供の日の先輩はどちらだろう。 とは言っても、僕は相変わらず手持ち無沙汰。ルームメイトに「のらじょ〜(遊ぼうよ〜)」と言ってみたが、「勉強しろ」の一言で一蹴。というわけで、勉強以外これといってやっていない。 図書館〜部室〜寄宿舎、これ以外どこにも行かなかった黄金週間は、終わった。いつもと違うことといえば、シャワーを2日浴びれていない・・・ | |
ビリヤード場 | ◆5月6日(火)ビリヤード 夕方、ヒョンホ、やすとともに、寄宿舎前のビリヤード場に行った。日本でもビリヤードはやったことがあるが、韓国では日本と違って、ポケットボールは一般的ではない。二つの玉へ、突玉を連続して当てたら得点というルール(なんという名前かは知らないが)だ。 単純なだけに技術を要し、なかなか難しい。やすが、 「危ないよ。はまる」 と言っていたのも、分かる気がした。 |
サロンバスにて スラリと美しい西海大橋 管理事務所の模型 | ◆5月7日(水)①社会科見学 今日は、学科で橋の見学会に行く予定だ。早起きして、集合時間の7時半には行ったのだが、来ていた人はまばら。徐々に集まりはじめたが、結局出発したのは8時半前だった。せめて8時集合なら、飯も食えたのに・・・ 4年生のバスは、後部がサロンのようになっている特別仕様で、僕を含め早く来た人が、大喜びで陣取った。雨なので車窓もよく見えず残念だが、僕らはお構いなし。目的地までガヤガヤ過ごした。4年生の講義には、まだそんなに出ていないので質問攻め。 「韓国と日本の女、どっちがかわいい?」 当の女性から受けると、一番困る質問だ。男からだったら、 「キレイだけどコワイ」 と答えておけば、共感を持たれるのだが。 途中休憩を含め、約3時間で目的地の西海大橋が近づいてきた。ソウルと木浦を結ぶ高速道路の橋で、京畿道と忠清南道の境界にあたる。斜張橋の規模もさることながら、前後の橋の長さや道路の高さもかなりのもの。振り返れば、今渡ってきた橋の全容が広がり、 「わあ、かっこいい」 との歓声が上がった。 橋の途中の島にはサービスエリアがあり、休憩客で大賑わい。瀬戸大橋における与島のようなものだろう。橋の管理事務所もここにあり、韓国道路公社の方から、工事の内容や管理事務所の仕事についての説明を受ける。巨大土木構造物は、作るのはもちろん、地味だが維持管理の対する手間は莫大なものだと感じた。 再びバスに乗り、出発。 「これからどこに行くんですか?」 「さあ・・・」 今日の行程表なんて受け取ってないし、説明もなければ何時に帰るかも分からない。外国人だからではなく、みんなそれは同じようだ。 近くの海鮮鍋屋で昼食。もう帰るのかなと思っていたら、橋のたもとの市公報館に寄り、市の広報ビデオで学習。巨大工業団地と港を造成中で、主要工業都市としての発展を目指しているようだ。またその大型船舶の航行のため、こんな巨大なスパンの橋が必要になったのだ。 その後は、さらに橋の近くまで行きなぜか待機。 「何を待ってるんですか?」 「船に乗るのよ」 わあ、そんなプログラムまであったのか。不自由な足の上、天候も悪く苦労したが、船の上から眺める西海大橋も絶景だった。斜張橋なら日本にはもっと大きな橋があるが、その前後にスラリと続くPMC橋が美しい。構造美とも言えるだろうが、いい景観の創出も充分に考えたのだろうと思う。 これでようやく今日の行程は終了。ちょっとお疲れモードで、帰路は普通の椅子でぐっすり眠って帰った。 |
◆5月7日(水)②孝行 大学に帰り着いたのは、6時半頃。でも「今日」はまだ終わらない。やすの両親がはるばる愛媛からいらっしゃるということで、みんなで飲もうということになっているのだ。 7時前にトンアリ部屋に集合。ご両親は朝早かったのだろうけど、 「飛行機でも車のなかでも、いっぱい寝たから」 と、お元気だ。飛行機はなんでも、SARSの影響で乗客が10人しかおらず、貸し切りのようなものだったらしい。そのあおりで、松山線は来週からしばらくの休航が予定されており、危ない所だったようだ。やすは、両親としゃべる時も時々韓国語が口に出ていて、その混乱はよく分かる。 韓国らしい雰囲気を、ご両親に体験してほしいというやすの思いで、やはりサムギョプサルのお店で乾杯! 韓国焼酎の真露は、うちの両親は苦手だったが、やすの両親は、 「甘くてなかなかいける」 というご意見。韓国式に何度も乾杯していたら、やすは真っ赤に、若干疲労モードの僕も全身にまわった。酔った勢いでの失礼は、たぶんなかったと思うが。 今夜は水安保の常緑ホテルに泊り、明日のバスでソウルに向かうという。ムム、1月2日〜3日の僕と、まったく同じシュチエーションではないか。というわけで、やすには、 「くれぐれもバスターミナルでこけないよう、気を付けろよ」 と念押しして、お見送りした。まあ雪が降っているわけでもないし、大丈夫だとは思うけれども。 | |
◆5月8日(祝)3日後の恩返し 今日は釈迦誕生日で祝日。連休こそ保証されないものの、この時期に休みが多いのは、韓日同様のようだ。また今日は「両親の日」でもある。こどもの日を祝ってもらってから、わずか3日後の孝行。さすがは韓国だ。 | |
