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碓氷線の廃墟に眠る鉄道碑<22.7.28記、24.11.4加筆訂正> 廃線となった国内の鉄道で、最も多くの遺産が今に残るのは、旧信越本線、横川駅ー軽井沢駅間の諸施設であろう。群馬県と長野県との県境に立ちはだかる山塊を横断する鉄道で建設当初は「碓氷線」と言った。人里である両駅間の径間11.2kmに対して標高差は553m、最大勾配は66.7‰であった。 碓日嶺鉄道碑 碓氷線は、国の威信をかけて建設された。日夜を分かたず突貫工事が強行されて、500人余りの犠牲者を出した。労働者は地元の人たちから敬遠されて、多くは兵庫県からの出稼ぎ者が多かったという。建設完了後、各種の記念碑が建てられたが、その中に解読困難な石碑がある。「碓日嶺鉄道碑(うすひのみねてつどうのひ)」という。碓日嶺は古語であり、現在の碓氷峠のことである。碓氷線の開業を讃えて建てられたものだ。 この碑は元々は軽井沢駅付近に設置されていた。しかし関東大震災のときに倒壊し、損傷が激しいため放置されていた。その後、関係者が旧熊ノ平駅に移設し、分裂された石を鋼材やセメントで補強して復元した。一方、軽井沢駅のほうには、レプリカの碑が建てられた。
そこで漢文の独習を始めた。書店で本の帯に「苦手な人も 得意な人も・・・」とのキャッチコピーにつられて一冊の受験本を求めた。72の手習いである。始めてみるとけっこう面白い。日本語に漢字を導入したルーツや、群雄割拠の中国の歴史に興味が湧いてきて、珍しく本のページに手垢を残したのである。 先ずは碑文を正確に読み取る必要がある。しかし前述のような理由で読み取りは困難である。そこで文献に紹介されている碑文を参考にさせて貰うことにした。とりあえずは白文が用意できた。次に訓読文であるが、文献を参考にしながら、自分なりに訓読を何通りも試みた。そしてできるだけ韻律の響きを心がけて書き下し文が完成した。最後に現代語訳であるが、これは注釈と解説をつける方法に代えることにした。作業の過程でどうにも解釈できない場合は、文字の誤謬もあり得るので、プリントした白文を現地の碑文と照合した。 その結果、漸く公開に漕ぎつけたのであるが、もちろん正しく解読できたとは思っていない。にわか勉強で解読とは小癪なと言われればそれまでだが、爺の手慰みとしてお許しいただき、願わくは間違いをご指摘くだされば有難い。 <閲覧者からのご指摘> <参考> |
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