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金の卵を大成させるためには(2017年〔平成29年〕10月9日公開)

 今月26日に開催されるプロ野球の新人選手選択会議、いわゆるドラフト会議で最大の目玉になると思われる人物と言えばやはり早稲田大学系属早稲田実業学校高等部(通称:早稲田実業。国分寺市本町一丁目)の清宮幸太郎選手であろう。清宮選手については既に広く知られているのであえてここでいかなる人物かを書くことはしないが、どれだけの球団が指名し、どの球団が入団交渉権を獲得するのか、目が離せない。
 これまで毎年春に開催される選抜高等学校野球大会、毎年夏に開催される全国高等学校野球選手権大会では毎年のように注目される存在が出てきた。自分が知っているだけでもどれだけの選手が注目される存在になったか、もう数え切れないくらいになっている。そんな中でたった一度、その熱狂ぶりを目の当たりにした経験が自分にはあった。そのことをここで紹介することにしたい。

 1998年(平成10年)の大晦日(おおみそか)の午後6時頃、私は東京タワー(東京都港区芝公園四丁目)から当時東京都江戸川区にあった兄の家に戻るために都営地下鉄三田線御成門駅(東京都港区西新橋三丁目)へと歩を進めていた。すると進行方向右側にある増上寺(東京都港区芝公園四丁目)の境内で何かの企画の準備が進められているのを目にした。そこには新年を迎えるまでの時間を記したデジタル時計が置かれており、増上寺の境内で新年を迎える企画が行われることは明らかであった。
「増上寺と言えば日比谷通り(注1)に面したところに大きな山門(三解脱門)があることで知られる寺。ここで新年を迎える企画が行われるということは恐らく有名な人が訪れて場を盛り上げるのだろう。どんな人が来るんだろう」
 そう思った私は増上寺の境内に足を踏み入れ、そこで企画の準備をしていた方に尋ねてみた。
「新年を迎える企画があるようですけど、誰か有名な人が来るんですか?」
 すると彼はこう答えた。
「誰も来ませんよ」
 あっさり否定されてしまった。有名な寺院で行われる企画なのだから誰も来ないということはないだろうという思いは残ったが、それ以上尋ねることはしなかった。そして私は写真を撮った後その場を去り、再び兄の家に向けて歩を進めた。
 私の予感が的中したことを知ったのは翌日、すなわち1999年(平成11年)1月1日の朝のことであった。兄の家でテレビを見ていると、横浜高等学校(横浜市金沢区能見台通〔のうけんだいどおり〕)から西武ライオンズ(現:埼玉西武ライオンズ)への入団が決まった松坂大輔投手が増上寺を訪れ、除夜の鐘をついていたというニュースをやっていたのである。増上寺と言えばその約13時間前、私が訪れたところである。そこに第70回選抜高等学校野球大会(1998年〔平成10年〕)と第80回全国高等学校野球選手権大会(1998年〔平成10年〕)で優勝し、「平成の怪物」と騒がれた松坂投手が姿を見せたのである。予想通りだったなという思いと、世間の注目を浴びる人物を一目見てみたかったという思い。その映像を見て私はただ「やっぱり…」とつぶやくしかなかったのである。
 実は松坂投手が大晦日に都内の寺院で除夜の鐘をつくという話はあるスポーツ紙で報じられていたことであった。まあどの寺院かは明かせる問題ではなかった(だから増上寺の新年を迎える企画のスタッフは誰も来ないと言ったわけである。これは状況を考えれば納得するしかない)のだが、まさか年末年始を兄の家で過ごすために訪れた東京でその熱狂ぶりの一端を垣間見ることになろうとは…。松坂投手がどれだけ世間の注目を浴びているか全く知らないわけではなかったのだが、このことは本当に遭遇し得ない経験だったと今は思っている。
「だったら増上寺にとどまって本当に松坂投手が姿を見せるか確かめ、松坂投手を見て帰ってくれば良かったじゃないか。なぜそうしなかったのか」
 私に対してそういうことを言う方もいるかもしれない。しかし、次に挙げる事情により増上寺に長居はできなかったのである。
・新年を迎えるまでまだ6時間もあり、どこかで暇を潰さざるを得なかったこと。
・大晦日の午後6時頃の東京は既に真っ暗になっており(注2)、また見知らぬ人の多い土地だったので一人で屋外で過ごすのは危険だと思っていたこと。
・もし夜遅くまで帰らないでいると兄の家にいる家族が心配する恐れがあったこと。
・増上寺の境内はそんなに広くはなく、いくら年末年始であっても東京には多数の人が住んでいるので人混みに揉まれる恐れがあったこと(そのようになることが明らかなのに事前に「松坂投手が来て除夜の鐘をつく」などと明かしたらどうなるか。当時の状況から考えて問題が起きた可能性は否定し得ないであろう(注3))。
・私の姉と姪(姉の次女。当時小学校5年生)が「第49回NHK紅白歌合戦」を見るためにNHKホール(東京都渋谷区神南二丁目)に出かけており、番組が始まる午後8時までに兄の家に戻らなければならなかったこと。
 世間の注目を浴びる人物を一目見る機会を逃してしまったというわけであるが、私はこの件を一切後悔していない。致し方ない事情があったし、状況が状況だったからである。まあ熱狂ぶりの一端を垣間見ることができたことだけは良かったかなと思っているところである。

