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エトロフ発緊急電
【著者】佐々木 譲 【装丁】新潮文庫 630頁 【価格】781円+税 【発行】平成6年1月
太平洋戦争直前にアメリカから送り込まれた軍事スパイの活躍を描く長編小説。
主人公は日系アメリカ人の斉藤賢一郎。アメリカ軍当局に弱みを握られ、日本(帝国)海軍の動向を連絡する任務を負って日本へ潜入する。舞台は東京から青森を経てエトロフへと移り、壮大なスケールで物語が展開する。
東京でスパイ活動の支援に当たっているアメリカ人牧師は日本軍に中国人の恋人を虐殺された経験を持ち、彼を支える朝鮮人の金森は日本への復讐に燃えている。エトロフの単冠湾沿いの集落で駅逓を経営する岡谷ゆきはロシア人の父をもつ混血で、使用人の宣造は故郷を負われたクリル人。これらの人々は、いずれも周囲から奇異の目で見られる存在だ。単一民族国家としての認識が強い日本だが、本書の主役はこの国に現存するマイノリティである。支配と被支配、差別と被差別といった行動が、社会の構造と強く結びついている現実を指摘する。
ただ、こうしたシリアスな内容の一方で、全体の構成は追跡劇仕立てで緊張感にあふれており、読者を飽きさせることがない。読み始めたら最後、一気に読ませてしまうエンターテイメント性は十分である。
果たしてこの小説のような事実があったのかどうか、どこまでが史実でどこからがフィクションなのか、読み終わった後でさらなる興味を喚起させられる傑作である。
2010.3.21
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