優等高速バス オリンピック大橋 教保ビル | ◆5月9日(金)①日帰りソウル 昨日の夜、ソウルの実家にいるジユン(22歳)と電話していたら、急にソウルに行きたくなった。彼は26日から軍隊に行かなくてはならず、今会っておかないと、次にいつソウルで会えるか分からないと思ったからだ。今日はESC 対 笑顔のサッカー戦の試合の日ではあるけど、僕は出れないし、まあいいか。 で、朝8時50分からバス停で市内バスを待っていたのが、この時間ターミナルへ行くバスは極端に少なく、来たのは9時半。ターミナルから乗れたのは、10時発の優等バスだった。運転士さんはおとなしく、8分目のスピードで流していく。なんだか日本の高速バスに乗っている気分だ。真新しい片側3車線の高速道路に、車の姿は少ない。 1時間半で東ソウルターミナルに到着。今日は金曜日。週末なので夕方のバスに乗る人も多いだろうと、予め帰りの切符も買っておいた。地下鉄2号線で、待ち合わせ場所の建国大学前駅へ。活気ある学生街だが、ジユンは184cmの長身なので、遠くからでもすぐに分かった。入隊をひかえている今も大学に通っているジユンだが、サークルにはあまり姿を見せず久しぶりだ。 入隊を前にどんな気持ちか聞いてみれば、 「今まで行く友達には『生きて帰ってこいよ』って言ってたけど、いざ自分が言われると・・・」 「じゃあ、何て言うのがいいかな?」 「普通に『行ってらっしゃい』と言ってくれるのが、一番いいです」 なるほど。生きて帰ってきて欲しいのは、正直な気持ちだけど・・・ ところで、帰りの切符をすでに買ったことを言うと、 「今日は金曜だから週末じゃないですよ」 そうなのだ。週休2日が一般的でない韓国では、明日も会社と学校なのだった。 久々に東大門界隈に行って、お買い物。この体では歩き回ることもままならないから、最初からターゲットはフレヤタウウンの4階に絞っていた。いい鞄を見つけ、他のお店も回ってみたけどそれ以上のものはなし。お店のおばちゃんの、 「これ以上のものはなかったでしょ!」 という自信も気に入り、5万ウォンで買った。夏服も一着、さらに韓国最大の書店・教保文庫で韓国語の教材を買えば、財布には1万ウォンも残っていなかった。 |
明洞駅 | ◆5月9日(金)②疑惑 その後は明洞に移動し、ソウルまで出てこられている、やすとご両親に再会。僕が帰りの切符を買ってしまったものだから時間がなく、30分ほど喫茶店でお話しした。今日は、世界的にも有名なコメディーパフォーマンス「ナンタ」を見にいき、やすは舞台に上がらされ出演までしてしまったそうだ。「めちゃくちゃ緊張した!」そうだけど、貴重な経験になったよう。僕も見に行ってみたい。 ジユンは少し日本語ができるのだが、さすがにご両親の前では緊張。日本語で自己紹介しろよと言ってみたら、 「あ・・・あ・・ チョヌン・・・」 韓国語じゃん! でも、僕が日本で韓国語を少し習っていた頃にこんな事があったら、恐らく同じ状況になっただろう。ちょっと意地悪しちゃったかな。 時間も押してきたので、やすとご両親、ジユンとはここでお別れ。あと2日、いい旅にしてください! 特に最終日は気を付けて・・・ 十分に余裕を持って出たので、バスの時間の30分前には到着。なるほど、切符売場の列もバスに乗る人も、日曜の比ではなかった。帰路は飛ばし屋の運転士で、ソウル市内の渋滞にも関わらず忠州大前まで1時間25分だった。 そうそう、ソウルからのバスの場合、頼めば忠州大前で降ろしてくれるサービスがあるのだ。降りたい時には、手前で運転士さんに頼まなくてはならず、この運転士さんの場合、頼んでも何の返事もなし。ホンマ聞いとるんかいなと思っていたら、手前の交差点で無言で扉を開けてくれた。ああ、おっかない。 ところで、買った鞄を見れば見るほど、日本の友達が持ってた鞄にそっくり。タグをよーく見てみると、あの「吉田鞄」の名前が。吉田鞄が5千円なわけないじゃん! このタグを見てたら買わなかっただろうな。ああ・・・ 万が一にも本物なら、こんなにいい買い物はないと思うが、 さてさて。 |
◆5月10日(土)防災 昨日のソウルで印象に残った場所・・・ それは、地下鉄の駅構内、電車内だった。 駅ではホームの液晶テレビで、電車のドアを手動で開ける方法を、繰り返し流していたし、電車のドアにもしっかり掲示してあった。さらに車内放送でも説明が入り、乗客がドアコックの位置を確認しているのも見た。 その理由は、言わずもがなであろう。あんな大惨事はそうそう起こらないだろうし、そうあってほしいけど、平時からの備えは肝要だ。 ただ、防火対策として、電車のシートをステンレス製に取り替える計画だあるとかで、それはちょっと・・・お尻がきつそうだ。市内の短区間の乗車ならまだしも、郊外から乗れば1時間を超えることもあるのだ。 難燃性のシート生地を開発するまでの過渡的な措置らしいが、そんな二度手間かけるくらいなら、技術のある国からの輸入に頼った方がいいのではと思うのだが。それとも、世界最高水準の難燃性生地を開発するのだろうか。 今日は友達と、都市計画設計のグループ課題をやる予定だったが、携帯メールしてみれば「明日やろう」。だったら、昨日ソウルに泊まればよかった・・・ | |
