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死亡推定時刻

【著者】  朔 立木    【装丁】 光文社文庫 485頁
【価格】  743円+税  【発行】 2006年7月


「死亡推定時刻」(光文社文庫)は、河口湖畔の町を舞台に設定した長編小説である。圧倒的な迫力で、一気に最後まで読ませてしまう力をもった一冊だ。
この小説の特徴のひとつは、実在する施設や団体の名前をそのまま使っていることである。富士急電鉄(原文のまま)、富士急タクシー、ハイランド・リゾート、富士吉田署、東京高等裁判所、といった類である。この効果もあって、読者は読み進めるうちに、本書がノンフィクション作品であるかのような錯覚に陥る。もっとも、作者自身「あとがき」で、筋書きは架空のものだが細部のほとんどは実際のものである、と述べている。
物語は、一代で財をなした河口湖町(※)の土建会社社長の娘が誘拐され、殺害されるところから始まる。数日後、近くの勝山村(※)に住む無職の青年が捕らえられ、犯人にされてゆく。冒頭から冤罪であることを明らかにしたうえで話が展開する。
本書のなかの言葉を借りれば、冤罪事件とは「あざなえる縄」(あざなうとは縄をなうこと)のようなものだという。一人や二人の悪意で起きるものではなく、何十人もの人間がしたこと、悪意ばかりでなく、ときには善意や義務感などまでが、縄をなう藁のように縒(よ)り合わさってできあがる。したがって、できあがってしまった縄を元にもどすのは容易なことではない。
小説「死亡推定時刻」は、その構造を見事なまでに明らかにしている。
作者の朔立木(さくたつき)は、現役の法律家(弁護士らしい)ということだが正体不明。山梨県を舞台にしたことについては、土地勘があるという理由にすぎない、としている。
  (※)河口湖町と勝山村は、現在合併して富士河口湖町になっている。




2010.6.5

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