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〜学術と文化のけいはんな〜
片町線 Katamachi−Line
(学研都市線 Gakkentoshi−Line) H20.6.-2 更新
線区データ
営業キロ 44.8km
※貨物線を除く駅数 24駅
※貨物駅を除く全線開通 1898年(明治31年)9月16日 線路 木津〜松井山手 単線・電化
松井山手〜京橋 複線・電化
大阪から南京都を結ぶ片町線は、現在「学研都市線」の愛称が使われています。正式な路線名の元となる片町駅はJR東西線開業に伴い廃止になっています。片町駅は現在の大阪城北詰駅付近にありました。
沿線には大学や企業の研究所が存在するほか、住宅地でもあるので乗客は多いですが、京阪電車や近鉄電車との競合路線でもあります。
片町線は競合路線と同じく元々は私鉄でした。「浪速鉄道」が片町〜四条畷間を開業したことが始まりです。浪速鉄道は、その後「関西鉄道」に吸収合併され、関西鉄道が四条畷〜木津間を開業させました。
後に、関西鉄道は桜ノ宮〜放出間に桜ノ宮線を開業させ、途中駅の網島駅から片町線経由名古屋行きの列車を2年間だけ運転していました。この為、片町〜放出間は貨物線となりました。その後名古屋行きの列車は関西本線経由となり、片町線は桜ノ宮〜木津間の運転なりました
国有化後には桜ノ宮〜木津間が「桜ノ宮線」、片町〜放出間が「片町線」となりました。1913年(大正2年)11月15日に、桜ノ宮〜放出間は廃止になり、同時に京橋駅が開業しました。それまで片町線は京橋駅で城東線(後の大阪環状線)に乗り換えることが出来ず、桜ノ宮駅での乗り換えになっていました。片町線は桜ノ宮線の支線のような物でした。
その後、貨物支線が順次開業していきました。おおさか東線の元になった貨物線もこの時に開業しました。1932年(昭和7年)12月1日には片町〜四条畷間が関西の国鉄路線で初めて電化されました。1950年(昭和25年)には四条畷〜長尾間も電化されました。しかし、長尾〜木津間は電化も複線化もだいぶ遅れて、平成になってからになります。
1979年(昭和54年)10月1日に西日本の国鉄線で始めて自動改札機「Jスルー」が導入されます。国鉄線での自動改札機の導入はまだ2番目でした。自動改札機の導入は関西の私鉄が最も早かったので片町線は関西では遅い方でした。
1988年(昭和63年)3月13日には快速電車の運転が始まり、「学研都市線」の愛称が使用開始されます。1991年(平成3年)4月30日からは学研都市線で主に使われていた103系電車に代わり207系電車が運転されるようになります。そして1997年(平成9年)3月8日にJR東西線が開業しました。京橋〜片町間は廃止になり、JR神戸線・JR宝塚線との直通運転がはじまりました
現在の学研都市線は207系と321系電車で運転されています。おおさか東線経由の直通快速のみ223系で運転されます。
データイムは快速電車が木津〜宝塚間、普通電車が松井山手〜西明石間を運転しています。快速電車は途中の京田辺駅で7両のうち3両を切り離し、京田辺〜木津間は4両で運転を行います。
ラッシュ時間帯になると学研都市線内のみ運転の京橋折り返し電車や新三田・篠山口方面への長距離運行列車も運転されます。早朝・深夜には木津から大和路線に入り、奈良まで運転を行う列車もあります。
直通快速は京橋〜放出間のみ学研都市線を走ります。
現在、放出から新大阪間でおおさか東線(北側)の建設が進められています。開業予定は2012年です。この区間が開業すると学研都市線の運行形態は大きく変わると思われます。
特急列車
特急列車は運転されていません
駅ガイド
速
通
快
速
間
快
速
通
ガ
イ
ド木津 きづ
西木津 にしきづ
祝園 ほうその
下狛 しもこま
JR三山木 じぇいあーるみやまき
同志社前 どうししゃまえ
京田辺 きょうたなべ
大住 おおすみ
松井山手 まついやまて
長尾 ながお
藤阪 ふじさか
津田 つだ
河内磐船 かわちいわふね
星田 ほしだ
東寝屋川 ひがしねやがわ
忍ケ丘 しのぶがおか
四条畷 しじょうなわて
野崎 のざき
住道 すみのどう
鴻池新田 こうのいけしんでん
徳庵 とくあん
放出 はなてん
鴫野 しぎの
京橋 きょうばし
停車駅凡例
● 全ての列車が停車
○ 一部の列車が停車
↓ 通過
− 種別設定なし
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