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雷桜

【著者】 宇江佐 真理  【装丁】 角川文庫 382頁
【価格】 552円+税  【発行】 平成16年2月

江戸下町を舞台にした人情小説を得意とする著者のイメージからすれば、かなり異色の作品である。
隣接する二つの藩の境界にある瀬田村の庄屋の家に生まれた“遊”は、初節句の夜に何者かにさらわれてしまう。15年後、彼女は突然山から降りてくるが、女らしさは微塵もない。男のような身なりに男のような口調である。これでは里の暮らしには馴染めない。
一方、斉道という男がいる。オットセイ将軍といわれた家斉の十七男である。この青年は気の病で時々発作を起こすため、家臣の榎戸角之進がお忍びの旅へ連れていくのだが、その旅先で遊に出会い心を通じ合うようになる。
山育ちの“おとこ姉様”とわがまま放題の青年殿様が大自然を背景に心を開いていくさまは、浮世離れしているように見えながら、私たちが日常のしがらみのなかで見失った大切なものを教えてくれる。
もちろん二人がともに暮らすことはない。遊は斉道との出会いを心の奥底に秘めて自らの道を生き抜き、老いていく。
「雷桜」は遊が幼少期を過ごした山中の一本桜で、下が銀杏、上が桜という奇木である。彼女は雷桜を自分の分身に見立てて生きてきた。
この桜木を物語の軸にすえながら、山里の風景と人々の心象が絵のように美しく描き出される。
まさしく、心に残る傑作である。



2010.3.30

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