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ウランバーナの森

【著者】 奥田 英朗   【装丁】 講談社文庫 218頁
【価格】 571円+税   【発行】 2000年8月

最後のページに、「物語はフィクションであり、登場人物は、実在(あるいはかつて実在した人物)とは、一切関係ありません」と書いてあるにもかかわらず、著者は「あとがき」で、「わたしは、フィクションで彼の伝記の空白部分を埋めてみたかった」という。
「彼」という表現を使い本名は出さないのだが、本文ではジョンという呼び名を使っている。明らかにビートルズのジョン・レノンを意識した小説なのだが、事実とはかけ離れたファンタジーの世界を描いているだけに、モデルにしたとは言いがたいのだろう。
そういえば今年は80年12月8日、ジョン・レノンがニューヨークの自宅アパート前で凶弾に倒れてから30年目に当たる。
ジョンは、76年から79年まで、毎年夏を軽井沢で過ごしていたという。著者のいう空白部分とは、この時代のジョン・レノンのことである。
本書の舞台は79年、お盆の軽井沢だ。便秘に悩むジョンが森の中にある「アネモネ医院」を訪ねるところから話が本題に入る。そこは夏しか開いていない医院で、精神科の医師と若い女性の助手がいるだけだ。しかも、ジョンのほかに患者のいる様子がない。
ジョンはこの医院への行き帰り、森の中で死者に行き会うという摩訶不思議な体験をする。相手は自分が怪我を負わせた船員だったり、自分のマネージャーをしていた男だったり、自分の母親だったりと、生きている間には本当に心が通い合ったとはいえないような人たちとの再会だ。
それでも死者と会っているうちに、さまざまなことが明らかになってきた。「のぞかれたくない胸の内、見ないふりしている真実、しあわせになりたいための自己暗示」など、人が抱える闇の深さは計り知れない。
死者との邂逅は、現実なのか、夢なのか、あるいは病のなせる幻覚なのか。それはジョン自身にも分からないが、読んでいる人に伝播して気持ちが優しくなることは間違いない。
ちなみに、ウランバーナとは、盂蘭盆会(うらぼんえ)の原語とのことである。





2010.12.14

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