◆5月11日(日)安かろう・・・? 韓国に復帰してからもずっと、骨折した部分を保護するために装具を付けていたのだが、今日から外してみることにした。 都市計画設計の課題のため、同級生2人とキャンパス内を一周。街作りと同様、キャンパス内の計画も自動車優先に考えられていることを、改めて感じる。一方通行化して歩道のスペースを作ったのは改善点だろうけど、歩行者としてどう歩いたらいいのか分からない道は、依然として多い。 そんな「あら探し」のために結構歩いたが、足はなんともなかった。よしよし。 ところで、ルームメイト君やヒョクチャン兄曰く、韓国の美容室では髪の脱色が2万ウォン、ストレートパーマも3万ウォンくらいでできるらしい。おお、かなり安いじゃん。天然パーマ直してみようかなと思ったのだが、ルームメイト君曰く、 「俺の友達、ストレートパーマして一回は成功したんだけど、二回目は失敗して坊主にしてしまった・・・」 やーめた。 | |
◆5月12日(月)見送る側の心境 現像を頼んでいた写真を、ロッテマートに引き取りに行くついでに、久々に近くの「金剛大衆湯」に行ってみた。市内にありながら温泉水を使っているここは、お気に入りの風呂屋だ。サウナに出たり入ったりを繰り返し、プールのようなでかい水風呂で「リハビリ」に励んだ。 午後に学校に戻ってみれば、やすが金髪になってる! あと二回、美容院に行くうちに更なる変化を遂げるそうだ。本人いわく、日本にいる時は絶対やらなかったけど、韓国ならどちみち「外国人」という目で周りが見ている(多少おかしくても「日本人はこうなんだ」で片付く)から、突飛なことをやるのも抵抗がないんだとか。 なるほど、一理ある。昨日は「やーめた」なんて思ったけど、やっぱり何かやってみようかな。いっそ、韓国といえば!というわけで、「整形手術」なんて・・・ 入隊を再来週に控えたジユンは、忠州大に通うのも今日を含め、あと3日。激励を兼ね、やすと僕で飲みに誘った。ずいぶんぶっちゃげた話で盛り上がってしまったが、 「軍隊に行けば誰にも会えないんだから、恐いものなしです」 はは、なるほど。 その勢いで、明日もオールで飲んじゃおうという話になった。冬に軍隊に行った友達も何人かいたのだが、あんな事態になってしまったから、激励も送別会もできぬままだった。ジユンの時間が許すなら、しっかりと送ってやりたい。 それにしても、「兵役」というシステムは日本にないだけに、それを見送る気持ちというのは、いまだ慣れないものだ。韓国男性の大人になるための通過点として、めでたいことなのか。ただ無事を祈りたいだけのか。自分の心境も、うまく表現できない。 | |
◆5月13日(火)眠い 留学前半戦(12月まで)にかかえていた悩みが、再燃しはじめた。眠くてしょうがないのだ。最近の睡眠時間は9時間にも及ぶが、なお眠い。今日も朝食が食えず、寄宿舎の売店でパンを買っていたら、おばちゃんから「ちゃんと朝ご飯食べなさい」と、笑顔抜きで怒られた。 ルームメイト君は、7月からのカナダ短期研修にむけて本格的な勉強モードに入っていて、 「昨日は6時間しか寝てないけど、きつくなかった。明日は4時50分に起きるから」 と、ずいぶん対照的な生活をしている。こんなとき、結構劣等感感じちゃうんだよな。起きている時間が短い上に眠いんじゃ、ろくに勉強もできない・・・ なんて言っているわりに、夕方はビリヤード場、メシ、ゲーセンと遊び三昧だった。韓国にきてから初めて、店でラーメンを食べたが、噂どおりただのインスタントラーメン。具はちゃんと入っているものの、麺はほぐれてもいない。日本のラーメン屋が見たら、どう思うのだろう。 夜の飲む予定は、先輩の急な用事でおじゃんになってしまったが、少しは勉強しろという天からのお告げかな。 | |
◆5月14日(水)共同生活 韓国復帰を果たして、はや1ヶ月。短いようで長いようで、やはり短い。うかうかしてると、月日は風のように流れていく。 寄宿舎の門限は11時15分。20分からは点呼なので、その時間には部屋に戻って待機しなくてはならない。といっても仰々しいものではなく、いるかいないかの確認があり、館内放送で諸注意が流れるだけのものだ。 この館内放送、韓国に来たころには全く聞き取れなかったが、最近半分くらいは分かるようになってきた。 「シャワー室で、煙草を吸っている人がいるようです。どうやって吸っているのかは分かりませんが・・・」 「外泊申請書に○○号室と書いて申請した人がいますが、この寄宿舎に○○号室はありません。どう処理したらいいのか・・・」 たまに、こんな面白い放送もある。 ただ、前学期に比べて管理の「締め付け」が厳しくなった気がする。1学期で新入生が多いからかも知れない。抜打ちで電気毛布の検査が行われたこともあったし、今日は部屋の中に入ってきて、 「部屋はきれいにしないと・・・明日来るから、それまでに整理しておくように!」 とのお達しがあった。 ま、俺もルームメイトも、あまり整理整頓できない方だからな・・・ | |
◆5月15日(木)先生の日 子どもの成長を祝う日は「こどもの日」、両親に感謝を捧げる日は「両親の日」。では恩師に対する感謝を捧げる日は? そう、それが今日5月15日「先生の日」(師匠の日)だ。 何があるのか全くわからぬまま、とりあえず都市工学科に行ってみれば、 「先生、いつもありがとう!」 といった感じで、学生がネクタイやら花やらを渡している。なるほど、父の日、母の日をそのまま先生に置き換えた感じだ。ごめんなさーい、僕は知らなかったから、何も用意してません。 10時半からは、学生主催の感謝会。学生側からは、 「気を付け、敬礼!」 「ありがとういございます!」 そして教授側からも、 「このような会を開いていただき、ありがとうございます。我々も頑張りますので・・・」 と挨拶を返し、最後は「恩師の歌」(僕は口パク)で締めくくられた。 なるほど、先生の日だ・・・ 日本だと、先生の転任の時や、学生の卒業の時には、なにがしか感謝の気持ちを伝えることもあるけど、日頃の感謝を伝える機会というものは存在しない。日本にいるときは、先生の日なんてないから何も思ってはいなかったけど、こうして韓国の先生の日に触れてみると、こんな日もいいなと思う。 日本にもできないかなと思うが、バレンタインデーや「孫の日」みたく、どこかの会社が旗揚げしないと生まれないものかな・・・ それにしても、5日「こどもの日」、8日「両親の日」、15日「先生の日」、そして来週19日は「成年の日」・・・ 韓国の5月は忙しい。 | |
◆5月16日(金)犬 夕方サークル部屋に行くと、ヒョンホが、職場までお姉さんを迎えに行くと言うので、「ドライブだー!!」とばかりに付いていった。場所は、忠州の郊外も郊外。のびやかに広がる田んぼを渡る風が、心地よい。こんな田舎の風景は、日本も韓国も変わらず心安らぐ。 こんな場所にある職場とは、犬の飼育場。 「食用ですか?」 「違います!!」 日本では、韓国人は犬を食うというイメージがあるかもしれないが、全国民というわけではない。ヒョンホ君みたく「うまいよ。肉の中でも一番うまいよ」という人もいれば、お姉さんのように、犬は愛護の対象という人もまた多いのだ。 日本人とは、と断じられないのと同様、韓国人もまたそれぞれだ。 | |
すでに盛り上がってた会場 今週1位・セブン | ◆5月17日(土)やっぱり生放送 昼から、日本語トンアリ(サークル)の新入部員である、南気兄さんの家に遊びにいった。場所は、バスターミナル近くの新興住宅地で、電気屋さんから食堂、サウナ、カラオケ、ロッテリアまで、近所には何でもある。兄さん曰く、 「ここのアパートには、忠州の人の1/3が住んでるんですよ(なぜか敬語)」 しかも、この10年間にできた街だという。街並みはきれいで、違法駐車が多いこと以外、なんだか韓国にいる気がしない。 南気兄の家は一戸建て住宅で、1階は家業である「おしぼり」の洗濯工場になっている。業績は好調のようで、家はのびのび広く、車も高級車、TVはなんと50インチサイズ。うーん、うらやましい。もっとも、南気兄自身も仕事はよく手伝っているようで、そこは僕と同じ自営業の息子だ。 ところで今日は、MBC文化放送の音楽番組「音楽キャンプ」の出張公開録画が、5時から郊外の運動場で開かれる日だ。この番組は各局の音楽番組の中でも一番好きで、いずれソウルまで見に行こうと思っていたほど。忠州まで来てくれるとなれば、願ったりかなったりで、楽しみにしていた。 ゆっくりお昼ご飯を食べて、近所のサウナに行っていたら午後4時過ぎ。ちょっと出遅れたかなと思って会場に行ってみれば、あれ、もう番組の中盤!? 5時からの録画ではなく、4時からの生放送だったのだ。おかげで半分ほど見逃してしまいショック。 それでも、今をときめく人気スターの歌声を生で聞けたし、女の子たちの黄色い歓声に包まれる会場の雰囲気も体感できた。 「MBC音楽キャンプ、来週は原州よりお送りします」 来週は原州まで行くか? 夜は南気兄の女友達を呼んで、市内で飲もうということになっていたのだが、女の子たちは今日はあまり遅く帰れないというので、市内のビリヤード場で1時間ほど打つことになった。堤川の大学に通い、中国料理に関心を持ってるというその女の子は、ビリヤードの腕前もなかなかのもの。 このビリヤード場は、日本でもおなじみのポケットボールの台を備えていたが、台に寄り付いてたのは僕らだけ。やっぱり韓国では「4球」こそビリヤードなのだ。 そのあとは、南気兄と二人で杯を交わし、レンタルビデオ屋で借りた日本映画「ウォーターボーイズ」を見終われば午前3時。こんなに遅くまで遊んだのは久しぶり。どうも、なにからなにまで、おごちそう様でした!! |
◆5月18日(日)健康志向 そのまま南気兄の家に泊めてもらい、午前中はおしぼり配達についていった。忠州に住んで数ヶ月とはいえ、車のない僕の行動範囲は限られるから、市内でも知らないところだらけ。それに食堂へのおしぼり配達だから、 「この食べ物といえば、ここ」 というお店は、たいてい知っているそうだ。今度、なにか食べたいものがあったら、南気兄に聞いてみよう。 というわけで、お昼ご飯も「忠州で一番おいしい」という、ヘジャンクッのお店に連れていってもらった。ヘジャンクッとはあっさり系のスープで、中に入っているのは牛の血を固めたもの。おいしいとは思わないけど、レバーよりはクセがなく食べやすい。二日酔いの朝によく食べるものだそうで、何より体にいいそうだ。 この「体にいい」という言葉、韓国ではよく聞く。日本も健康食品は流行っているけど、韓国の場合は、もっと深く日常の食生活に取り入れているようだ。そんな健康的な食事を食べているおかげか、日本にいる時より皮膚はきれいになったけど、風邪をひきやすく疲れやすいのは、なんでだろう、なんでだろう。 夕方から夜にかけては、寄宿舎でおとなしく過ごした。 | |
