奇跡の人
【著者】 真保 裕一 【装丁】 新潮文庫 574頁
【価格】 743円+税 【発行】 平成12年1月
交通事故で生死の境をさまよった相馬克己は、8年という長い療養生活を送りながらも快復を果たし、退院して社会復帰できるまでになった。一時は脳死判定まで検討されただけに、彼は周囲から「奇跡の人」と呼ばれた。とはいえ、脳へのダメージは重度の後遺症を残し、事故前の記憶をすべて奪ってしまった。彼の症状は記憶喪失とは異なり、一旦ゼロ歳児に戻った、という表現があっている。この8年間徐々に成長し、31歳の今日、ようやく中学校1年生レベルの思考力に届いたというところだろう。
ところで彼は、成長するにしたがいある疑問を抱くようになり、それがいつまでも氷解しない。
母親は我が身をすてるほど献身的に看護をして、あげくの果てに亡くなった。病院のスタッフも親身になって面倒をみてくれる。しかし、事故を起こす前の彼について語ってくれる者は誰もいない。そもそも事故そのものの状況も詳しくは教えてもらえない。彼の周囲の人すべてが彼の過去に触れようとしない。いったい自分は何者だったのか。
相馬は、退院を機会に“自分さがし”のため東京へ行く。かつて自分が暮らしていた土地を探しあて、偶然にも高校時代の不良仲間と出会うのだが・・・。
思えば時の流れほど、ときに優しく、ときに残酷なものはない。
人はその時々に自分で道を選択し歩んでいくが、たったひとつの選択が大きな悔いを残すことになりかねない。時を戻すことはできないにしても、悔いを悔いとして放置することなく、やり直す方法はないものだろうか。
誰しも若かった時の苦い想い出が一つや二つあるに違いない。
本書は、大人になった人たちへの「青春のレクイエム」ともいうべき一冊である。