このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


 ここへ行ってきました 

 

  (目次に戻る)

27.4.14-15 福島県 春の花めぐり

 久しぶりのマイカー旅行である。花めぐりは福島市の花見山公園と三春町の滝桜が主目的である。ついでの立ち寄り地は、社会人となって初勤務した郡山市の化学工場と、転職した栃木県宇都宮市にある団地への再訪である。
 ルートは群馬県前橋市から北関東自動車道と東北自動車道をひた走る。深夜割引が50%から30%に減額されたが、それでも利用しない手はない。天候は曇りがちで、ときどきワイパーを作動させた。

<福島市-花見山公園>
 東北自動車道の福島西ICを下りる。あぶくま親水公園で「花見山環境整備協力金」を支払い、シャトルバスで現地に向かう。「花見山周辺まっぷ」を片手に斜面の園内遊歩道を辿る。要所に見学コースの色帯びマークの標識があり、迷うことなく歩行できる。色帯びは赤色の30分コース・黄色の45分コース・我らは紫色の60分コースを選んだ。

 花見山公園は昭和34年(1959)4月に開園された。そもそも花見山は、花卉園芸農家の私有地の名称である。中心市街地から見て南東の阿武隈川右岸の渡利地区の丘陵地中腹に位置し、所有者が公園として市民に無料開放していた。周辺には農家も花卉園芸を行っており、地区一帯で花が咲き誇るため、地区全体を花見山公園と称することになった。周囲はぐるりと丘陵に囲まれ、いたる所で花卉園芸が営まれている。春には、切花出荷用の東海桜を初め、梅・桃・ソメイヨシノ・レンギョウ・ボケ・サンシュユ・モクレン・ツバキ等が公園一帯に咲き誇る。そのさまを写真家の秋山庄太郎が「福島に桃源郷あり」と形容し紹介した。

 現在、公園の面積は約5haに及び、春の花見シーズンには一般社団法人-福島市観光物産協会が観光案内を代行して多くの観光客を集めている。


麓風景1

麓風景2



斜面は花盛り



遠景1

遠景2

 この日、上空を盛んにドローンが旋回していた。好天の穏やかな日に、絶好の空撮日和でもある。帰宅してインターネットで見たら「花見山公園通信」というサイトの動画であった。

<福島市-弁天山公園>
 
市街地中心部から南側に位置する。小高い岡の上に展望台があり、周囲の景観が望める。


弁天山1

弁天山2

 ここは人影がなく、一人占めの展望を味わった。阿武隈川の対岸に市街地と後方に信夫山の山並みが望めた。


遠望は信夫山

<福島市-信夫山公園>

 信夫山(275m)は市街地中心部の北側に位置する。車で周遊できるので、そのつもりで入山したのだが、違った。桜まつりの期間中は交通規制をしているのであった。けっきょく麓の県文化センターに駐車して登山をすることになった。

 ところで、異様な場面もあった。放射線で汚染された土嚢の置場を造成していたのである。なるほど線量計が所々に設置されている。


土のう積み込みの看板

「平成28年3月31まで」とある



線量計



土嚢置場の造成

 このような工事は福島市だけではなく、他の県内市町村にもあると推測した。わが群馬県の前橋市周辺では見当たらない。もっとも群馬県の赤城山や榛名山では湖の除染が困難で、ワカサギを釣っても持ち帰りは禁止である。

 何はともあれ、かなりの山登りを強いられた。展望台に着いたときには美しい眺めに爽快感を覚えたのである。


第二展望台からの眺め



第二展望台の施設

 展望台から更に高度を上げると、車道は行き止まりとなった。車で来られなかったのが幸いした。羽黒神社の裏参道を登ると、社殿の左側に縦長の大わらじが祀られていた。


日本一の大わらじ

羽黒神社

 それはそうと、参道が黄土色の岩石で他では見たことがない岩石なのだ。
 福島市は、かつて海底時代に作られた層の上に、地殻変動で陸地となったあとに堆積した土砂などで形成されている。これが福島盆地であり、信夫山はその地層が隆起したものであるという。そして700〜500万年前の火山活動の影響で地質が変化し、硬い岩石や粘土に変質したという。