◆5月19日(月)夏まっしぐら もう夏だ! そんな天気が続いてる。僕自身も、半袖半パンで過ごしてる。左右の足の太さがぜんぜん違ってて、ちょっと痛々しい姿ではあるけど・・・ 髪も今日、例の4,000ウォン床屋でさっぱりと刈った。 冬はあれだけ寒かったのに、春から初夏の気候は日本と同じ。2〜3月頃って、どんな感じだったのだろう。体験してみたかった。 | |
出店通り 熱気球も登場 | ◆5月20日(火)祝祭スタート!! 大学前からバスに乗ろうとしてたら、目に付いたのが「交通カード」の読み取り機。忠北地方にも導入されると聞いていたが、機械の取り付けまで始まったのだ。いつから使えるのか、出発待ちの運転士さんに聞いてみたが、早口でよく分からなかった・・・ 前回の検診から1ヶ月たったので、忠州病院に行ってみたのだが、驚いた。内装の改装工事を行ったようで、まるで別の病院のように、きれいになってたのだ。物理治療室も広くきれいになった上、先生も1人増えて、医務服まで変わっていた。先生に毒づく。 「なんで僕がいる時にやらなかったんですか!?」 ちなみに向後診断の結果は、骨はかなりつながったようだけど、レントゲンの角度によってはまだ折れた影が見えるので、走っちゃダメ、とのことだ。まあどちみち、今の筋力では走れそうもないのだけど・・・ 夕方、日本語トンアリの兄さん達とタッカルビを食べて、学校に戻れば、祝祭(学園祭)が本格的に始まっていた。ステージ上では高校生バンドが熱唱、広場を埋めた学生が答えている。でかい本物の熱気球もあがっている。 道路にはずらりと出店が並び、ベロンベロンに泥酔した学生たちが大騒ぎ。日本と違うのは、ほとんどの出店が「学科」の主催であること。客も、たいていが学科内の人なのだそうだ(よって学科の結束度により、集客率は大きく異なる)。 グラウンドの横では、野外「ナイト」(ディスコ)もダンスナンバーをかき鳴らしてる。本物のナイトクラブばりに終夜営業し、「ブッキング」(異性の客同士を、店員が紹介するシステム)まであるそうだ。そのため本当に盛り上がるのは、深夜かららしい。うーむ、学校内で・・・ ナイトにしろライブにしろ、夜中に騒いでもOKというのがすごい。周辺は山と学生街しかないから文句をいう人がいないのか、寒さ対策をした住宅は防音もばっちりなのか、それとも周辺住民が寛容なのか・・・ いずれにしても、祭りは夜の方が盛り上がるのは当然で、それが可能というのはうらやましいことだ。 それに、学生の「参加率」が高いのもイイ。忠州大って、こんなに学生いたの!?と思えるほど集まってる。みんな、お祭り好きなんだろうな。 そしてこの祝祭、金曜まで続く。楽しみな企画も待ってる。 |
1位受賞の二人組み 熱唱スンギ兄 慰労会にて | ◆5月21日(水)1日スター 夜に盛り上がる学園祭。その分、昼は静かなもので、いつもの学校と大して変わらないほどだ。僕の過ごし方も、サークル部屋や図書館で勉強と、いつもと変わらない。 でも、今日の夜は見逃しちゃいけない。歌自慢大会「国原歌謡祭」に、我が都市工学科から、スンギ兄(以前、サムギョプサルをご馳走になった先輩)が出演するのだ。 6時スタートと聞いていたのに、「韓国時間」らしく始まったのは7時。審査員は、各学科の学生会長に加え、ハンナラ党の忠州支部長まで顔を見せており、そうそうたる顔ぶれだ。 いたってまじめな挨拶の後は、学生会長と観客による「始めます!」コール。用意された花火は不発のまま、ブーイングとともに幕は切って落とされた。 平均的に、歌はうまい(と思う)韓国人。さらに、多数の出演希望から予選で14人に絞られたとあって、各出演者の実力はかなりのものだ。パフォーマンスに走る人でも、それなりにウマイから侮れない。 それに、司会のMCもプロなのか、進行がうまい。 「この服、市場で3,000ウォンで買ったでしょ?」 「彼女いるの?どこどこ、ここにいない? あー、今ナイトに行ってるんでしょうね」 なんて、出演者にガンガン突っ込んだり(「冗談ですよ」のフォローも忘れない)、学生会長とその彼女を舞台上でキスさせたりと、観客も大盛り上がりだ。雰囲気はプロのコンサート級。 我らがスンギ兄は、惜しくも入賞は逃したものの、舞台上で堂々と歌う姿は、マジでかっこよかった。 その後は、我らが都市工学科の出店で慰労会。僕も寄宿舎に外泊申請をしてきて、「朝まで」の構えだ。店を切り盛りするのは下級生で、酔っ払い上級生を相手に大変。それなりに楽しそうではあるけど。 僕は23歳とはいえ、一応4年生だから飲む側。 「なんだ、結構飲めるじゃん」 との周りの声にも押され、いつしかガンガン飲んでいて、今まで話たことがなかった人とも(酒の勢いで)友達になれた。何を話したかは、あまり記憶に残っていないのだけど・・・ その後さらに先輩宅で飲んだけど、3時ごろにはダウンした。う〜 ところで、出店での会計は10人で16万ウォンほどになったらしく、最年長の先輩は絶句。こんな時は、韓国でも「割り勘」になるようだ。 |
◆5月22日(木)遅く起きた朝は あれだけ飲んで、翌日が普通の日になるわけがない。二日酔いにはならなかったけど、体は重く、昼頃までごろごろ。お昼ご飯にキムチチゲをご馳走になった後は、PCで映画を見て、寄宿舎に帰ったら5時過ぎまで寝て・・・と、かなりダラダラな1日だった。 しかも、夜には誘われるままビリヤード場へ。何度目かになるけど、ようやくコツが分かってきた気がする。ヤバイ、面白い・・・ やすは既にはまってしまってるが、僕も後を追ってしまいそうだ。 | |
