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奪取

【著者】 真保 裕一  【装丁】講談社文庫 (上)495頁 (下)479頁
【価格】(上) 714円+税 (下) 714円+税 【発行】(上・下とも) 1999年5月

偽札づくりをテーマにした痛快エンターテイメントである。物語は二転三転し、劇画のように小気味よく展開する。
主人公は若いメカニックマニアで、もちろんコンピューターにも強い。これに盛り場で知り合った友人と印刷会社の娘、印刷会社に長年勤め偽札づくりに執念を燃やしている“じじい”がチームを組む。相手とするのは暴力団とその背後にいる銀行だ。
偽札づくりのきっかけになったのは、その友人の借金である。返済資金捻出のために考えたのは、銀行の両替機で偽1万円札を真札に変えようという手口だ。ATMから紙幣識別機を盗み出し、センサーを通過する紙幣の偽造に取り組む。要は機械を通過すればよいわけだから、紙幣の外見にこだわる必要はない。そのかわり発覚も早いので、換金にはスピードが求められる。
2回目の偽札づくりは、それから5年後のことである。今度は“本物の偽札”をつくろうというもので、前回とは比較にならないほどの手間ひまがかかる。作業は用紙の製造から始まる。秘かに栽培していたミツマタを漉いて紙をつくるのだが、札の質感を出すのがなかなかの難問だ。透かしづくりもそう簡単にはいかない。肖像画などの原版づくり、何工程にもわたる印刷作業など、試行錯誤の連続だ。
本書では、作業のプロセスがーあたかもそれらしくー克明に解説されており、読者が偽札づくりグループの一員になったかのような緊張感を覚える。知らず知らずのうちに、悪事の側へ読者を引き寄せる筆者の手腕はさすがである。
偽札づくりは国家の社会基盤を揺るがす重大犯罪だ。このため刑は極めて重い。とりわけ我が国の紙幣は精巧で、個人の力量で精度の高い偽札をつくることはほとんど不可能であろう。割のあわない犯罪だ、といわれる所以である。
それでも本書を読むと、何故か偽札づくりという犯罪に共感してしまうから不思議である。紙幣という最高の印刷技術に挑戦する姿にーことの善悪を超えてーロマンを感じてしまうからだろうか。



2010.4.29

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