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JR三江線並行道路を行く・年表

(下表をご覧頂くに当たっての注意)

・このページの年表の掲載範囲は三江線の起点駅であった石見江津駅改め江津駅(江津市江津町)が開業した1920年(大正9年)から三江線が廃止された2018年(平成30年)までとしております。

・下表の「三江線及び沿線地域の出来事」は安芸高田市(高宮地区のみ)・江津市・三次市(吉舎〔きさ〕・君田・布野・三良坂・三和各地区を除く)・邑智郡(川本・美郷両町全域及び邑南町羽須美地区)の三江線とその並行道路、そして市町村に関する出来事を記しています。

・地名や施設名、路線名称などは出来事の発生時点のものを記しています。

月日三江線及び沿線地域の主な出来事備考
1920年
(大正9年)
12月25日山陰本線浅利〜都野津間が開業し、中間駅として石見江津駅が設置される。
1927年
(昭和2年)
4月1日邑智郡川本村が町制施行して邑智郡川本町が発足する。
1930年
(昭和5年)
1月1日芸備鉄道三次〜八次間に十日市駅が設置される。芸備鉄道は当時広島〜備後庄原間で営業していた私鉄。
この当時の三次駅は現在の西三次駅(三次市十日市西四丁目)。
4月20日三江線石見江津〜川戸間が開業し、中間駅として川平駅が設置される。
1931年
(昭和6年)
5月20日三江線川戸〜石見川越間が開業する。
1933年
(昭和8年)
6月1日芸備鉄道のうちの十日市〜備後庄原間が国有化されたのを機に十日市駅が備後十日市駅に改称される。十日市改め備後十日市〜備後庄原間の路線名称は庄原線。庄原線はその後備後落合駅(庄原市西城町八鳥)まで延伸されたが1936年(昭和11年)10月10日に三神線小奴可〜備後落合間が開業した時に三神線に編入された(つまり三神線は備中神代〔びっちゅうこうじろ〕〜備後十日市間の路線になった)。
芸備鉄道の残部、すなわち広島〜備後十日市間は1937年(昭和12年)7月1日国有化。この時備中神代〜広島間の芸備線が成立した。
1934年
(昭和9年)
11月8日三江線石見川越〜石見川本間が開業し、中間駅として因原駅が設置される。
1935年
(昭和10年)
12月2日三江線石見川本〜石見簗瀬間が開業し、中間駅として乙原駅が設置される。
1937年
(昭和12年)
10月20日三江線石見簗瀬〜浜原間が開業し、中間駅として粕淵駅が設置される。
1947年
(昭和22年)
12月28日邑智郡粕淵村が町制施行して邑智郡粕淵町が発足する。
1949年
(昭和24年)
6月1日国有鉄道を独立採算制で経営することを目的として日本国有鉄道(略称:国鉄。千代田区丸の内一丁目)が発足する。
11月15日川戸〜石見川越間に田津駅が、石見川越〜因原間に鹿賀駅がそれぞれ設置される。
1950年
(昭和25年)
4月1日高田郡粟屋村が双三郡に所属郡を変更する。
7月13日那賀郡江津町渡津〜那賀郡江津町郷田間を結ぶ江川橋が開通する。当時の通過道路は国道18号線(1920〜1952)。
1952年
(昭和27年)
12月4日政令第477号により一級国道9号線が発足する。
1953年
(昭和28年)
5月18日政令第96号により二級国道182号広島・三次線と二級国道183号広島・米子線、二級国道184号松江・尾道線が発足する。
1954年
(昭和29年)
1月20日建設省告示第16号により大田市と双三郡三次町を結ぶ路線、すなわち大田・三次線が主要地方道に指定される。1954年(昭和29年)1月20日建設省告示第16号では三次・太田線と記載されている(起点・終点が入れ替わっている上に「大田」を「太田」と誤記している)。
認定時期は島根県と広島県で異なる(島根県…1955年〔昭和30年〕2月4日、広島県…1954年〔昭和29年〕9月17日)。
3月31日双三郡十日市・三次両町及び粟屋・神杉・河内・酒河・田幸・和田各村が統合して三次市が発足する。
4月1日邑智郡市山・川越・川戸・谷住郷・長谷各村が統合して邑智郡桜江村が発足する。