ロングヒットを続けるTim「愛してます」 TVでは今週1位のベイビーボックス | ◆5月23日(金)雰囲気最高 祝祭最終日にして最大のイベントが、歌手らによるライブ・MBCラジオ「星の輝く夜に」の公開収録だ。それも、ベイビーボックス、Tim、Leedsなど、今週のランキング上位に食い込む、今をときめく人気歌手らが出演するのだ。 しかも驚くのは、無料で行われること! 「うちの大学は有名じゃない人がくるし、入場料も必要です」 と、こっちの人に話したら、 「そんなの絶対行かない!」「狂ってる・・・」 ・・・韓国の学祭を当然と思ってるなら、もっともな感想だろう。 会場はさすがに今までで最高の人出で、中高生に交え家族連れも大勢姿を見せている。どこで売っているのか、手持ち式の打ち上げ花火(!)を上げる子供多数。性能が悪いのか、観客席に飛び込んで爆発する花火も多数。親が止めろよ、それ以前にそんなもん売るなよ! 開演は8時。ステージまでは距離があったので、歌手たちの顔まではよく拝めなかったが、TVやラジオで聞きなれた歌のライブを聞けて感動だ。合間合間には学園祭ということで、まじめな挨拶もあるのだが、学生会長はダンス、総長先生までも歌声を披露し、会場は大盛り上がり。このノリがいい。 トリは、今人気ナンバーワンのアイドル・ベイビーボックス。歌の実力は今日の中では最下位・・・というか口パクだったのだけれど、雰囲気は最高潮に達した。 午後11時、3時間に渡るステージは幕を降ろしたが、学祭は終わらない。各学科の模擬店は、まだまだ営業を続けている。またまた外泊届を出して、今日はトンアリ(サークル)の兄さんたちと飲み続けた。学祭最高!! ところで、今日飲んでる間に教えてもらったのは、 「韓国でも、飲めないなら断ってもいいんだよ」 韓国での飲み会といえば、ガンガン飲んで断れないものだと思ってたけど、最近はそこまで無理強いはしなくなったそうだ。 「留学の前に、韓国ではたくさん飲まなくちゃいけないと聞いていて不安だったけど、それなら安心しました」 といいつつ、1時までノーブレーキ。肝臓大丈夫かな。 |
◆5月24日(土)3度目 先輩の友達の家で目覚めた。一昨日ほど飲んではないけど、さわやかな目覚めであろうはずもなく・・・ やっぱり昼までだらだら過ごしたのであった。 今日は日本語トンアリ(サークル)の遠足の日だったのだけど、人数が集まらずまたも流れてしまった。 「変わりに、俺の実家に遊びに行く?」 という、やさしい赫昌兄のお誘いにのり、バスに乗って向かったのは慶尚南道の店村。山を越えて1時間半の道のりで、途中、水安保温泉を経由する。もちろん1月3日以来初めてで、あの日の記憶が蘇った。右足がキリキリ痛んだほどだ。 店村に近づくと姿を現したのは、休止路線である聞慶線の線路。少し草が生えているものの、休止線ということもあってか線路はしっかり残っており、駅舎もそのままだった。それだけになお、寂しく感じてしまう。山の方では、忠州〜店村の高速道路工事が進行中。栄枯盛衰。 タクシーに乗ってたどり着いた赫昌兄の家は、お父さん、妹さんの3人暮らし。韓国では結構珍しい部類に入る、木造の家だ。林業を営む、お父さんの手によるものだとか。 晩ご飯に豚足(グロテスクだけどうまかった!)をご馳走になったあとは、市内で赫昌兄の友達と飲んだ(今週3度目)。話には聞いていたけど、なるほどすごい酒量で、なかなかついていけない。それでも、3軒目の屋台に入る頃には、打ち解けることができた。 ちなみに赫昌兄いわく、 「今日はこれでも少ない方。いつもなら、この後たいていカラオケに行って、そこでも飲み続けるんだ・・・」 「韓国人らしい韓国人ですね・・・」 | |
雨ふる文慶の道 ちょっとかっこいい文慶保健所 | ◆5月25日(日)炭酸泉 10時起床、眠い。ひさしぶりの雨は、相変わらず降り続けている。 「晴れれば、KBSドラマのロケセットまで行きたかったんだけどね」 大河ドラマの為に作られたそのセットは、張りぼてではあるものの、大規模で圧巻だと聞いていて是非見たかったのだが、それは次の機会だ。 代わりに行ったのは、聞慶総合温泉。一度に数百人は入れそうなほどの大規模な温泉で、サウナは3種類。露天風呂まである。しかもお湯は、アルカリ泉と炭酸泉の2種類が沸いている。日本だと別府などでままある現象だけど、韓国では唯一なのだそうだ。 炭酸泉は、茶褐色でぬるい。まさしく、大分の長湯温泉の湯と同じだ。まさか韓国で、こんな温泉に入れるとは思ってもみなかった。約2時間、出たり入ったりしながら、ゆっくり過ごした。 これで4,500ウォンは、韓国でも安い方だと思うけど、来月から6,000ウォンになると知った赫昌兄いわく、 「来るのもこれで最後かな・・・」 赫昌兄の実家を出て、帰路についたのは4時前だったけど、忠州行きのバスがなかなか来ずに、忠州に着いたのは7時過ぎ。結局、赫昌兄のアパートで夕ご飯までご馳走になり、一緒に「ギャグコンサート」まで見て午後10時、日曜日は終わった。 遊びまくった週末、というかこの一週間だった。さ、勉強もせにゃと思うのだが、来週も再来週末にも、遊びに行く予定が入っている。わー、どうしよう〜!! |
