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【著者】 井上 尚登 【装丁】 角川文庫 446頁
【価格】 667円+税 【発行】 平成13年5月
小説は、作者によっていくつかのパターンがある。
事実を徹底的に追求するノンフクションタイプの筆頭は吉村昭だろう。「海の史劇」や「ポーツマスの旗」を読めば、日露戦争に対する認識が深まることは確実で、近代史の副読本としても十分役に立つ。吉村の小説は、歴史嫌いを治す特効薬といえよう。
事実を材料にしながら“実在する団体、個人とはまったく関係ない”とするのが山崎豊子である。誰が見てもモデルが明らかなのに、フィクションだという。見方によっては狡い手法だが、作者がフィクションであると言い張る以上、モデルにされた人間は意義を差し挟むことが難しい。
歴史上の事実へ架空の人物を加え、話を面白く展開する名人といえば、浅田次郎である。「蒼穹の昴」は、その類の小説の傑作で、西太后や李鴻章といった実在の人物に、作者が創作した官吏や宦官を絡めて話を進める。
さて、本書「T.R.Y」は、浅田流のつくりで、横溝正史賞を受賞した。1911年(明44)、辛亥革命前夜の物語で、伊沢修という国際的詐欺師が、中国革命同盟会のために、日本の軍部から武器を調達する話である。大量の38式銃とピストルを騙し取ろうとする話だが、騙したつもりが騙され、騙されることを計算したうえで相手を騙すという、頭脳ゲームのような展開で結末を迎える。
教科書としての役には立ちそうもないが、小説の楽しさを教えてくれる一冊といえよう。
2012.3.11
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