那賀郡江津・都野津両町及び浅利・跡市・川波・川平・江東・二宮・松川各村が統合して江津市が発足する。
11月3日三次市が高田郡船佐村船木の一部区域を編入する。長谷駅があった辺り。
12月10日芸備線備後十日市駅が三次駅に改称する。
1955年
(昭和30年)
2月1日邑智郡粕淵町及び吾郷・君谷・沢谷・浜原各村が統合して邑智郡邑智町が発足する。
3月31日三江南線三次〜式敷間が開業し、中間駅として尾関山・粟屋・船佐各駅が設置される。
三江南線三次〜式敷間開業に伴い江津〜浜原間の路線名称が三江線から三江北線に変更される。
1956年
(昭和31年)
1月1日邑智郡桜江村が町制施行して邑智郡桜江町が発足する。
7月10日三江南線船佐〜式敷間に所木・信木両駅が設置される。
9月30日高田郡川根・来原・船佐各村が統合して高田郡高宮町が発足する。
1957年
(昭和32年)
2月11日邑智郡阿須那・口羽両村が統合して邑智郡羽須美村が発足する。
3月10日邑智郡都賀・都賀行両村と邑智郡布施村(比敷・宮内・村之郷)が統合して邑智郡大和村が発足する。邑智郡布施村の残部、すなわち布施・八色石は邑智郡出羽村(1889〜1957)に編入(邑智郡出羽村は現在邑智郡邑南町の一部になっている)。
1958年
(昭和33年)
6月13日島根県告示第525号により現行道路法に基づく一般県道路線が認定される。三江線関連及び三江線並行道路で認定された路線は次の通り。
・県道3号三次・江津線(現:県道112号三次・江津線)
・県道12号江津・川本線(1958〜1966)
・県道26号邑智・赤来線(1958〜2006)
・県道27号川本・赤来線(1958〜1994)
・県道28号川本・邑智線(1958〜1977)
・県道49号都賀・甲田線(1958〜1972)
・県道59号川本・大家線(現:県道187号川本・大家線)
7月14日三江北線石見江津〜川平間に江津本町・千金両駅が、石見川本〜乙原間に竹駅がそれぞれ設置される。
1959年
(昭和34年)
8月7日島根県告示第626号により県道175号跡市・川平停車場線と県道178号川平停車場線、県道189号川下・江津線が認定される。
1960年
(昭和35年)
10月10日広島県告示第682号により現行道路法に基づく一般県道路線が認定される。三江線関連及び三江線並行道路で認定された路線は次の通り。
1962年
(昭和37年)
1月1日三江北線石見川本〜竹間に木路原駅が設置される。
1963年
(昭和38年)
4月1日一級国道54号線と二級国道261号広島・江津線が発足する。
6月30日三江南線式敷〜口羽間が開業し、中間駅として香淀・作木口・江平各駅が設置される。
1965年
(昭和40年)
3月31日
4月1日1965年(昭和40年)3月29日政令第58号に基づき二級国道261号広島・江津線が一般国道261号に改称される。一級国道と二級国道を統合して一般国道が発足したこと
1966年
(昭和41年)
3月29日
1967年
(昭和42年)
4月1日三江北線石見簗瀬〜粕淵間に明塚駅が設置される。
1968年
(昭和43年)
9月4日三江南線と三江北線が日本国有鉄道の整理対象路線に挙げられる。いわゆる赤字83線。
1969年
(昭和44年)
4月25日三江南線粟屋〜船佐間に長谷駅が設置される。仮乗降場として設置されたため時刻表や道路地図には掲載されなかった。
1975年
(昭和50年)
4月1日
8月31日浜原〜口羽間が開業したことにより三江線が全線開通する。
1976年
(昭和51年)
11月6日作木口駅が三次寄りに300m移転する。作木口駅のすぐそばにあった三国橋が上流に架け替えになったことに伴う措置。
1977年
(昭和52年)
1978年
(昭和53年)
1987年
(昭和62年)
1996年
(平成8年)
2003年
(平成15年)
2006年
(平成18年)
2018年
(平成30年)

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