◆5月26日(月)竹島/独島 一昨日、赫昌兄の友達と飲んでいたときに、受けた質問。 「気になることがあるんだ。独島は歴史的にも韓国のものなのに、なぜ日本政府は日本のものだというんだ?」 この問題になると、韓国人はだれでも熱い。安易に議論しない方がよい、と聞いていたが、酔った勢いもあって話を続けた。 「それでは聞きたいのですが、韓国のものである理由はなんですか」 「そりゃ、韓国の人間がずっと住んでいるのだし、朝鮮時代の歴史文書にもずっと昔から韓国のものだと書いてある」 恥ずかしながら今まで、韓国人が独島を韓国領だとする根拠を、今までよく知らなかった。あえて、この話題を避けていたからでもある。 しかし今後、またこんな話をする機会もあるだろうと思い、午前中いっぱい、インターネットで竹島/独島問題について勉強した。といっても、韓国語をすらすら読めるわけでもないので、日本語のサイトで調べたのだが‥‥ わからん! 日本が日本のものとする根拠に対し、どこまでが真実なのか、僕一人で検討できない。でも以前から日本が主張している、国際司法裁判に委ねるという方法が、一番の解決法なのではないかなと感じた。 一応の答えは用意したというわけで、いつも仲良くしている友達に、恐る恐るこの話題をふってみた。途端に声色が変わった。とても話し合える雰囲気ではなさそう‥‥ やっぱりこの話題に関しては、よほど自信のある自分の意見と、いざ殴り合いになった時の腕力を用意できない限り、「どう議論するか」ではなく、「どう避けるか」を考えるのがベターということになりそうだ。 どこか胸につかえるものがあるけど。 俺自信も、もっと勉強しないとな。 | |
◆5月27日(火)割り込め! 「今日はうちでお昼ご飯食べましょうよ」 享鎬に誘われてお家に行ってみれば、お母さんがせっせとサムギョプサルの準備をしているところで、びっくり。手作りのサムギョプサルは、お店のものにも引けを取らない(むしろおいしい!?)ものだった。どうも、おごちそうさまでした。 享鎬が日本に遊びに来たときは、うちの店で三食うどんを食べさせますと約束した。 昼過ぎには、享鎬、南気兄と一緒に「昼間割引」で安いノレバン(カラオケ)に遊びに行った。娯楽室(ゲーセン)のノレバンではない、本当のノレバンに行くのは本当に久しぶり。娯楽室のも楽しいけど、声を張り上げて歌いたいときにはやはり、ちゃんとしたノレバンが一番だ。 びっくりしたのは、俺が歌ったり、何を歌おうか迷ったりしている間に、享鎬と南気兄がじゃんじゃん予約を入れること。俺の番、8曲先・・・? しかも俺が歌っている間にも、どんどん歌いに入ってくる(しかも音程外しまくりで)。 いままでノレバンには何度か行ったけど、こんなこと初めてだ。これが韓国式ノレバンの盛り上がりかただとしたら、ついていくのは大変そうだ。歌いたければ順番なんて考えずに予約、他人の歌にも割り込め! これが鉄則のようだ。 | |
ドッジボールのような「逃玉」 フットベースは「足野球」と言う | ◆5月28日(水)①体育大会 朝、授業(講義)に出ようと都市工学科まで行ってみたら、 「今日は学部の体育大会だから、授業ないよ」 体育大会の話しは聞いてたけど、休講とは初耳だ。準備のトラックに乗って行ってみれば、グラウンドにみんな集まって、まさに始まるところだった。30度を超える、真夏を思わせる天気。長い一日になりそうだ。 参加するのは、「建設応用科学工学部」の都市、建築、食品、土木の4学科。雰囲気は高校のクラスマッチに近く、いろんな競技をあちこちで行っている。もっとも出場選手を決めるのは結構適当みたいで、「お前とお前、お前も行け」ってな具合に、その場で決めているようだ。盛り上がり方はさすが韓国で、応援の熱狂はこれでもかというほど熱い。 おおらかだなと思うのは、フットベースボールの競技が体育館前の広場(実質駐車場)で行われたこと。競技中にも車が出入りして、ボールを追う人がぶつからないかとヒヤヒヤする。蹴り上げたボールも、遠慮なく駐車中の車を直撃。はは・・・ うちの学科は、建設都市運動工学科? と思えるほど強く、特に女子の健闘が目立った。逃球(ドッチボールのようなもの)、フットベースボール、シルム(韓国相撲)が女子の競技だったのだが、すべて優勝。男性陣も頑張り、結果は2位の土木と倍近い点数差をつけ、ぶっちぎりの優勝だった。賞金も総額60万ウォン。いきおい・・・ |
◆5月28日(水)②大宴会 学校前の食堂で、大宴会となった。話しに聞いていたような、「韓国の飲み会」らしい飲み会だ。とにかく飲む、飲ませる。学生もさることながら、教授陣も優勝カップに注がれたマッコリを、ガンガン飲まされている。こんなの初めてだ。いつ、 「おーい、日本人も飲め」 なんてことにならないかと脅えていたが、幸いにもなく、変わりに優勝カップ一杯のマッコリをこぼされ、全身マッコリまみれになった。一番のお気に入りのTシャツと半パンだったのに!! でもみなオープンマインドになったおかげで、お互い打ち解けられた。飲まないと話せない僕だがそれは相手も同じで、日本人の僕に関心はあったけど今まで話せなかった人と、大勢友達になれた。僕も嬉しい。 「創さん、独島について、どう思います!?」 「サッカーの韓日戦みたいなものだよ。審判は誰? 日本人ではなく韓国人でもなく、外国人だよね。外国人も一緒に、みんなで話し合おうぜ! そうだろ?」 と叫んだら、そうだそうだと同意され、素直に嬉しかった。 帰り道に付いてきてくれたのは、21歳の2年生くん。 「韓国では年齢違っても、学年が一緒ならタメ口でOKなんすよ。ところで、何歳?」 「23歳だよ」 「何年?」 「4年」 「わー、すみません!!」 と路上で土下座するような面白い奴だったけど、 「歴史的なことがあるから、日本は嫌いです」 なんて面と向かって言われたので、面食らった。最後には、 「同じアジアとして、頑張りましょう!」 てな結論になってたからいいけど、最近ドキッとさせられること、多いな・・・ 心を開いて話す機会が増えたということだろうけど。 | |