 それから19年。松坂投手は現在福岡ソフトバンクホークスに属して現役を続けている。しかし、2015年(平成27年)に福岡ソフトバンクホークスに移籍した後は全く活躍できていない状態にある。一度一軍での登板はあったが惨憺たる結果に終わっている。記すまでもないが福岡ソフトバンクホークスの2年ぶりのリーグ制覇には全然貢献できていない。こういう状況に対して否定的な意見を述べる方や球団及び松坂投手を批判する方も少なくない。
 このようになったのはいわゆる勤続疲労もあるのだが、その遠因にあるのが1998年(平成10年)夏以降のあの熱狂ぶりではないかと私は思うのである。選抜高等学校野球大会と全国高等学校野球選手権大会を同じ年に続けて制し、しかも全国高等学校野球選手権大会の決勝戦で無安打無得点(ノーヒットノーラン)を達成した投手に野球ファンは大きな期待を抱く。その投手を獲得した球団は利益向上のためにも一日も早く彼を活躍させようと考える。テレビや新聞、雑誌などの記者は彼やその身近にいる人物を追いかけ回す。そして多くの人々が彼の行く先々で声をかけ、サインをねだる。まだ18歳の若者にこれらのことはどういう影響を与えるのだろうか。こういう状況下に置かれた人は数知れないが、その本音を語った人を私は未だに知らない。
「それでも新人で最多勝(16勝)をとったじゃないか。西武ライオンズにとっては重要な戦力になったじゃないか。大リーグでも活躍したじゃないか。それの何がいけないのか」
 そういうことを言う方もいるとは思う。更に私はそれを否定しない。しかし、私として望みたいのは長く活躍できることと安定的な成績を残せること、落ちぶれてしまわないこと、そして世間がどうかと思うような問題を起こさないことである。松坂投手がどうだったかはあえて書かないでおくが、当たる光が強かった分だけ影は濃くなってしまったなという思いを禁じ得ない。

 清宮選手が今後どうなっていくのか、そしてどうしていくのかは分からない。ただ、選抜高等学校野球大会と全国高等学校野球選手権大会、すなわち甲子園への出場が2回しかなかった(注4)にもかかわらずここまで騒ぎ立ててどうなのかなという思いはある(注5)。あれだけ多くの人々を熱狂させたのに、あれだけ多くの人々に期待させたのに、大成せずに終わるとかいうのではどうかと思うのだが、清宮選手が次代のプロ野球を担う存在に成長するためにはどうすれば良いのか。私は次のように考えている。
・人気やファンの声に押されることなく、長期的視野を持って育成すること。高校野球とプロ野球はいろいろな面で異なることを思えば習熟期間を設けるべきであり、調子が良いからなどと言って公式戦開幕時から一軍で起用するようなことは避けたほうが良いであろう。
・ファンは節度を持って接するように努めること。疲れていると思われる時に声をかけたら表は笑顔で接していても内心は「今日はひどく疲れたのに声をかけないで欲しいよ。そっとしておいてくれよ」と思っているかもしれない。
・球団はやんちゃをしたいお年頃の子供を預かるのだから適切な教育を施すように努めること。今年5月、オリックスバファローズのある若手選手が自動車運転免許停止になるような行為(速度超過)を起こした上にそのことを球団に報告せず、更に免許停止中に自動車を運転して交通事故(負傷者あり)を起こすという不祥事があった(この選手はその後オリックスバファローズを自由契約になり、引退している)が、こんなことを起こされては不祥事を起こした本人だけでなく球団も大きな損失を被ることになるし、「あなた方はどういう教育をしていたんですかね。きちんとして下さいよ!!」などと抗議されることにもなる。
・球団にしてもファンにしても精神的に追い詰めるようなことはしないように努めること。期待通りになって欲しいという思いは分かるのだが、だからと言って期待通りにならないことで腹を立てたりそれまでやってきたことを否定し、おかしくさせたりしてはどうにもならない。
・報道記者やレポーターは節度を持って取材を行うこと。なぜかはファンの場合と同じなのでここでは割愛させて頂く。
・プロ野球の新人選手選択会議では多くの球団が獲得に乗り出すのではないかと言われているが、球団の方針を考えた上で獲得するかどうかを決めて頂きたいこと。今のところ広島東洋カープは方針に合わないとして獲得しないことを表明している(無論清宮選手と会うこともしていない)が、いろいろ言う声はあるがそれで良いと思っている。
 ここでこういうことを書いてもどうにもなることではないわけであるが、やはり望みたいのは清宮選手が次代のプロ野球を担う存在になって頂きたいことである。今のところどの球団を志望しているのか、そしてどの球団が新人選手選択会議で指名し、どの球団が入団交渉権を獲得するのかは分からないが、やって良かったと引退する時に語れる選手になるようになることを願ってやまない。

