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【著者】 北 杜夫 【装丁】 新潮文庫 (上)442頁 (下)476頁
【価格】 (上)505円+税(下)544円+税 【発行】 昭和46年5月
10月24日に亡くなった北杜夫の自伝的小説である。
作品は三部に別れている。明治・大正・昭和を生き抜いた楡家三代の家族の記録であるとともに、その時代の日本の記録でもある。
【第一部】
東京青山の楡病院は、山形出身の楡基一郎が築いた精神病院である。基一郎は溢れる楽天性と包容力で患者からも一族からも信頼されている。誇大妄想の着想と明治生まれの絶大な精力で築いた病院は、七つの塔と円柱が並び立つ。俗物趣味の極みと言ってもよい造りである。
その屋根の下で、個性豊かな家族とそれを取り巻く人々の生活が展開する。
関東大震災のとき楡病院は焼けずにすんだが、その後火災を起こし焼失した。基一郎は、再起を図るべく世田谷へ新病院建設を計画する。
しかし、現地を見に行って、そこで急死してしまう。
【第二部】
基一郎とその妻ひさには二男三女の子どもがいた。長女・龍子、長男・欧洲、次女・聖子、三女・桃子、次男・米国といった順だが、基一郎の跡をとったのは、龍子の夫、徹吉である。徹吉は学究肌の人で派手好みの妻と相性が悪く、別居暮らしをしている。
龍子の兄弟はそれぞれに個性が強く、それぞれ平坦ではない人生を歩むことになった。
この次期、楡病院は、世田谷の松原を本院とし、青山を分院としていたが、徹吉は青山住まいである。本院では、基一郎時代からの事務長・勝俣秀吉が「院代」と称し権限をふるっていた。秀吉は、基一郎の気質をそのまま受け継いだような俗物である。
そして時代は、太平洋戦争へと進んでいく。
【第三部】
戦争は楡家の人びとの人生も大きく変えた。
徹吉と龍子の間には三人の子がある。長男・俊一は出征し、命からがら復員する。長女の藍子は恋人を失ってから人が変わったように陰鬱になり、加えて戦災で顔に火傷を負うという災難にあう。次男の周二は学徒動員で工場へ通っていたが、戦況が悪くなるに従い、仕事がなくなっていった。
すでに松原本院は都立松沢病院へ統合されており、青山の建物は焼け落ちた。基一郎が一代で築いた楡家の隆盛は、静かに零落の道をたどっていった。
さて、作者のモデルとなっているのは、徹吉の次男・楡周二である。本書は、北氏からみた兄弟、親兄弟、祖父母の「記憶」といってもよい。
三島由紀夫は「楡家の人びと」について、「この小説の出現によって、小説の正統性を証明するのは、その市民性にほかならない」と評したという。一般庶民の生活とは距離を感じるものの、楡家一族の俗人性、凡庸性に親近感を抱くのは、作者の筆力の証であろう。
2011.11.19
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