 今夜の宿は福島市の北側に位置する名湯-飯坂温泉。摺上川とその支流を挟んで旅館やホテルが立ち並んでいる。泊まったホテルはU字峡谷の縁に屹立していて、大地震で崩れ落ちるのではないかと心配になった。

<三春-滝桜>
 昨夜降った雨もやんで、まあまあの天気である。三春の滝桜は、福島県田村郡三春町大字滝字桜久保にある。まるで桜と滝のオンパレードのような地名である。現地へのアクセスはカーナビ通りには行かなかった。臨時駐車場が見える所まで行ったにもかかわらず、観桜の期間中は交通規制で一方通行なのだそうだ。結局、三春ダムを大きく周回して漸く駐車場に入れた。しかし時間的には丁度よく、桜を見る背に太陽が射していた。

 樹齢推定が1,000年超のベニシダレザクラの巨木で、国の天然記念物である。旅行計画で花めぐりの時期を決めるのは難しい。今回はライブカメラで、枯れ木にピンク色が挿し始めたのは4月4日であった。これを常時チェックして満開は15日前後と推定し、飯坂温泉の宿を予約したのである。ドンぴしゃり、15日が大当たり満開の初日で天候にも恵まれた。

 滝桜という名は、四方に広げた枝から薄紅の花が流れ落ちる滝のように咲き匂うということに由来するという。大正11年(1922)国の天然記念物に指定された。


下側から

右側から



山里風景1

山里風景2

<三春-カタクリの里>
 次はカタクリの里である。時期は少し過ぎていたが、群落の保存に山田地区のお年寄りがカタクリ愛好会を結成し頑張っていて、その意欲には頭が下がる。


観賞地入口

群落

 入口の寄付金箱には、観賞者が何がしかのコインを投げ入れて入場する。


カタクリ

キクザキイチゲ

<郡山市-旧居住地の訪問>
 福島県郡山市福山町にある工場に、昭和31年から41年まで勤務していたことがある。結婚して社員アパートに住んだのが、39年の東京オリンピックの年である。ここを訪ねて正門の守衛所で入場の許可を問うたのであるが、にべもなく拒否された。外から見る限りでは工場も変容し、社宅群もなくなっていた。懐かしさも失せたので、工場の外側から敷地内部を垣間見ながら退散した。

 ここを離れて開成山公園に向かう。総合公園であり、野球場・陸上競技場・水泳場・弓道場などがあり、広大な公園である。


古木の桜

五十鈴湖

 何の集まりなのか、男女の高校生が大勢たむろしていた。 


生徒たちの集い

 福島市と同じく、ここでも除染の工事が行なわれていた。発注者は郡山市建設交通部 道路除染推進課とある。競技場駐車場の一部を道路除染の仮埋設所として使用する旨の看板である。


発注者・施工者の標示

工事内容の説明

 この作業は舗装の表層を剥ぎ取り、袋詰にするのだろうか。


表層剥ぎ取り作業

<宇都宮市-旧居住地の訪問>
 栃木県宇都宮市下岡本町には釜井台という団地がある。福島県から移転してこの団地に居を構えたのが昭和46年(1971)。昭和51年(1976)子供も4人になって増築した。このとき庭に植えて有ったケヤキの木を釜井台団地公園に移植させてもらったのである。
 その後さらに群馬県の前橋市に移転したので、このケヤキは第二の故郷ともいうべき釜井台団地に思い出となる記念樹となった。

 さらに言えば、このケヤキは妻の生れ故郷に由来する。長野県上伊那郡辰野町小野下雨沢にある「宮ノ原神明宮」の大ケヤキがルーツなのだ。
 子供の頃、この神社でよく遊んでいた。境内にはケンポナシをはじめ、何本かの木で鎮守の杜を形成している。
 大ケヤキのこぼれダネから新苗が何本も生えていた。それを移植したのが昭和45年(1970)ころだったと記憶する。そうすると記念樹の年齢は45歳くらいだろうか。立派に成長して幹回りは二人分にもなった。

 日差しの強い夏には、公園で憩う人たちに涼しい木陰を提供する存在になったと思うと嬉しくなる。


45歳のケヤキ
根元を拡大⇒

愛しい記念樹
⇒拡大した根元

 宇都宮市から国道4号を経由し、北関東自動車道の宇都宮上三川ICから高速。前橋市の自宅に戻ったのは、夕餉の時刻であった。

(目次に戻る)  

 

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください