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2代将軍・徳川秀忠造営の鹿島神宮の拝殿。
無事に鹿島・香取の両神宮の参拝を終え、今回の旅は終わった。
鹿島神宮の境内は樹齢が数百年から千年単位の巨木がごろごろしている神域である。
でも所々、関西人が、樹皮を剥いだ形跡があるな。
何で関西人って樹皮を剥ぐのかしら(笑)。
鹿島神宮は2011年の東日本大震災で御影石の大鳥居が倒壊したが、このほど境内の樹齢1000年ほどの大杉を切り出し、大杉の鳥居を新築した。
御影石より貴重かも。
そしてこの「あやめ娘」をご覧下さい。どうですか、このクオリティ、自然な笑顔、計算された傘の持ち方と足の向き。
これはシロウトじゃないですね。本業はRQ(レースクイーン)などの専門のコンパニオンでしょう。
50分場所取りの末、あやめ祭りのハイライト、嫁入り舟も無事撮影。なんかちばらぎの人にしてはやたらクオリティ高いし、目線はバッチリこちらに来ているし、顔は微笑んでるし、あなた、まさか「プロ!?」(((((((( ;゜Д゜)))))))
入場無料でもあやめの咲き具合にぬかりはない。
香取神宮から急いでお隣の茨城県潮来市のあやめ園へ。
潮来市のあやめ園は駐車場が無料で入園も無料だ。
バイクを飛ばし、急いで香取神宮へ。迅速に参拝を済ませる。予定が押していて境内をゆっくり見て回る時間は取れなかった。
朝7時を過ぎ、出発ロビーにリムジンバスの大行列ができて慌しい成田空港第一ターミナル。既にヨーロッパ便の乗客が殺到し始めている。Cの字型に折れ曲がったこのターミナルは建物の総延長は600m近くもあり、地上と4階に車寄せがある。中央部分だけは5階建て。
写真は28mmの広角レンズで撮影したが28mmでは建物の全貌が写真に入りきらず、ターミナルの全貌を撮影するには超広角レンズが必要だ。
当然JFKやフランクフルト、シャルル・ド・ゴール、ヒースロー、スキポールなどの世界の名だたる国際空港よりも『ターミナルだけは』大きく、中国の北京首都国際空港の巨大ターミナルとも張り合える大きさだ。
今日は予定が詰まりに詰まってるので、これで成田を離れることにする。
【→】午前5時半、成田B滑走路北端の野球場ポイントへ集結した航空マニアの車。成田一番機のカンタスジャンボを撮影しに来た面々である。
付近にはのどかな農村地帯が広がり北海道みたい。
【↓】午前6時、成田の滑走路がオープンするとすぐに一番機のカンタスジャンボがつっ込んでくる。
オーストラリアのシドニーから来たこの便は、たいてい予定より早く、成田のオープン前に日本に着いてしまうので、房総半島南沖の上空でぐるぐると回って時間を潰し、朝6時のオープンとほとんど同時に着陸する。
◆NARITAの守り神、香取大明神・鹿島大明神へ参拝とあやめ祭りの旅(2014/06/14)
腹黒佐藤栄作が作った成田空港は、風水的に吉相の神々が守る空港である。成田空港から鬼門の方角には一直線上に香取・鹿島の両神宮が鎮座する。香取大明神、鹿島大明神の名前で知られるこの2社は伊勢神宮ができる以前からここに鎮座している日本で最も古い神社の一つで、日本最強の軍神ある。
反対側の裏鬼門の方角には、香取神宮・鹿島神宮と一直線上に千葉神社が鎮座する。日本の妙見信仰の本山の一つであるこの神社は創建が西暦1000年、もう1000年以上この地に鎮座している。
さらに空港のすぐ西側には真言宗総本山の成田山新勝寺が鎮座する。初詣客が全国第二位の290万人も殺到するこの古刹は西暦940年、平将門の乱を鎮めるため、成田の地に弘法大師・空海作の不動明王像を安置して調伏を行ったことが創建のきっかけである。
空港の建設地がなかなか決まらなかった佐藤栄作、よっぽど験を担ぎたかったのだろうか。成城エレベーターの壷売りの方もこのぐらいの学と造詣の深さを持って頂きたいものである。
2014年4月にヨーロッパ便と貨物便の大半が羽田へ移転した成田空港だったが、神々のご神効なのかたった1ヶ月でヨーロッパ便と貨物便が舞い戻り、更に国内便と米国便が増便していたので結局は便数が過去最多になった。畏るべきタケミカヅチ、フツヌシ、アメノミナカヌシと空海作不動明王のご神威である。
今回の旅は成田を潰さないようにというご神慮に感謝の意味を込めて両神宮へ参拝し、その足で潮来あやめ祭りも見学する弾丸ツアーである。
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