鉄道廃線跡を歩く III 22頁(アルファベットは記事の地点) |
※ 航空写真は国土地理院のHPよりダウンロードしました ※ |
赤枠画像をクリックすると画像が切り替わります |
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昭和12年(1937)9月26日 清水谷駅 - 旧糠平駅間 (10.3km) を延伸開業 |
清水谷駅 |
駅入口 | 駅本屋跡 |
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駅構内 萩ケ岡側 | 駅構内 黒石平側 |
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清水谷駅先の踏切跡に残るゼブラ柵 |
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踏切跡から黒石平側を見る |
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左側にゼブラ柵が置かれている |
線路跡 |
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線路跡が消える |
消えた線路跡先 |
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昨年の雪のタウシュベツ川橋梁を見に行った時にダンプカーが出入りしていたな〜と思い出す
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って、線路跡を削り土を持ち出し、今度は植林か・・・ |
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| 赤枠部分が開発地 |
消えた線路跡先には樹々が生い茂っている |
第一熊の沢橋梁から振り返った線路跡にも植林されてる |
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第一熊の沢橋梁 |
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土砂が流れ込み、もはや橋梁としての機能が失われている |
橋梁 左側 | 橋梁 右側 |
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第一熊の沢橋梁〜第一音更川橋梁 間に半分だけ残る築堤 |
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奥には第一音更川橋梁の『立入禁止』看板が見える |
築堤下に残る第二熊の沢橋梁か!? |
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左側は埋め立てられている でも1964年3月? 新井KK施工・・・ |
第一音更川橋梁 手前の築堤を左側から見る |
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赤線が築堤部の線路跡 |
第一音更川橋梁 |
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第一音更川橋梁に関しては何も残っていない(写真を撮り忘れた) |
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橋台 清水平側 |
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| 上部には『立入禁止』看板が設置されている |
橋台 黒石平側 |
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橋台基礎内部の石か 上部には右の看板が立てられている | 既に橋梁は撤去済みなのに看板には『入らないで』の文字が! |
橋脚 黒石平側 |
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赤丸部分の水中には橋脚の基礎が残るかも!? |
第一音更川橋梁 黒石平側橋台の左側に残された枕木 |
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第一音更川橋梁先の線路跡上部に残る 国鉄事業団のポール |
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開渠手前の切通し |
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杉の木の先には開渠が 奥には勇川橋梁の築堤が見える |
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勇川橋梁手前にあった開渠 |
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勇川橋梁上部 右側の法面には国鉄事業団 北海道支社のポール |
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勇川橋梁 右側 |
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勇川橋梁の音更川対岸に咲くさくら |
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築堤上部には枕木が残る |
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築堤先の切通し 奥には「立入禁止」看板が見える |
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第二音更川橋梁 |
プレートが落ちている |
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橋台 清水谷側 |
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| 橋台右側の苔むしている石積 | |
橋台 黒石平側 |
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対岸にあるはずの橋台が新緑に阻まれてよく見えない |
第二音更川橋梁 黒石平側から黒石平駅までを歩くのを忘れた・・・ |
黒石平駅 |
昭和31年(1956)12月25日 黒石平駅を新設 |
駅入口 | 線路跡から国道の黒石平覆道を見る |
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駅に降りる階段 |
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駅構内 電力所前側を見る |
駅構内 清水谷側を見る 右側の木々が線路跡 |
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落ちている看板には『黒石平駅』「帯広駅まで53.6km」「十勝三股駅まで24.7km」と書いてあった |
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