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砂漠の船

【著者】 篠田 節子    【装丁】 双葉文庫413頁
【価格】 686円+税    【発行】 2004年10月

大沢幹郎は、百合か丘プラザというニュータウンに妻の由美子、娘の茜とともに住んでいる。鉄筋5階建、エレベーターのない旧来型の公営住宅である。
ニュータウンのなかも一様ではない。そこには厳然とした「格差」が存在する。主人公たちが住む築35年を超えた、各戸「50平米の部屋」が割り当てられた古い賃貸棟と、公団や民間の真新しいマンションが建ち並ぶ地域は、はっきりと峻別されている。
幹郎の母親は、出稼ぎから帰ってきて自殺した。子どものころ大切な家族を失った幹郎は、東京郊外で地域社会に根差した家庭を大事にしようと固く心に誓っている。そのため、大学卒にもかかわらず、勤務先の運送会社では地域限定異動社員として働くことにし、出世をあきらめている。
公団住宅の住民は表面上親密だが、裏を返せば鬱陶しいとも感じられるムラ社会的コミュニティーだ。茜が引き起こした事件や、妻の不倫騒動で明らかになるのは、親密な共同体内部に蠢く悪意であり、排除の論理である。
幹郎が捨ててきた山形の田舎となんら変わらない。
折しも、幹郎の思いをよそに、妻も娘もそれぞれの世界を築いてゆく。気が付けば、幹郎はひとり置き去りだ。
会社では退職勧奨同様の扱いをされる。
幹郎はまさに八方塞がりだ。
ささやかな幸せを願いながら果たせなかった男の、身につまされる話である。





2012.8.29

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