このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

人間の証明(新装版)

【著者】 森村 誠一   【装丁】 角川文庫 509頁
【価格】  667円+税  【発行】 昭和52年3月 平成16年5月(改版)

今から34年前、「母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?」で始まる西条八十の詩が日本中のメディアを席巻した。「人間の証明」は映画化されドラマになり、「読んでから見るか、見てから読むか」のキャッチフレーズで770万部を売る大ヒットになった。角川書店メディアミックスの嚆矢となった作品である。
物語は高層ホテル内で黒人青年が刺殺されるところから始まる。彼が残した「ストウハ」とか「キスミー」といった言葉を手掛かりに捜査が進められる。果たして彼はなぜ殺されなければならなかったのか。
棟居刑事は被害者の過去を追って霧積温泉から富山へと向かい、ニューヨークでは被害者の父の過去を突き止める。事件の背後には、戦後日本の混沌が暗い影を落とす。
ところで、本書ではしばしばニューヨークの世情が明らかにされる。やや長いが引用すると「アメリカの犯罪は異質である。犯罪の中で最も凶悪な殺人にしても、犯人にはそれなりの動機があるものだが、ニューヨークでは、通り魔的になんの動機もなく人を殺傷する事件が多発する」という具合である。成熟した資本主義社会の一断面であるが、今日の日本でも同様の事件がめずらしくなくなった。アメリカの後を追いかけてきた日本は、いつの間にかアメリカと同じ病に感染したのだろうか。
この種の無差別犯罪はさておき、人は自らの地位や財産を守るために、あるいは殺人を犯すことがあるかも知れない。それは昔も今も変わらないだろう。
違いは、かつての日本では、殺人者であっても人間としての心、すなわち“良心”を持ち合わせているものだ、という共通認識があったことだ。
本書の事件も、そうした思いに応える形で終息する。人間に対する信頼を取り戻させてくれる結末が、多くの読者をホッとさせるのだろう。



2010.5.11

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