◆5月29日(木)5連休 今日は辛くも楽しい午前・午後講義の日だが、昨日の飲み会の席上で先生が「明日は授業なし」宣言をしたために(会場大盛り上がり)、休講となってしまった。僕自身、疲れた身で目覚めたのは10時半で、大きな口は叩けないのだが。 ちなみに木曜の講義は、8日釈迦誕生日(祝日)、15日先生の日、22日学園祭、そして今日と、すでに4連休状態。来週も開校記念日のため休講で、ほぼそのまま試験突入である。 今ごろわかった。韓国の5月は、勉強なんてできない。 | |
◆5月30日(金)9ヶ月 もう一人の日本人留学生、やすの留学期間は、9月末までの予定だったのだが、大学院入試が思ったより厳しくなりそうとのことで、その準備のために、7月初めには帰らなくてはならないそうだ。 留学期間を2ヶ月半残しての帰国は、無念だと思うが、そう決まった以上仕方がない。できることは、残る1ヶ月余りを輝かせることだけだ。 今日は夕方から、学科の先輩・スンギ兄の家に遊びに行った。清州(チョンジュ)まで、車で約1時間の道のりだ。 スンギ兄の実家は、韓国ではごく一般的な高層アパート(日本のマンションに相当する)。ご両親はご不在だったが、サムギョプサルを用意していただいていて、おいしく頂いた。 その後は、忠北大学校の学生街に出た。スンギ兄の友達7人と一緒に、HOF(洋風飲み屋)で軽く一杯。スンギ兄は、酒は「いける方」なのだが、昨日もだいぶ飲んだとかで控えていた。最近飲みすぎなのは僕も同じだ。 友達の皆さんは、外国人の僕に気を使って、かなりやさしい韓国語で話してくれた。本当は気楽に、普通の話題で話したいのだけど、語学力が伴わない。そう言っている間に、もう9ヶ月が過ぎたのだけれど・・・ その後はカラオケというお決まりのコースを経て、スンギ兄の家に戻ったのは午前0時半。それでも、お母さんと弟さんは起きていた。といっても、別に僕らを待っていたわけではない。弟さんに話をふってみた。 「何年生なの?」 「高校3年生です」 「じゃ、学校何時までだったの?」 「12時までです」 正午ではない、午前零時のことである。そう、韓国の高校3年生は、そんな時間まで補修があるのだ。受験勉強はまだまだ初盤戦。この1年、大変な生活が続くのだろう。 | |
民俗村 上党山城 | ◆5月31日(土)雪辱戦 そのままスンギ兄の家に泊めてもらい、今日は清州のあちこちを案内して貰った。 まずは、お隣淸原郡にある文義民族村へ。民族村といえば水原市郊外のものがあまりにも有名だが、こちらも古い農家や両班屋敷を移築した屋外博物館。規模は小さいものの入場無料で、湖の側という美しい自然環境も魅力だ。 田舎の雰囲気を生かし、両班屋敷ではMBCドラマの撮影が行われていた。民族衣装に身を包んだ役者さんたちが大勢いて、タイムスリップしたようだ。なんでもかなり有名な女優さんもいたとかだけど、ついに顔は拝めなかった。スンギ兄共々、無念。 次は、大田と清州の水瓶となっているダム湖へ。ここまでの道も景色がいいこともあり、清州の若者にとって格好のデートコースで、スンギ兄も何度となくデートにきたそうだ。 お昼ご飯も、そのデートコースという山の中の食堂にて、鶏を一匹丸ごと蒸した料理(名前は失念)を食べた。生きてる鳥が想像できるし、むしゃぶりついて食べる感じだけど、韓国の女の子なら割合平気に食べられるそうだ。 ちなみにスンギ兄の夢は、自分でペンションを開業させること。その時の参考になると、食堂の庭を一生懸命写真に撮っていた。その情熱、かないますように。 その後は、山城の城跡へ。今残るのは外敵から守る城壁だけで、つわもの共が夢の跡といった感じだ。城壁沿いに歩けば清州市内を見渡せるらしいが、不自由な足ではさすがに無理だった。何年後か分からないけど、治ったらぜひ再訪したい。 土曜日とあって、乗客わずか4名の大学経由のバスで帰った。 ところで今日は、1ヶ月ぶりの熱戦・サッカーの日韓戦の日である。「雪辱戦」KBSではそう表現していたように、この試合にかける韓国での熱狂ぶりといったらない。土曜日なのに、道の車通りが平日より少ないほどだ。今回は久しぶりに顔を見せに行きがてら、下宿の大屋さんの家で下宿生と一緒に観戦した。 もちろん、韓国人は熱狂的に韓国を応援しているが、それだけに日本人の僕に向かって「韓国を応援しろ」なんて野暮なことは言わない。敵地でも祖国を応援した。 しかし今回も韓国優勢。で、韓国が1点を決めた。雪辱、晴らせたことと思う。 |
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