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13.3.25〜27
<鳥羽での触れ合い> 今回の紀行は、飲料製品を主たる事業とするY観光のツアーに参加したときのものである。毎年1回催されているもので、今年は「三社参りと名古屋城早春の浪漫紀行」であった。三社とは、豊川稲荷・熱田神宮・伊勢神宮である。結論から言って、実に楽しく充実した旅行であった。バスの中のサービスといい、旅館のアトラクションといい、参加者は終始満足顔であった。1日目の三谷温泉のH屋旅館に宿泊したときの女将は、水上温泉のHホテルの出であり、心より歓迎してくれた。僕たちも同郷の親しみをもって声援を送った。
2日目は、鳥羽の扇芳閣(せんぽかく/許可をいただいて実名とした)に泊った。ここも1日目同様、歓待してくれた。扇芳閣は樋ノ山の閑静な山懐にある。 今回の紀行は、全体のことには触れずに、扇芳閣の社長である谷口氏との触れ合いについて、記してみた。 - 宿泊した夜、扇芳閣の中になんとなく文学的な臭いを感じたのが最初の印象であった。この辺を扇野の里と呼んでいるが、その言葉が妙に館内のあちこちに因縁づけられている。
- 露天風呂の男湯が栄三郎、女湯がおつると銘々されていた。これが分からない。早速、旅館のパンフレットをみると、山本周五郎の小説「扇野」の舞台がここ樋の山をさすことが分かった。登場人物が露天風呂の名前である。
- ところで、このパンフレットには、「めだかの学校」のことが少し紹介されていた。少しという意味は、それが何なのか理解できなかったのである。かつ旅館のパンフレットとしては、異質であろう。
- 翌日、出発まで1時間以上の余裕があったので、妻と朝の散策に出かけた。パンフレットにある樋の山の金刀比羅宮を訪ねることと、その道筋から鳥羽湾の絶景を眺めるためである。
- 露天風呂の脇を通って、山道を登り始めてまもなく、「めだかの学校」の看板が目についた。そして60代なかばと思われる中年男性が、なにやら水辺で盛んに作業をしているのであった。
メダカをいつくしむ谷口校長 |
扇野の里にある。 |
- 早速いつもの癖で、僕は声をかけた。
「すみません。ちょっと見せていただけませんか。」
「ああ、いいですよ。いっぱいいるから見て下さい。」
「旅館でめだかの学校があるとか書いてあったんですが、このことですね。」
「そうです。今は絶滅危惧種といってますね。めだかもそのうちの一つなんですよ。」
「やあ、懐かしいなあ。私も子供の頃は、川に遊びに行って友達と、手拭を広げてメダカを掬い取ったものですよ。」
「そうでしょう。今はほとんどいなくなりましたからね。私は、何とか昔の状況を再現して、今の子供達にできるだけ自然の状態で見せてやりたいんですよ。」 - 僕が感心するのを見て、中年氏(僕も同じだ)は熱っぽく解説を始めた。
「メダカが棲息する環境を一生懸命研究しているんですが、今のところ、この苔と、産卵する場所として、ホテイアオイがよさそうですね。」
と、流れの中を指さして妻がいう。隣家から貰ったメダカを飼っている経験を早速披露したのだ。
「そうですね。メダカはホテイアオイの根っこに卵を産むんですよね。だけど、そのままにしておくと共食いしちゃうんですよね。」
と中年氏。畳み掛けてまた妻が
「そうなんです。だから食べられないうちに、別の容器に離さないといけないんですね。」
と話がつきそうにない。 - 敷地内には、人工的に小川が配されている。最奥の場所まで移動し、
「蛍にも挑戦してましてね。この黒いのは、蛍の幼虫の餌になるカワニナですよ。これは順調に育っていますね。蛍の飛び廻るのが楽しみですよ。」
と中年氏。
「蛍ですか。実は女房の実家が長野県の辰野町でしてね。「ほたるの里」として観光名所になっているんですよ。」
とこんどは僕。いつまでたっても話がつきない。 - 僕なりに考えたのは、「めだかの学校」は市か、地域で作った施設なのだろうと思っていたから、しばらくトンチンカンな質問を続けた。
「これはどこが管理しているんですか。」
「全部自分でやってます。鳥羽水族館に聞いたりして、自分なりに思考錯誤でやってきました。」
なるほど、鳥羽水族館長の、賛辞の看板が立っている。ビオトープとして、その価値を認めているのだ。 - 飼育エリアの向こうにはプレハブの小屋が建っていた。小屋の前には土木工具が置いてある。中年氏は、きっと土木屋さんの社長なのだろうか。こういうものは、土木屋さんがやるのが常だとの固定観念が僕にはあった。
「(あなたは、)建設関係の仕事をしている人ですか。」
「どうしてですか。」
と逆に質問を受けた。
「だって、色々な土木機械をあそこに置いてますよね。」
「あれですか、あの道具は、こういうものを作ったり、あそこの見晴らしのいい所に皆さんが憩える小屋を作るための私の道具ですよ。」
「それにしても随分広い敷地で大変なものですね。」
「これは下のホテルの敷地ですよ。」
「そうですか。扇芳閣ですね。私たちはそこの泊り客ですよ。あれ?そうしたら、もしかして、扇芳閣の社長さんですか。」
と僕はようやく気がついて、思わずすっとんきょうな声を発してしまった。
「そうです。さっき長野県の話が出ましたが、どこのお客さんですか。」
と、ツアーグループの所属を問いただした。
「いや、住んでるのは群馬県でしてね。Y観光のバス旅行に参加した一員です。」
と、やっとトンチンカンな質問から脱出することができたのであった。
- 樋の山の頂上近くには、金刀比羅宮鳥羽分社がある。そこまでの散策路は春を待つ静寂に包まれている。眼下には鳥羽湾の島陰が浮かび豊かな緑を映していた。遠くは霞んで、海と空とが渾然としている。青空の下でも三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となった神島は見えないのだろうか。
樋の山より鳥羽湾を望む
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<関連リンク>
扇芳閣
辰野町-ほたるの里
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