注釈コーナー

注1:東京都道409号日比谷・芝浦線でもある。毎年1月2〜3日に開催される東京箱根間往復大学駅伝競走(通称:箱根駅伝)の走路(1区・10区)にもなっている。

注2:私が小学生の頃広島テレビ放送(HTV、広島市中区中町)で放送されていた「ヤンヤン歌うスタジオ」(テレビ東京系、1977〜1987年〔昭和52〜62年〕放送)では冒頭で夜の東京タワーが映し出されていたのだが、それを見て「東京はもう暗くなっているのか」と思ったことがある(見た時期がちょうど晩秋か冬だったことと広島テレビ放送では土曜日の夕方〔確か午後4時台〕に放送されていたことがそういう勘違いをした原因である)。
※私が住んでいる福山市では岡山・香川両県を放送区域とし、テレビ東京系列に属しているテレビせとうち(TSC、岡山市北区柳町二丁目)が視聴できるのだが、福山市中心部で視聴するために必要な笠岡中継局(笠岡市神島外浦〔こうのしまそとうら〕)が開局したのは「ヤンヤン歌うスタジオ」が終了した後の1987年(昭和62年)10月後半のことである(少なくとも1987年〔昭和62年〕10月19日には受信できるようになっていた)。よって、テレビ東京系列と同じ時間帯に「ヤンヤン歌うスタジオ」を見ることは実現しなかった(テレビせとうち自体は1985年〔昭和60年〕10月1日に開局したのだが経営事情が厳しいことから人口の多い地域〔岡山市・津山市・高松市など〕から中継局を整備したため笠岡市への中継局設置は後回しにされた。更に笠岡市の北隣の井原市には開局から30年以上経った今になっても中継局は設置されておらず、ケーブルテレビに加入するしか視聴する方法はない)。なお、福山市でテレビせとうちを始めとする岡山・香川両県を放送区域とする放送局の番組を視聴する方はあまりおらず、もしいたとしたらマニア視されるだけである(福山市が地域の中心都市としての地位を確立していることや人口は40万人を超え、ある程度の規模を持っていること、岡山県との繋がりは深いが岡山県には吸引効果を持つもの〔スポーツチームなど〕がないことが理由である)。

注3:他にも直前まで一切明かさないことで企画に来た人々を驚かせようとしたことが考えられる。無論増上寺の年越し企画のスタッフには箝口令(かんこうれい)が敷かれていたのだろう。

注4:清宮選手が出場した選抜高等学校野球大会と全国高等学校野球選手権大会の成績は下表の通りである。

大会名/開催年回戦/開催日対戦相手/所在地結果
第97回全国高等学校野球選手権大会
(2015年〔平成27年〕)
一回戦
(8月8日)
愛媛県立今治西
(今治市中日吉町三丁目)
6対0で勝利し、二回戦に進出。
二回戦
(8月13日)
広島新庄
(広島県山県郡北広島町新庄)
7対6で勝利し、三回戦に進出。
三回戦
(8月15日)
東海大学付属甲府
(甲府市金竹町)
8対4で勝利し、準々決勝に進出。
本塁打1本を記録している。
準々決勝
(8月17日)
九州国際大学付属
(北九州市八幡東区枝光五丁目)
8対1で勝利し、準々決勝に進出。
本塁打1本を記録している。
準決勝
(8月19日)
仙台育英学園
(仙台市宮城野区宮城野二丁目)
0対7で敗退。
第89回選抜高等学校野球大会
(2017年〔平成29年〕)
一回戦
(3月24日)
明徳義塾
(須崎市浦ノ内下中山)
5対4で勝利し、二回戦に進出。
二回戦
(3月27日)
東海大学付属福岡
(宗像市田久一丁目)
8対11で敗退。

上表から清宮選手が選抜高等学校野球大会と全国高等学校野球選手権大会で記録した本塁打は2本しかなかったことがうかがえる。もっと早稲田大学系属早稲田実業学校高等部が出場していればどうなったのだろうと思うことはあるが、野球は団体競技であり、誰か一人だけ目立ってもダメということを考えれば致し方ないと割り切るしかない。

注5: 放送倫理・番組向上機構(BPO)の公式サイト には視聴者・聴取者からの番組に対する意見(の一部)を紹介するページがあるのだが、その今年7月に寄せられた意見の中に清宮選手ばかり取り上げるのはいかがなものかというものがあった(実名は出していないがその意見を見ると誰を指しているかはすぐに分かる)。

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